言葉の切り取り

言葉の切り取り

Quoting selectivity / Quoting out of context / Contextomy

他者の言説の一部を都合よく切り取って言説の意図を隠す

<説明>

論証は前提と結論によって構成されますが、前提を省略して結論のみを提示すると、その根拠が不明となります。マニピュレーターは、しばしば情報受信者に対して、論敵の主張の前提を省略して伝え、論者の意図とは異なるネガティヴな根拠を推察させることで、その人格を攻撃します。一方、マニピュレーターは、しばしば情報受信者に対して、論敵の主張の結論を省略して前提の一部のみを伝え、論者の意図とは異なるネガティヴな結論を推察させることでその人格を攻撃します。このような文脈を無視した論敵の言説の一部引用によって、自説に好都合な意思決定をするよう情報受信者を操作します。

誤謬の形式

<形式1>
論者Aが前提PAから結論CAを導く。
論者Bが論者Aの論証のうち結論CAのみ紹介し、前提PAとは異なる前提PBを根拠として示唆する。
前提PBを根拠とする人格攻撃によって論者Bに不都合な結論CAが否定される。

<形式2>
論者Aが前提PAから結論CAを導く。
論者Bが論者Aの論証のうち結論PAの一部のみ紹介し、結論CAとは異なる結論CBを示唆する。
結論CBを根拠とする人格攻撃によって論者Bに不都合な結論CAが否定される。

<例>

<例>

反イスラム主義者:イスラム教のコーランには「アッラーの道のために戦え」と記されている。彼らはアッラーのためなら聖戦を肯定する。彼らの侵略に備えなければいけない。

イスラム教のコーランには聖戦(ジハード)を肯定する言葉がありますが、その聖戦はあくまで防衛戦争です。コーランの2章190節には次のように書かれています。

汝に戦いを挑んでくる者があればアッラーの道のために戦え。そして限度を超えるな。アッラーは限度を超える者を愛さない。

And fight in the way of God those who are fighting against you, and do not exceed the limits, surely God does not love those who exceed the limits.

また、コーランの2章193節には次のような制約が示されています。

迫害がなくなり、アッラーの教義だけになるまで戦え。しかし、彼らが戦いを止めれば、抑圧者でない限り敵意を持つべきではない。

And fight them until there is no persecution and religion should be only for God; but if they desist, then there should be no hostility except against the oppressors.

コーランが説く「聖戦」の大前提は、「戦いを挑んでくる者」の存在であり、コーラン自体は侵略戦争を否定しています。つまり、戦争の原因を作っているのは、「戦いを挑んでくる者」という言葉を切り取って「聖戦」という名の侵略戦争を肯定する、イスラム教の教義を理解していない者であると言えます。

<事例1>女性の話は長い

<事例1a>朝日新聞社説 2021/02/05

■女性差別発言 森会長の辞任を求める

そうでなくても懐疑論が国内外に広がるなか、五輪の開催に決定的なマイナスイメージを植えつける暴言・妄言だ。すみやかな辞任を求める。東京五輪・パラリンピック組織委員会の会長を務める森喜朗元首相の女性蔑視発言である。日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会に名誉委員として出席して、次のような耳を疑う見解を口にした。

女性がたくさん入っている(スポーツ団体の)理事会の会議は時間がかかる。女性は競争意識が強く、1人が手を挙げて発言すると自分も言わなければと思うのだろう。規制しないとなかなか終わらない――。

森氏はきのう会見し、反差別や男女平等原則の完全実施をめざす五輪精神に反するものだったと謝罪。発言を撤回したが、会長職の辞任は否定した。それで許されるはずがない。こんなゆがんだ考えを持つトップの下で開催される五輪とはいったい何なのか。多くの市民が歓迎し、世界のアスリートが喜んで参加できる祭典になるのか。巨費をかけて世界に恥をふりまくだけではないのか。疑念が次々とわいてくる。

朝日新聞は森喜朗東京五輪組織委員会会長の発言を女性蔑視発言であると問題視し、辞任を求めました。しかしながら、実際の発言録を見る限り、森首相が女性を一方的に貶めているとするのは必ずしも妥当ではありません。

<事例1b>日本オリンピック委員会臨時評議員会 2021/02/03

森喜朗会長:これはテレビがあるからやりにくいんだが、女性理事を4割というのは文科省がうるさくいうんですね。だけど女性がたくさん入っている理事会は時間がかかります。これもうちの恥を言いますが、ラグビー協会は今までの倍時間がかる。女性がなんと10人くらいいるのか今、5人か、10人に見えた(笑いが起きる)5人います。

女性っていうのは優れているところですが競争意識が強い。誰か1人が手を挙げると、自分も言わなきゃいけないと思うんでしょうね、それでみんな発言されるんです。結局女性っていうのはそういう、あまりいうと新聞に悪口かかれる、俺がまた悪口言ったとなるけど、女性を必ずしも増やしていく場合は、発言の時間をある程度規制をしておかないとなかなか終わらないから困ると言っていて、誰が言ったかは言いませんけど、そんなこともあります。

