顧問・麗澤大学特別教授 古森 義久
アメリカの首都ワシントンで取材を重ねれば重ねるほど、いまのアメリカ官民の中国に対する態度の強固さを実感させられる。アメリカの政府も、議会も、メディアも、さらに一般国民も中国の共産党政権をもはや自国の基幹を脅かす敵性の存在とみなしているのだ。その対中姿勢の険悪化はワシントンでは米中新冷戦という用語をも生んでしまった。
そんな米中両国の対立の激化でもっとも深刻に懸念されるのは、やはり両国の軍事衝突の危険性である。中国の至近距離に位置して、自国領土への侵犯という目前の軍事脅威に直面する日本にとっては、米中両国の戦闘となれば、国家存亡の影響は不可避となる。
米中両国の軍事衝突の可能性としては、やはり台湾の武力制圧という選択肢を公言し、日本の尖閣諸島には継続して武装艦艇を侵入させる中国側がその端緒を切る見通しが強い。では万が一のそうした最悪事態では、中国側の実際の軍事行動はどんな形となるのか。
その種の中国側の軍事戦略についてアメリカ側の中国軍事研究の権威、トシ・ヨシハラ氏にインタビューして、見解を尋ねた。
日系米人学者としてアメリカの海軍大学校で長年、教授を務め、現在はワシントンの大手研究機関の戦略予算評価センター(CSBA)の上級研究員を務めるヨシハラ氏は中国の軍事や戦略の研究では異色の手法で定評がある。国防情報局(DIA)のようなアメリカ情報機関の取得した中国軍事情報の分析に加えて、中国人民解放軍やその関連機関の内部の文書や論文類の読破により研究を深化させるというのだ。その基盤には台湾で育ったヨシハラ氏が中国語をネーティブのように身につけたという強みがある。
ヨシハラ氏は人民解放軍が台湾攻撃に踏みきる場合、日本国内の米軍基地や自衛隊基地にまず奇襲攻撃をかける戦略を有力な選択肢として徹底研究している、と指摘した。日本にとっては衝撃的な分析である。そのヨシハラ氏とのワシントンでの一問一答の骨子を紹介しよう。
古森義久(以下、古森):中国軍が万が一、台湾への武力攻撃を断行する場合、具体的にどんな軍事行動をまずとると予測しますか?
トシ・ヨシハラ(以下、ヨシハラ):その種の戦争を決して起こすべきではない、という基本を強調したうえで、私の分析を述べましょう。中国人民解放軍の戦略ではまず日本国内にミサイルで奇襲攻撃をかけて、在日米軍の主要基地や自衛隊の重要基地の破壊を図るというシナリオがこれまでかなりの期間、頻繁に検討されています。これが第一に優先されるシナリオだともいえます。
中国側の戦略思考としてはいざ台湾攻撃、そして米軍との全面衝突となれば、アメリカ側が本土、あるいはハワイなどの遠隔基地からの強力で大規模な部隊を動員して反撃してくることをもっとも恐れるわけです。だから米側のその動員の導入部となる在日米軍の戦力を戦争の当初に最大限、破壊することを求めることになります。
中国軍は台湾攻撃でのアメリカとの全面戦争では圧倒的に強大な米軍が北京・天津、上海・南京、広州・深圳という三大メガロポリスに大規模な戦略攻撃をかけ、中国の総合戦力の基本を破壊する能力を有し、しかもその戦略攻撃を意図すると予測しています。その攻撃が実行されれば、中国は決定的に近い損害を受けることになります。
だから中国側としてはその戦略攻撃を全力を投入して阻止し、制限することが不可欠となる。そのための作戦が米軍の前方展開拠点である日本国内の主要基地への攻撃なのです。中国にとっては国家生存のかかる重大事態なのです。だから横須賀や沖縄の米軍基地がまず攻撃目標となります。
古森:その種の中国軍の戦略はどうして知ることができたのですか?
