我が国では、「専門家」と言われる人たちが、メディアを通して、ウクライナ軍のロシア軍に対する「反転攻勢」について、さまざまな解説を行っているようです。私は、そのごく一部しかフォローしていませんので、確かなことは必ずしも言えませんが、日本と海外の専門家の見立てが、かなり違うように思えます。
そこで、この記事では、来るウクライナ軍の反攻を分析した海外の識者による「楽観論」と「悲観論」を紹介したうえで、それらの説得力を検討してみることにします。
戦争と予測
戦争研究の泰斗であるカール・フォン・クラウゼヴィッツが強調するように、戦争はかなりの偶然性に支配されています。そのため戦争の行方を正確に予測することは極めて困難であり、研究者は、予測というリスクのある推論にはかかわらないのが賢明なのでしょう。
その一方で、市民の皆さんが、ロシア・ウクライナ戦争の今後に注目していることを考えれば、専門家は自分の研究分野の重要な出来事の予測を避けるべきではないかもしれません。人間の予測力を科学的に研究した心理学者のフィリップ・テトロックとジャーナリストのダン・ガードナーは、予測について、こんな興味深い発言をしています。
(人間の)予測可能性に限界があることを認めることは、あらゆる予測を無益な営みとして切り捨てることとはまったく違う…超予測力は柔軟で、慎重で、好奇心に富み、そして何より自己批判的な思考が欠かせない(『超予測力』早川書房、2018年、24、38頁)。
そして彼らは、超予測者になるための10の心得を読者に伝授しています。その1つが「どんな問題でも自らと対立する見解を考えよ」(同書、380頁)です。これは分析や予想の精度を向上させるためには必須の作業でしょう。
楽観論
ウクライナの反転攻勢は成功するだろうとの楽観論を述べているのが、ロブ・リー氏です。彼は、シンクタンク「対外政策研究所」の上席研究員であり、ロシアの防衛政策を専門にする元海兵隊の士官です。以下のように主張しています。
ロシアとウクライナの双方が常に全資源を前線に投入し、戦争は直線的なものだと思い込んでいる人がいると思うが、そういうわけではない。ウクライナはこの夏、ロシアが冬の間に得たものより、はるかに大きな前進を成し遂げるチャンスがある。弾薬の入手可能性や他の変数について重要な長期的問題が依然としてあるが、ロシアの冬期攻勢が失敗し、NATO加盟国からより高性能な武器が提供されることが最近発表されたため、私はウクライナの可能性についてより楽観的になっている。ロシアの装備問題は深刻化しており、戦闘・戦線維持のために囚人に頼ることが多くなっている。私は、ロシアがかなりの前進を実現するのに十分な攻撃力を回復できるのかどうか、懐疑的だ。問題は、現在支配している領土を守れるかどうかである。
リー氏の楽観論の根拠は、①ウクライナは米国などの北大西洋条約機構(NATO)加盟国から、武器や弾薬などの供与等の支援を受けることにより、ロシア軍に深刻な打撃を与えられる攻撃力を得ることができる、②ロシア軍は兵士の質も装備も劣化している、ということです。
①については、後ほど、詳しく分析することにします。②については、ロシア軍の実情を示す確かな情報が入手しにくいために、不確定要因として取り扱います。
悲観論
ウクライナの反転攻勢は失敗に終わるだろうと断言しているのが、ダニエル・デーヴィス氏です。彼は、「ディフェンス・プライオリティ」のメンバーであり、元米陸軍士官です。デーヴィス氏は、安全保障関係の記事を主に掲載するプラットフォームである1945に寄稿した論考「悲しい現実―ウクライナ戦争は今やロシアに流れが傾いている―」において、その理由を以下のように説明しています。
ウクライナは(バフムートなどの)この4都市の戦いで、文字通り数万人の死傷者と膨大な量の装備・弾薬を失った。ロシア側の10対1の火力優勢を前提とすれば、ウクライナはロシア側よりかなり多くの死傷者を出したのは間違いないだろう。しかし、仮に犠牲者が同じであったとしても、ロシアにはより多くの戦闘員を集めることができる数百万人の男性がおり、必要な弾薬をすべて生産するための主要な国内産業能力もある。