私どもの組織委員会にも、女性は何人いますか、7人くらいおられますが、みんなわきまえておられます。みんな競技団体からのご出身で国際的に大きな場所を踏んでおられる方々ばかりです。ですからお話もきちんとした的を得た、そういうのが集約されて非常にわれわれ役立っていますが、欠員があるとすぐ女性を選ぼうということになるわけです
(文字起こしは『スポーツニッポン』)

朝日新聞は「女性は競争意識が強い」ことをネガティヴな特性として決めつけていますが、森氏は「優れているところ」とポジティヴな特性としています。朝日新聞は記事においてこの部分をカットしています。全体の文脈から考えれば「なかなか終わらないから困る」は嬉しい悲鳴と受け取ることも可能です。さらに朝日新聞はこの一連の話題の結論である「欠員があるとすぐ女性を選ぼうということになるわけです」という発言もカットしています。

いずれにしても、この程度のどちらとも解釈できる発言を一方手に切り取ったものを根拠に、森氏を女性差別者と断罪して辞任を要求するのは、メディアの暴走に他なりません。

<事例2>がっかりしている

<事例2a>NHK 2019/02/12

■「がっかりしている 早く治療に専念を」桜田五輪相

競泳女子で100メートルバタフライなど複数の種目で日本記録を持つ池江璃花子選手が、自身のツイッターで、「白血病」と病院で診断されたことを明らかにしました。(中略)

桜田オリンピック・パラリンピック担当大臣は記者団に対し、「金メダル候補で、日本が本当に期待している選手なので、がっかりしている。早く治療に専念して頑張ってもらいたい。また、元気な姿を見たい。1人リードする選手がいると、みんなつられて全体が盛り上がるので、その盛り上がりが若干、下火にならないか心配している」と述べました。

NHKは日本の女子水泳界の有力選手である池江璃花子選手が東京五輪を前に不運にも白血病と診断されたことに対する桜田五輪相の発言を報じました。この報道をうけ、朝日新聞は桜田五輪相を痛烈に非難しました。

<事例2b>朝日新聞社説 2019/02/14

■桜田五輪相 妄言・迷走も極まれり

人間の尊厳をどう考えているのか。それよりも金メダルや国威発揚が大事なのか。

白血病と診断されたことを公表した競泳の池江璃花子(りかこ)選手について、桜田義孝五輪相がおととい、NHKの記者らに対し、「がっかりしている」「(五輪の)盛り上がりが若干下火にならないか、心配している」などと感想を述べたという。

信じがたい発言だ。かねて閣僚としての資質が疑われてきた桜田氏だが、その任に堪えないことが改めて明白になった。

きのうになって「配慮を欠いた」と発言を撤回したが、池江選手本人や家族、周囲で支える人を傷つけ、快復を願う多くの国民との間に、深い溝が刻まれたのは間違いない。野党が一斉に批判したのは当然だ。

朝日新聞は、池江選手の健康よりも金メダルや国威発揚が大事と考えているとして桜田五輪相を断罪したのです。これに対して産経新聞は、国民一人一人が自身で大臣発言を評価できるよう、言葉を切り取ることなく会見の全文を報じました。この報道により、国民の評価は一変したのです。

<事例2c>産経新聞 2019/2/14

■「がっかり」だけではなかった 桜田五輪相発言全文

競泳の池江璃花子選手の白血病公表について、桜田義孝五輪相が「本当にがっかりしている」などと語ったことが問題になっているが、桜田氏の発言には「治療に専念して、元気な姿を見せてほしい」と気遣う言葉もあった。(中略)

記者:きょう、競泳の池江選手が自らが白血病であることと、しばらく休養することを発表しました。大臣として、これについての受け止めをお願いします。

桜田義孝五輪担当大臣:正直なところ、びっくりしましたね。聞いて。本当に。病気のことなので、早く治療に専念していただいて、一日も早く元気な姿に戻ってもらいたいというのが、私の率直な気持ちですね。

記者:競泳の中ではですね。

桜田大臣:本当に、そう、金メダル候補ですからねえ。日本が本当に期待している選手ですからねえ。本当にがっかりしております。やはり、早く治療に専念していただいて、頑張っていただきたい。また元気な姿を見たいですよ。そうですね。

