行政の一貫性と責任について:埼玉県のプール撮影会ケースから考える --- 高梨 雄介

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これは「やらかした」と思う。被害を受けた主催者や請負者の方々には、心からご同情申し上げたい。

巷で話題の水着撮影イベントである。本稿執筆時点の情報によると、埼玉県の委任を受けた公園緑地協会は県営施設の使用許可を一度出した後、開催日の2日前になってこれを取り消し、主催者に莫大な損害を与えてしまった。知事が慌てて撤回したようだが、遅きに失した。この取消処分(職権による取消処分)は、法の担い手としても行政マンとしても悪手ではないだろうか。

法律の観点から考えると、本件施設は埼玉県営のものであり、利用を希望する者が申請し、埼玉県の名義で許可または不許可の判断を下す。この許可や不許可は、行政手続法上の「申請に対する処分」として位置づけられる。そして、行政が一度出した「申請に対する処分」をいかなる場合に取り消すことができるかについては、多くの最高裁判例が積み上げられている。

最高裁の判決である昭和28年9月4日の判決、昭和43年11月7日の判決、平成28年12月20日の判決はよく知られている。簡単にまとめると、(1) 元の処分が違法または不当であり、かつ、(2) 処分を取り消さない場合と処分を取り消した場合の不利益を比較し、後者の方が大きい場合に限り、職権による取消しが認められる。

この条件は非常に厳しいように思われる。果たして本当に、今回のケースにそれが当てはまるのだろうか。

もちろん、行政処分を簡単に取り消すことができないのには理由がある。現代社会において、行政は様々な許認可を行う重要な役割を果たしている。公共の施設の使用許可だけでなく、企業の設立や建築物の建設、食品の製造・販売など、我々の日常生活には数え切れないほどの例が存在する。これらの事業や活動は全て行政の許可を基に行われているから、それが容易に取り消される不安定な状況ではとても安心して営めるものではない。

また、埼玉県自身も条例を制定し、県民を法的に拘束している。だからこそ、「私たちは守りません、でも皆さんは守ってください」といった公平性を欠いた主張を通すべきではない。

さらに、報道通りにクレームを受けて取消処分したのなら、それは行政マンとしても情けないと言わざるを得ない。行政に関わっていると、住民や議員からのクレームに似た言い掛かりは日常茶飯事である。この件も特に驚くべきことではなく、さらりと受け流すべきだった。もちろん、許可処分を職権で取り消すべき新たな事実の通報でもあれば別だが、知事が取消処分を取り消したことは、そんな事実がなかったことの傍証となった。

言い掛かりに屈することは、不正確な情報や根拠のない主張を容認することに他ならない。行政の判断は多くの住民に影響を与える。言い掛かりに基づいて判断を安易に変更することは、公共の利益や他の関係者に対して不公平をもたらす可能性が極めて高い。だからこそ行政は、いかなる場合でも法的根拠や客観的な情報に基づいて判断する姿勢を貫くべきである。

公園緑地協会の指定管理者としての適格性に関わる問題だと思う。埼玉県は、同協会がなぜ取消処分をしたのかを第三者も入れて検証するべきである。2022年12月に許可基準を策定したというが、その許可基準は法律でも条例でもあるまい。法律上許されない取消処分が許可基準で許されるということはあり得ない。その許可基準の妥当性を再検討してはどうか。

最後に、中止を余儀なくされたイベントの主催者の方には、埼玉県や公園緑地協会を提訴して逸失利益を含めた損害賠償を支払わせ、請負者の方々を守ってほしいと願う。そして埼玉県も、その損害賠償の原資が税金であることを忘れてはならない。国家賠償法1条2項を適用し、「やらかした」職員に対して求償するのが筋だと思う。

埼玉県に、責任ある行政としての振る舞いを期待したい。

高梨 雄介
上智大学法学部卒業後、市役所入庁。法務関係部門を歴任して数々の例規の起草、審査、紛争解決等に携わる。現在は公共団体職員として勤務の傍ら、放送大学で心理学を専攻中。