ロシアの首都モスクワで複数のドローン機の攻撃があった。欧州のメディアは「モスクワが初めてウクライナ側の大規模な攻撃を受けた」という見出しで報道し、「ロシアのプーチン大統領も衝撃を受けている」という。独立系メディアによると、「プーチン大統領の公邸も標的だった」というのだ。5月3日未明、ロシアのクレムリン宮殿に向かって2機の無人機が突然、上空から現れ、ロシア軍の対空防御システムが起動して撃ち落すという出来事があったばかりだ。敵国のドローン機がロシア側の対空防衛体制を潜り抜けて侵入してきたという事実はロシア軍にとってショックだろう。
ロシア国防省は5月30日、「敵国のドローン8機が飛来したが、地対空ミサイルなどで全て撃墜した」と発表した。ドローンは集合住宅の上層階を直撃した。モスクワのソビャニン市長によると、2人が負傷した。プーチン大統領は、「ウクライナはロシア市民を脅かしている」と語り、「ウクライナ軍のテロ行為だ」と非難した。
それに先立ち、ロシア軍は28日、ウクライナの首都キーウにドローン機やミサイル攻撃を行った。キーウ市のビタリ・クリチコ市長によると、「戦争勃発以来、最大規模の攻撃だった」という。ウクライナ軍当局によると、28日未明、首都キーウなどにロシア軍のドローン54機が飛来し、52機を撃ち落としたと発表した。少なくとも2人が死亡した。ロシア軍は29日も大規模な攻撃を継続した。
ウクライナ側は30日のドローン機によるモスクワ攻撃の直接の関与を否定しているが、28日、29日のロシア軍のキーウ攻撃の報復攻撃と受け取られている。ちなみに、ゼレンスキー大統領は29日の慣例のビデオ演説で、「ロシア軍への攻勢の時期は決定した」と明らかにしている。
オーストリア国営放送(ORF)のモスクワ駐在のベラー特派員は30日夜、モスクワ市内で市民にインタビューしていた。1人の中年の婦人は、「ウクライナは超えてはならない一線を越えた。ドローン機は市民が住んでいる地域に飛来した。軍事施設でもない民間住宅地だ」と述べ、ウクライナ軍の攻撃を非難。別の若い女性は、「このような時が来ることは予想されたことだ」と冷静に答えた。
ベラー特派員は、「今回のドローン攻撃は小規模で被害は少なかったが、象徴的な意味がある。モスクワも戦争の標的に入ったのだ。ロシア国民は日常生活に戦争の足音が一歩一歩近づいてきていることを感じ出している」と報じていた。
プーチン氏が昨年9月21日、約30万人の予備兵の部分的動員を発令して以来、招集対象の予備兵のロシア人だけでなく、多くの国民までが国外に脱出した。同時に、国内では部分的動員令に抗議するデモが起きた。国民の間で動揺が広がってきたことを懸念したプーチン大統領は同年10月5日、部分動員令を修正した。私立大学に在籍する学生や特定の大学院生を含む一部の学生の動員を停止するという内容だった。
ドローン機によるモスクワ攻撃を目撃したモスクワ市民に「特殊軍事行動」といった説明ではもはや説得できない。戦争がモスクワに到達したのだ。プーチン氏はウクライナ軍の攻勢への対策と共に、ロシア国民の動揺を如何に抑えるか考えざるを得なくなった。
プーチン氏は国民に祖国防衛のために立ち上がるように、愛国心をこれまで以上に鼓舞するだろう。その時、ロシア国民はウクライナ国民のように祖国防衛のために立ち上がるだろうか。「特殊軍事行動」で動員されたロシア軍の脱走兵の証言を思い出してほしい。「ロシア軍は何のために戦うのかさえ知らせず、食料や寝袋も十分ではなかった。多くの兵士は疲れ切って、戦闘中に眠り込む者も出てきた。軍の車両はある時、長時間停止。軍上官も明確な戦略などもちあわせていなかった」というのだ(「ロシア脱走兵の証言」2022年10月7日参考)。ロシア国民をインスタントの愛国心で祖国防衛で燃えさせることは難しいのだ。
次に、新たな問題が出てくる。ウクライナ軍の攻勢を防ぐことができないとなれば、プーチン氏は大量破壊兵器の使用を決断するかもしれないのだ。プーチン氏にとってウクライナ戦争の敗北は絶対に容認できないからだ(「プーチン大統領と『ロシア国民』は別」2022年10月8日参考)。
欧米諸国は戦争がロシア本土まで拡大したならば、ロシア軍が核を使用する危険性が出てくることを恐れている。核兵器を使用しない代わり、ウクライナ国内の原発へ攻撃を加え、放射能を放出するなどの奇襲に乗り出す危険も予想される。
米ホワイトハウス報道官のカリーヌ・ジャンピエール氏は、「わが国はロシア国内への攻撃を支持しない」と強調、ウクライナ軍のロシア本土攻撃にははっきりと拒否姿勢を見せている。
プーチン大統領は30日、モスクワとモスクワ地域への無人機攻撃に関してのスベトラーナ・チュプシェワ戦略イニシアチブ長官の質問に答え、「ウクライナ国民は、ザポリージャ原子力発電所の運転を妨害したり、原子力技術に関連した汚い装置を使用したりする試みなど、他の脅威も存在することを理解する必要がある」と述べ、戦争が拡大すれば原発の安全が保障されないことを示唆している。
同時期、ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は30日、ニューヨークの国連本部で開かれた安全保障理事会に出席し、ロシア軍の占領下にあるザポリージャ原発の安全保護のための「5原則」をロシアとウクライナに提案したばかりだ。原発が砲撃を受けて、大量の放射能が放出するというシナリオは現実味を帯びてきているのだ。
ウクライナ戦争は新しい段階に入ってきた。ドローン機によるモスクワ攻勢はその初めを告げる出来事だ。戦争の拡大を防ぎ、早急に停戦を実現する道を探しださなければ、取り返しのつかない状況が生じる。ウクライナに武器を供給してきた欧米諸国はゼレンスキー大統領に「戦いはロシア軍が占領した領土の奪還に留めるべきだ」と改めて説得すべきだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年6月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。