記者:大臣はこれまで、池江選手の活躍をどのようにご覧になられてましたか。

桜田大臣:いやあ、日本が誇るべきスポーツの選手だと思いますよね。われわれがほんとに誇りとするものなので。最近水泳が非常に盛り上がっているときでもありますし、オリンピック担当大臣としては、オリンピックで水泳の部分をね、非常に期待している部分があるんですよね。一人リードする選手がいると、みんなその人につられてね、全体が盛り上がりますからね。そういった盛り上がりがね、若干下火にならないかなと思って、ちょっと心配していますよね。ですから、われわれも一生懸命頑張って、いろんな環境整備をやりますけど。とにかく治療に専念して、元気な姿を見せていただいて、また、スポーツ界の花形として、頑張っていただきたいというのが私の考えですね。

記者:最後に一言だけ。池江選手にエールを送るとしたらどんな言葉を。

桜田大臣:とにかく治療を最優先にして、元気な姿を見たい。また、頑張っている姿をわれわれは期待してます、ということです。

この全文を読めば、櫻田大臣は池江選手の病状を深く心配し、池江選手が治療に専念して元気になることを何度も何度も繰り返し願っていたことがわかります。文脈から推察すれば、桜田大臣の「がっかりした」発言は、実力もあり日本国民からも大きな期待をされていた池江選手が活躍できないことを気の毒に思う気持ちをつたない言葉で表現したと考えるのが蓋然的です。

また「盛り上がりが若干下火にならないか」発言は「五輪担当相として」との断りを入れた上での水泳競技の発展を心配する発言であり、朝日新聞が指摘する「国威発揚」とは全く無関係の内容です。過去の歴史が示すように、スポーツ競技の発展の背景には、競技者の目標となる優れた選手の存在があることは事実です。スポーツ振興を重要な用務の一つとする五輪担当相が会見でこの点に触れることはむしろ合理的であり、逆に大臣が個人的感想を語るだけの会見など不必要です。

結論から言えば、朝日新聞をはじめとするマスメディアは、言葉を切り取る情報操作を行うことで、あたかも櫻田大臣が池江選手の病状を心配せずに金メダルのや国威発揚だけを心配しているかのように印象付けました。彼らは池江選手の気の毒な状況を政権批判に悪用したのです。

<事例3>こんな人たち

<事例3a>朝日新聞 2021/07/01

■批判者に反撃「こんな人たち」コロナ危機、安倍氏の代償

2017年7月1日夕の東京・JR秋葉原駅前。都議選は翌日に投開票を控えていた。この年の都議選で、安倍はヤジを避けるように支援者が多い小学校体育館で演説を続ける。秋葉原は唯一の街頭演説だった。

安倍が到着すると、「安倍辞めろ!」の声が起こる。合わせて横断幕が揺れた。聴衆の多くは横断幕で安倍が隠れたからか、その場を離れた。演説を正面から見られる「一等地」にできた空白に、安倍に批判的な聴衆が一斉に集まった。一方、近くには安倍の支持者も多くいた。

演説を始めると、批判の声は大きくなる。それが闘争心に火をつけたのか、安倍は横断幕を揺らす一団を指さして言った。

「こんな人たちに負けるわけにはいかない」

支持者は日の丸の小旗を振りながら「そうだ」と賛同の声を上げた。しかし、テレビやSNSでこの場面が拡散されると「総理大臣は国民と戦う立場じゃない」「あなたがバカにしている『こんな人たち』も、あなたが守らねばならない国民なんです」などと安倍への批判が広がった。

朝日新聞をはじめとするマスメディアは、2017年都議選の選挙応援演説で安倍自民党総裁が「こんな人たちに負けるわけにいかない」と発言したことを、ことあるごとに繰り返し徹底的に批判してきました。これこそ典型的な言葉の切り取りの事案です。このとき実際には、安倍自民党総裁は次のように述べています。

<事例3b>東京都議選 自民党応援演説 2021/07/01

安倍晋三自民党総裁:皆さん、あのように人の主張の訴える場所に来て演説を邪魔するような行為を私たち自民党は絶対にしません。私たちはしっかりと政策を真面目に訴えていきたいんです。憎悪からは何も生まれない、相手を誹謗中傷したって、皆さん、何も生まれないんです。こんな人たちに、皆さん、私たちは負けるわけにはいかない。都政を任せるわけにはいかないじゃありませんか。

マスメディアが言うこの時の「批判の声」とは「組織的な選挙演説妨害の声」に他なりません。日本のような言論の自由が完全に確保された国において、政治に対する批判は言論で行うのが論理的です。

それに対し、「安倍辞めろ」という標語を繰り返し大声で叫んで選挙演説を実力行使によってかき消す組織的な行為は民主主義を冒涜する選挙妨害に他なりません。安倍自民党総裁は、首相としてではなく公党のリーダーとして、批判する国民ではなく選挙妨害する集団を「こんな人たち」と呼んで正当に批判したに過ぎません。

朝日新聞をはじめとするマスメディアは、この安倍自民党総裁の発言を切り取り悪魔化しました。彼らは民主主義の敵である選挙妨害集団を擁護して正当化したのです。

情報操作と詭弁論点の誤謬論点隠蔽言葉の切り取り

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