「ダム破壊」が戦争の武器となる時

ウクライナ南部へルソン州で今月6日未明、ドニプロ川に設置されたカホフカ水力発電所のダムが破壊され、決壊した。大量の水流がダムから周辺の地域に流れ出し、住民が避難しているビデオが放映されている。

ゼレンスキー大統領はカホフカ水力発電所ダム爆発の影響に関する会議を開催(2023年6月8日、ウクライナ大統領府公式サイトから)

ウクライナ戦争で恐れられてきたシナリオは、①大量破壊兵器(核兵器)の使用、②欧州最大の原子力発電所ザポロジエ原発への砲撃、放射能の放出、③ダーティ爆弾の使用、④ダムの破壊だ。そして今回、④のシナリオが実行されたわけだ。

最大の問題は、誰がダムを決壊させたかだ。それに関連し、①ダムは人為的に爆発された、②水位上昇の圧力でダムが決壊した、の2通りが考えられる。ウクライナのポドリャク大統領府顧問は、「ロシアがダムを爆発することで、ウクライナ軍が計画していた反撃を阻止しようとした」と主張している。ウクライナ政府はダムが紛争時の保護対象になると定めたジュネーブ条約の違反として、国連安全保障理事会に提起した。それを受け、6日(現地時間)、安保理は緊急会議を開催した。

以下、カホフカ水力発電所のダム破壊についてこれまでの情報を独週刊紙ツァイトのオンライン記事を参考にまとめた。

ヘルソン州のオレクサンダー・プロクディン知事はダム破壊直後、「ダムは占領者らに爆発された。テロ行為だ。ダムの水は5時間以内に臨界レベルに達するだろう」と語り、住民に避難を呼び掛けた。破壊されたダムのビデオをみると、水がカホフカ貯水池からドニプロ川に一斉に流れ込んでいる様子が映っている。

カホフカダムは1956年に建設された。ドニプロ川が黒海に注ぐ地点から北東80キロメートル余りにある。発電所は、周辺地域の灌漑と地域の発電において重要な役割を果たしている。約40万人の飲料水供給がそれに関係している。へルソン農業経済大学の専門家は、「川の流れに沿って100平方キロメートルのエリアが浸水すると予想される」と語った。カホフカダムの決壊による津波で最大6万人の住宅が被害を受けた。そのうちのほぼ3分の1、約1万9000人は洪水で生命の危険性が出てくると予想されている。

欧州最大の原子力発電所、ザポリージャ原子力発電所は破壊されたダムから約100キロ北にある。冷却水の一部を貯水池から汲み上げている。ザポリージャ原発は2022年3月からロシアの管理下にある。原子炉は何カ月も稼働していない。ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)によると、ダムの決壊は同発電所には直接的なリスクはないという。IAEAのグロッシ事務局長は、「原発には貯水池から水路を介して冷却水が直接供給されている。貯水池の水位が12・7メートルを下回るとポンプは使えなくなるが、この直接貯水池接続に代わる選択肢として発電所の敷地に隣接する大きな冷却池がある。数カ月間分の冷却水はある」と説明している。

ダム決壊による周辺住民の飲料水の確保も重要だが、生態系への被害のリスクもある。キエフの大統領府によると、150トンの機械油がドニプロ川に流入し、さらに300トンの油が川を汚染する危険性もあるという。また、ロシア軍が敷いた地雷の影響も懸念される。

ドニプロ川沿いで水力発電所を運営する国営企業ウクルハイドロエネルゴによると、「発電所への修復は不可能だ」という。その理由は「タービン室が内側から爆破されて完全に破壊されたためだ」という。「タービン室が内側から爆破された」という情報は、ダムが水位の急上昇(14メートルから17メートルの急上昇)で耐えられず、破壊されたという説を完全に否定することになる。

最後に、誰がダムを破壊したかだ。ロシア側は、ウクライナのミサイルがダムを破壊したと主張している。ロシア国家院外務委員会のレオニード・スルツキー委員長は「西側諸国が攻撃に関与した」と非難した。証拠は上げていない。ロシアのショイグ国防相は「キーウ政権はこの地域におけるロシアの攻撃を弱体化させるためにダムを爆破した」と述べるだけに留めている。

それではダムの決壊がウクライナ軍の反撃にどのような影響を与えるだろうか。川の東岸は洪水前から大部分が海綿状の地形で構成されているため、戦車など重機で川を渡ることは元々困難だったが、ダムの破壊により、さらに困難になることは間違いないが、ロシア軍にとっても不利だ。ドニプロ川東岸はウクライナ支配地域よりも洪水の被害が大きく、川沿いのロシアの防衛線が弱まるからだ。

ウクライナの軍事アナリスト、オレクサンドル・コバレンコ氏はRBKウクライナポータルで、「ウクライナ軍にとってヘルソンの前線エリアはおそらく攻撃の中心戦域に指定されておらず、爆発はロシアがウクライナの攻撃計画に無知だったことを証明している。ダムの爆発でロシア軍の防衛陣地が水浸しになるうえ、クリミアへの水の供給が制限されるから、ウクライナ軍の攻撃を受けたロシア軍部隊がそこへ撤退する場合い難しくなる」(「ツァイト・オンライン6月6日記事)というのだ。

最後に、カホフカ水力発電所のダムの爆発について、ロシアのプーチン大統領は、「なんという野蛮行為だ!」とウクライナ側を批判している。ダム爆発がロシア側の仕業とすれば、プーチン氏のこの発言は信じられないような大嘘だ。それとも、プーチン氏はロシア軍指導部や情報機関から正確な情報を知らされないような状況に置かれているのだろうか。

なお、朝鮮半島で南北間の軍事緊張が高まった時、北朝鮮は金剛山ダムを破壊してソウルを大洪水に陥れる、といった情報が流れたことがあった。洋の東西を問わず、独裁者は必要となれば「ダムの破壊」を戦争の武器に利用しようとするのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年6月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。