簡単に言えば、ウクライナにはロシアと比較して、失った人員や装備を補う人材も産業能力もないのだ。しかも、ロシアは戦術的な失敗から学び、戦術的に改善すると同時に、産業能力を拡大していることを示す証拠がある。しかし、ウクライナにとって弾薬や装備の不足以上に大きいのは、訓練を受けた経験豊富な人材の数である。熟練した兵士や指導者の多くをわずか数ヶ月の間で補充することはできない。
デーヴィス氏の悲観論の根拠は、①ウクライナ軍はロシア軍より兵士の損耗が激しい、②ロシア軍は戦術を改善しているので、昨年のような敗北を喫しにくい、などのようです。
楽観論と悲観論の比較考量
予測の裏づけるデータは、その妥当性を判断する有力な材料です。ただし、分析者は、エビデンスに対する過小反応と波状反応を避けなければ、予測の正確さを上げることができません(『超予測力』379—380頁)。
ビッグデータの時代において、専門家は、自説を支持するエビデンスやデータを比較的容易に入手することができてしまいます。その結果、間違った推論を正しいと信じ続けたり、正しい主張を誤りだと判断したりする危険があります。したがって、エビデンスの解釈や適用は慎重に行う必要があります。
私が入手できるデータには限りがありますので、それで楽観論と悲観論の勝敗を明確につけることはできません。これから分析することは、入手可能な証拠による両方の予測の相対的な妥当性の評価であることをご理解ください。
現時点では、残念ながら、ウクライナ軍の「反転攻勢」は劇的な戦果を上げられないとする、悲観論を支持するデータの方が優勢であるようです。
第1に、NATOがウクライナに供与するレオパルト戦車やF-16戦闘機などは、ロシア・ウクライナ戦争の趨勢を劇的に変える要因にはなりにくいということです。
このことについて、マーク・ミリー米統合参謀本部議長は、婉曲な言い回しながら「戦争に魔法の武器はない。F-16はそうではないし、他のものもそうだ」と、高まるウクライナ軍の反転攻勢への期待にくぎを刺しています。フランク・ケンドール米空軍長官も「F-16は劇的なゲームチェンジャーにはならないだろう」と、冷静な判断を周囲に促しています。
第2に、伝えられるところによれば、ロシア軍は火力でウクライナ軍を圧倒しています。マリア・R・サフキージョ氏は、3月1日時点で「ウクライナ戦争は大砲を中心とした激しい戦闘となり…ロシアは、キーウが自由に使える重砲1門に対して10門という数的優位性を持っている。さらに、ウクライナは弾薬が不足しており、緊急に砲弾を供給する必要があると、ゼンレンスキー政権は警告している」と報じています。
この記事の内容が正しければ、ウクライナ軍は「消耗戦」の行方を大きく左右する重砲に代表される火力で、ロシア軍に大きく劣っているということです。
第3に、ウクライナ軍がNATOの訓練を受けて戦闘能力を向上しているように、ロシア軍も緒戦の失敗から学習して戦術を改善しているようです。
ロシア軍の戦闘を詳細に分析した、英国王立防衛安全保障研究所の研究員であるジャック・ウォルトリング氏とニック・レイモンズ氏は、調査報告書「ミートグラインダー―ウクライナ侵攻2年目におけるロシアの戦術 ―」において、「ロシア軍には学習能力がある。ロシアの最初の傲慢さは、ウクライナの腕前に対する健全な尊敬に取って代わられたと、指揮官は述べている。兵力運用の欠点を特定し、緩和策を展開するための集中的なプロセス(がロシア軍にあると)の証拠はある」と結論づけています。
第4に、ウクライナ軍はロシア軍より兵士不足に悩まされるだろうということです。ロシア軍とウクライナ軍の戦死者については、確かな数字を入手するのは困難ですが、スイスのジュネーブ国際・開発研究大学院のプログラムである「小型武器サーベイ」の推計によれば、ウクライナ軍の死者は、開戦から1年間で約64000人に上ります。これが仮に正しいとして、バフムートでの死闘による多くの戦死者を積み上げれば、戦前のウクライナ正規兵の約3分の1以上は失われたことになります。
スイスのような中立国からの情報には、ロシアの偽情報が紛れ込んでいることがあり、その扱いには慎重になるべきですが、世界的に評価の高い研究機関のデータは無視できないでしょう。
