維新旋風とは何だったのか?:松井一郎『政治家の喧嘩力』

4月の統一地方選挙と衆議院和歌山1区補選の主役は、間違いなく維新であった。政治評論家の解説ではなく、実際に自民党候補者として戦った評者の実感である。

辛くも神奈川県議会議員に初当選した評者であったが、4年前の前任候補者から約1,000票減らした末のギリギリの勝利であった。告示まで1か月を切った3月上旬に出馬表明した維新候補者は、僅か数週間で約10,000票を獲得。自民党から維新に、多くの票が流れたと推測している。

関東においても吹き荒れた維新旋風とは、一体何なのか。自民党は維新と如何に戦うべきか。そのヒントを得ようと本書を手に取った。

できない理由を並べ立てて、必要な改革を阻む勢力はどこにでもいる。だから、政治家には『喧嘩力』が求められるのだ。

本書は今春に大阪市長を退任した松井一郎氏による、政治家人生の回顧録である。

自民党から大阪府議会議員に当選した著者は、1期生の時から幹部と衝突。後に離党する。エネルギーの根源は現状への怒りであり、

大喧嘩を繰り返す中で維新の現代表である馬場伸幸氏や、盟友である橋下徹氏と強固な人間関係を築く。そして著者の怒りの矛先は、変わることを拒む自民党に対して向くことになる。元自民党議員の著者にとって、そして維新にとって、自民党は改革を阻む守旧派勢力である。

この見方は一定数の自民党員や自民党支持層にも共有されている認識で、共感を呼び起こす可能性がある。

菅さんは突然テーブルを叩いて激怒した~(中略)~あの橋下さんでさえ、何もいえなかった。

一方で激しく自民党を批判する著者が、最も尊敬して止まない政治家が自民党議員であることは注目に値する。故・安倍晋三氏と菅義偉氏である。

著者が強調する大阪都構想や大阪万博誘致に触れる箇所では、主役が著者から菅義偉氏に変わると言っても過言ではない。橋下徹氏を大阪府知事選挙に担ぎ出すところから始まる両者の関係は終始良好であるが、大阪都構想が壁にぶち当たり自暴自棄になった著者を菅氏が一喝するシーンは迫力満点である。

政治的リスクを承知で政党を超えた協力を惜しまない菅氏の覚悟と、微動だにしない二人の絆。本書のカバーに「第99代内閣総理大臣」としてコメントを寄せる強固な信頼関係の根源がここにある。

既得権を守ろうとするのが自民党で、打破しようとするのが維新である。

著者が言う自民と維新の違いはここにある。そして自民党は各種団体とのしがらみに捉われ、改革が出来ないと言うのである。

しかし、政治家は全ての分野に対して精通していない以上、特定の分野で制度設計や改革する際には、その道の専門家に事情を聞くのである。長年意見交換して培ってきた関係を信頼関係と呼ぶのか、しがらみと呼ぶのかは立場に寄る。

各種団体に張り巡らした知見のネットワークは、自民党が地に足をつけて活動してきた証左であり財産だ。大事なのは現状に飽き足りることなく、信頼関係を軸に業界団体にも時代に合わせて変わるよう促す政治家の覚悟であろう。そして、その覚悟と力を持って改革してきたのが故・安倍晋三、菅義偉両総理経験者であり、著者が尊敬して止まない自民党所属の政治家である。

「改革。そして成長。」のキャッチフレーズ元祖は、小泉純一郎総理時代の「改革なくして成長なし」である。著者が打倒すべきと考えている自民党は、実は維新の源流である。

融通無碍に体質を変えながら、時代に適応し続けてきた自民党。維新の政策を取り込み、自民党が改革保守として再び生まれ変われば、そのこと自体が維新対策になるはずだ。選挙で維新が脅威となるか否かは、結局のところ自民党の問題なのである。