6月から電気代が大幅に値上げされる。このうち東電の料金は、柏崎7号機が動く前提で低く抑えられているが、原子力規制委員会がOKを出さないので、今年の冬には再稼動が間に合わないかもしれない。その場合、この値上げ幅はさらに大きくなる。
この原因は直接にはウクライナ戦争以降のLNGの大幅な値上がりだが、根本原因は2010年代の電力システム改革の失敗である。民主党政権が再エネFITを導入せず、原発をすべて再稼動していれば、日本は先進国では例外的に電気代を上げなくてすんだだろう。
最悪の時期に始めた「電力ビッグバン」
さらに構造的な問題は、こんな時期に発送電分離をやって、電力供給を不安定化させたことだ。これは1990年代のバブル崩壊の最中に「日本版ビッグバン」をやって銀行・証券をつぶし、日本経済を崩壊させた大蔵省の失敗と似ている。
ミルトン・フリードマンの提唱した「新自由主義」改革の多くは成功したが、電力自由化と社会主義国の「ビッグバン」は大失敗だった。日本の電力自由化は、その失敗に学ばないで、社会主義の崩壊と同じ失敗を繰り返している。
電力自由化は、電力業界の体質である過剰設備を削減するものだった。電力設備はピーク時にも停電しないように設計されるので、かつて日本の負荷率(年間の平均電力使用量÷ピーク電力量)は55%ぐらいで、設備のほぼ半分は使われていなかった。
送電には規模の経済が大きいが、発電には規模の経済はあまりないので、理論的には発送電分離して価格を自由にし、新しい発電業者が参入すれば、設備の余っている春や秋に既存の電力会社より安く電力を供給し、ピークの夏や冬に高い料金で供給して利益を上げ、設備効率は上がるはずだった。
日本では、大企業向けの高圧部門では自由化が進んだが、家庭用の低圧部門は大手電力(一般電気事業者)の独占が続いていた。経産省は発送電分離しようとしたが、自民党の族議員を使う東電の強い政治力に阻まれた。
民主党政権を利用したエネ庁の「火事場泥棒」
これを分離する動きが始まったのは、民主党政権だった。2011年の福島第一原発事故をきっかけにして「電力システム改革タスクフォース」ができ、東電を悪者にするために送電会社を分離する改革が始まった。
事故で原発が止まったのだから、供給の安定をめざすはずだったが、エネ庁にとっては宿願だった発送電分離を実現するチャンスだったので、民主党政権の無知につけこんで火事場泥棒的に自由化を実現した。
「電力システム改革方針」が閣議決定されたのは、安倍政権の2013年4月である。この計画に従って2016年に低圧部門まで全面自由化され、旧一電も新電力も同格の発電事業者として自由に卸価格を設定できるはずだったが、実際にはそうならなかった。旧一電は暗黙の供給義務を負わされ、料金規制が残ったからだ。
他方で新電力はまったく供給責任を負わず、発電装置も持つ必要がなかったので、大量の「転売屋」が出現した。彼らは限界費用ゼロの再生可能エネルギーを卸売市場(JEPX)で買い、旧一電よりはるかに安い料金を出すことができた。夜間など再エネが使えないときは、旧一電が火力や原子力で発電した電力をJEPXで買えばいいので、設備投資はしない。
それでも新電力のシェアが小さいうちは、再エネの不安定性を旧一電のベースロード電源で補う善意に頼った運用で、供給の安定が保たれたが、新電力のシェアが2割を超えると、その不安定性が利用者に大きな影響を与えるようになった。
再エネFITという社会主義
もう一つの問題は、再エネ偏重政策である。どさくさまぎれに、民主党政権は40円/kWhという世界最高のFIT買取価格を設定した。再エネには稼働しない夜間などにも(相対契約で)同じ設備容量を保証するよう義務づけるべきだったが、エネ庁は民主党政権の圧力に負けて新電力に供給義務を負わせなかった。
新電力の参入を促進するため、旧一電にはJEPXに限界費用で卸すことを求める一方、再エネはFITで優先的に買い取ったため、火力発電所の稼働率は落ち、固定費が回収できなくなった。このようにエネ庁が旧一電との約束を破るホールドアップ問題で経営が破綻し、過少投資が起こっているのだ。
これは社会主義の崩壊で起こった問題と似ている。ロシアでは計画当局との契約で維持されていた供給が放棄され、サプライチェーンが寸断され、設備投資が止まって、1990年代にGDPは60%も下がった。
電力自由化はなぜ失敗するのか
電力自由化がどこの国でも失敗するのは、政治に利用されやすいからだ。通信自由化の場合はムーアの法則で技術革新が非常に速かったので、自由化によるコスト削減の効果が政治的バイアスより大きかったが、電力にはムーアの法則がなく、同時同量の制約があるため、投資を節約すると供給危機が起こってしまう。
かつて電力業界を仕切っていた東電は、インフラをもち、族議員を使う最強のロビー団体だったが、その「業界の長男」が事故を起こして事実上国有化されたため、経産省には願ってもないチャンスがやってきた。東電以外の電力会社は、エネ庁に対抗するすべがなかった。
このため、すべての原発を停止する民主党政権の違法行為にも対抗できず、膨大な損害を出しても行政訴訟ひとつできない。かつて総括原価主義という社会主義体制で曲がりなりにも維持されていたサプライチェーンが崩壊してしまったのだ。
とりあえずやるべきなのは、自由化を巻き戻して昔のような垂直統合に戻すことだ。総括原価に戻すのは無理でも、インフラをもたない新電力は淘汰するか旧一電が買収し、再エネと火力・原子力は社内で計画的に配分すべきだ。
特に原子力の政治的リスクは、民間企業には負いきれない。昨年7月、フランス政府は原子力開発を計画的に進めるため、経営危機に陥っていたフランス電力(EDF)を完全国有化した。日本でも、東日本の原発は日本原電に集約して国有化してはどうだろうか。