もちろん、この戦争ではロシア軍も相当な死者をだしています。さらに、リー氏が指摘するように、ロシア軍の兵員や装備は、我々が想像する以上に劣化しているのかもしれません。これらの不確定要因が強くウクライナ有利に働けば、上記の悲観論を覆すかもしれません。
しかしながら、ウクライナとロシアで兵士供給の潜在力を単純に比較すれば、後者が優位性を持つことは否定できません。ロシアには何百万人もの成人男性がいる一方で、ウクライナは、東部前線で経験豊富な兵士が激減していると伝えられているのです。
これらの証拠は、ウクライナ軍がロシア軍に大打撃を与えられる予測を弱めています。戦争に対する劇的な外生的衝撃がない限り、入手できるデータは「悲観論」を支持しているようです。
間接戦術は有効か
戦争の帰結は、物質的な軍事バランスだけでは決まりません。軍事組織が導入する戦術は、戦局を大きく左右します。このことについて戦略論の大家であるリデル・ハートは次のように指摘しました。
「あらゆる時代を通じて戦争に効果的な戦果を収めることは、敵の不用意に乗じて敵を衝くことを確実ならしめるように間接アプローチを行わない限り、ほとんど不可能である…間接アプローチの戦略はこの『敵の後方に向かう機動』をも包含し、それよりも広い意味を有する」(『戦略論』原書房、1986年〔原著1967年〕、4-5頁)。
つまり、ウクライナ軍が機動力を最大限に発揮して、間接接近によりロシア軍の不意を衝けば、大きな戦果を得られるということです。これについて専門家は、どのように見立てているのでしょうか。米国の海軍大学のジェームズ・ホームズ氏は、やや悲観的です。かれはこう分析しています。
リデル・ハートの戦術が成功すれば、守備側の努力を狂わせ、戦場での決定的な勝利の道を開くことができる。しかし、ここでも奔流を構成するのは、大砲や航空戦力の支援を受けた大量の歩兵と機動兵である。ウクライナの指揮官は、このような作戦を実行するのに十分な人力や火力支援があるのか疑問に思うかもしれない。そして、それは正しいかもしれない。
もちろん、ウクライナ軍がロシア軍の防御を突き崩すことは不可能ではないでしょう。ただし、ドイツ機動戦学派のスティーヴン・ビドル氏でさえ、「攻撃側な突破は適切な条件下ではまだ可能だが、十分な補給と作戦予備を背景に、準備された縦深防御に対して達成するのは非常に困難である」と指摘していました。
ロシア軍の縦深防御はどの程度のものなのか、確かな情報が乏しいので確実には分かりませんが、この地図に示されたロシア軍の「要塞」の濃密な配置を見る限り、ウクライナ軍が突破と浸透を首尾よくできる条件には乏しいように現時点では思えてしまいます。
昨年のハルキウ反攻におけるウクライナ軍の「勝利」の再来を期待する声もありますが、これはシンプルにロシア軍に対して5倍近い兵力を展開できたからかもしれません。
要するに、ウクライナ軍は依然として厳しい道を進まなければならないだろうということです。今後、懸念されることの1つは、ウクライナ軍が大規模な「反転攻勢」を仕掛けた結果、損耗が激しくなり、ロシアの反撃に持ちこたえられなくない最悪の結果です。
このことについて、前出のデーヴィス氏は「ウクライナは今、世界的なジレンマに直面している。最後の攻撃力を振り絞って、占領地で防衛するロシア軍に致命傷を与えるか、それともロシアが夏の攻勢を仕掛けてきたときに備えて力を温存するか。いずれの行動にも重大なリスクがある。私は、ウクライナが軍事的に勝利する可能性は今のところないと評価している。そのような希望を持って戦い続けることは、逆に領土をさらに失うことになりかねない」と心配しています。
国政術の要諦がより少ない悪を選択することであるとするならば、ウクライナにとってロシアに国土の一部を占領されているのは耐え難いでしょうが、キーウおよびその支援国は今以上のコストを支払う結果を避ける方策も視野に入れざるを得ないかもしれません。
デーヴィス氏の言葉を借りれば、「西側諸国の多くがどれほど動揺しようとも、戦争の趨勢はモスクワに傾いている。これが観察可能な現実である。ワシントンがすべきことは、負け戦を支援する『倍賭け』の誘惑を避け、この紛争を速やかに終結させるために必要なことは何でもしなければならない」ということです。