今月14日に投開票が実施されたトルコ総選挙は、議会では与党連合が多数派を握ったものの、大統領選ではいずれの候補の得票率も過半数に達することなく決選投票にもつれこむことになった。投開票は今月の28日に実施される。
先の選挙では現職のエルドアンの得票率は49.5%まで達したが、50%の壁を越えることはできなかった。22日、トルコ人至上主義者の候補、シナン・オアンがエルドアン支持を表明した。オアンは一回目の投票では5%超の得票率で、エルドアンは有利になったと言える。
投票日が目前に迫る中、エルドアンが選挙運動に使用した動画をめぐり大炎上に曝されている。
事の発端は先の選挙前に遡る。今月7日、エルドアンはテレビ中継もされていた選挙集会の中で問題の動画を流した。それは、対抗馬の野党第一党・共和人民党(CHP)の大統領候補ケマル・クルチダロールの選挙運動の映像の後に、過去のクルド人ゲリラ・クルディスタン労働者党(PKK)やクルド政党の映像が続くというものだった。
そして、その動画を「クルチダロールがテロリストらと共謀している証拠」と訴えたのである。それから選挙を経た23日、エルドアンは出演したテレビ番組の中でうっかり「編集されたものには違いないが…」と口を滑らしてしまったのである。
続いて、「でもこれは…でもこれは…PKKが動画で(野党の)連中を支援していることには違いない」と言葉に詰まりつつ、苦しい言い訳をした。
この一幕は瞬く間に野党支持者・クルド人の間で拡散された。さらに、元首相で元腹心のアーメト・ダウトールは「ムスリムが嘘をつくのか?」とツイートし、痛烈に批判した。
エルドアンの対抗馬クルチダロールは100万リラ(執筆時のレートで約700万円)の賠償金を求める訴えを起こしたと弁護士が明かした。エルドアンは選挙に勝利しても、泥沼の裁判が待ち構えている。
一方でエルドアン支持者たちは、SNS上で「これはフェイクではない」運動を展開している。中には、クルド人が多数派の地域において、過去の選挙ではCHPの得票率がかなり低かったのに、今回の選挙ではクルチダロールの得票率が大変高かったことを挙げ、”共謀”の証拠だとする荒唐無稽な主張もあった。
これは単にクルド側が候補者擁立を断念したため、野党候補のクルチダロールに票が流れただけのことである。エルドアン支持者にとっては事実は二の次で、自分たちが安心できる物語をどう作り上げるかに腐心する。民族・主義主張による断絶は、アメリカの「分断」以上だ。エルドアンの失言はむしろ、支持者を結束させるのに役立ったとすら言える。
このフェイク動画騒動は28日の決選投票に影響を与えるのであろうか? それは恐らく否である。選挙予測はなぜ間違っていたかとの論考で語られているように、エルドアンの岩盤支持層は事前調査やネット空間で可視化されにくい、主にアナトリア中部・東部の農村住民だからだ。
国家機関を掌握するエルドアン陣営ならではのもう一つの強みは、選挙不正を行えることである。エルドアン政権が独裁化して以来、トルコの選挙不正はもはや恒例行事となったが、先の選挙でもまた多数の疑惑が拡散された。スペインの選挙監視団が逮捕の上、国外追放される一幕もあった。選挙監視団を派遣した欧州安全保障協力機構は先の選挙を「透明性に欠ける」と総括した。
過去の選挙では主にクルド政党が不正の被害者となっていたため、全国的な追及の機運が生まれにくかった。今回は世俗派野党も盛んに選挙不正を騒ぎ立てるようになった。CHPと連携する有力野党・「いい党」は600万もの票に「疑惑がある」と主張している。選挙に勝利しても、その結果を支持者しか認めない風潮がかつてないほど強まっているのだ。
エルドアンはあらゆる手を使い、恐らく決選投票に勝利するだろう。しかし、一部の国民だけの大統領になりそうだ。