ヨシハラ:アメリカ側の情報機関の国防情報局(DIA)、国家安全保障局(NSA)、中央情報局(CIA)などが常時、取得している中国軍の動向に関する情報に加えて、私自身が人民解放軍とその関連機関の作成している文書類を広範に点検して、情報をさらにつかみ、分析した結果です。
具体的には中国側の軍事科学院や国防大学の専門家たちが作成する論文に加え、人民解放軍の現役の幹部たちが内部で発表する作戦案などもあります。
古森:中国側のその種の攻撃は奇襲攻撃になるという予測ですが、不意撃ちということでしょうか。また人民解放軍は奇襲攻撃という戦略は年来、保持してきたのでしょうか?
ヨシハラ:人民解放軍には毛沢東時代から『強大な敵に対しては不意を突く奇襲攻撃が最大の効果がある』とする伝統的な思考があります。敵の油断を狙っての前兆なしの突然の攻撃です。その奇襲にも人民解放軍には年来、『急襲』『奔襲』『破襲』など形態が微妙に異なる6種の不意撃ちの先制攻撃の手法があると宣言しています。
古森:では中国軍はもしこの種の在日米軍基地などへの奇襲攻撃に踏みきる場合、どんな方法をとるでしょうか?
ヨシハラ:奇襲攻撃はほぼ全面的にミサイル攻撃となるでしょう。在日米軍基地への攻撃には人民解放軍ロケット軍の準中距離弾道ミサイルのDF21C(射程1,500キロ)、準中距離巡航ミサイルのCJ10(射程同)、中距離弾道ミサイルのDF26(射程4,000キロ)が主力となるでしょう。
ただし中国軍には台湾有事からアメリカとの戦争につながりうる軍事行動ではこの種の先制・奇襲とは異なる攻撃シナリオも存在します。台湾攻撃の第二のシナリオだといえます。それは台湾攻略のための軍事力行使を事前に宣言、あるいは示唆して、戦術核の使用の威嚇をして、アメリカや日本の参戦を事前に阻もうとする方法です。
あるいは完全に台湾攻撃とまではいえない台湾に対する海上封鎖、航空封鎖をして台湾の防衛力を大幅に弱めて、アメリカや日本の参戦を手遅れの形へと追い込む戦略も中国軍内部では論じられています」
古森:この中国軍の奇襲作戦というのは現実的にどの程度の実現性があるといえますか?
ヨシハラ:台湾攻撃の方法のなかでも、この奇襲攻撃はアメリカなど敵側の反発をもっとも強く受けるというリスクは中国側も十分に承知のはずです。もしこんな攻撃を断行すれば、アメリカ、日本だけでなく、ほぼ全世界の全面的な反撃を受けるでしょう。
そんな事態での中国側の人的損害、さらに経済的な損害を考えれば、奇襲には踏みきれないとする要因も多々あります。中国にとってのこうした巨大な代償は真剣に考慮せざるを得ないことは当然です。だから中国首脳部にとっては国家の存続を賭けた重大決定ということになります。
古森:こうした危険な情勢のなかでの日本の最近の反撃能力の取得という新しい国防政策は中国にはどんな影響を与えると思いますか?
ヨシハラ:中国軍は日本側のこの新しい軍事能力の取得に真剣な関心を払っています。日本にとっての反撃能力の初めての保持というのは、中国にとっては当然、有事の際の損害の拡大を意味するわけです。だから中国が日本への軍事攻撃を考える際には日本の反撃能力は抑止の効果を増すことになるはずです。
ヨシハラ氏は以上のような戦略的な考察を「中国軍の先制攻撃と在日米軍基地」と題する報告にまとめて、最近、発表した。同報告の拡大版はアメリカ海軍研究所が発刊した「中国のインド太平洋での未来の戦争観」という書にも盛り込まれた。
■
古森 義久(Komori Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2023年5月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。