「中立主義」との整合問う2つの試験

アルプスの小国オーストリアは第2次世界大戦後、中立主義を国是に掲げ、軍事同盟には加盟せず、冷戦時代にはソ連・東欧共産諸国からの亡命者を受け入れる一方、国連外交で紛争勢力間の仲介役を演じることで貢献してきた。

▲ユーロファイアーと米戦闘機F35の共同演習(オーストリア国防省公式サイトから)

ロシア軍のウクライナ侵攻後、欧州の代表的中立国フィンランド、スウェーデンがいち早く北大西洋条約機構(NATO)に加盟を決断したが、オーストリアはスイスと共にその中立国の立場を維持してきた。

ウクライナ戦争の長期化は避けられなくなってきたが、スイスは中立主義の定義の見直し(「協調的中立主義」)や武器再輸出法案の是非を検討するなど試行錯誤。一方、オーストリアでは中立主義との整合が問われるような政治的動きが出てきている。

一つはウクライナの戦場での地雷除去作業の支援問題だ。アイスランド共和国首都レイキャビクで5月16日から第4回欧州評議会(CoE)サミットが開催されたが、オーストリアから参加したファン・デア・ベレン大統領はウクライナ戦争に言及し、その悲惨な現状を説明、「わが国も地雷除去など人道的支援をする用意がある」と表明した。大統領のレイキャビク発言はウィーンでも大きく報道された。

オーストリアは中立国であり、紛争の地での軍事活動はできないが、地雷除去は人道支援の一環という判断からヴァン・デア・ベレン大統領は提案したわけだ。このニュースがオーストリアに伝わると、「地雷除去支援は中立主義に違反する」という声が出てきた。野党極右党「自由党」だけではなく、与党「国民党」党首、ネハンマー首相自ら「わが国は中立国だからウクライナでの地雷除去支援はできない」とはっきりと大統領の提案をカメラの前で却下したのだ。最終的には、大統領の発言を尊重するために、オーストリアはウクライナに地雷除去機材を提供することを決めた。

そのネハンマー首相とタナー国防相は7月1日、欧州の空域防衛システム「スカイシールド」(Skyshield)へのオーストリアの参加への意思表明を発表したのだ。同時に、中立国と「スカイシールド」参加は整合するか、という議論が野党を中心に出てきたのだ。

「ヨーロッパ・スカイ・シールド・イニシアチブ」(ESSI)はドイツのショルツ首相が2022年8月末に提案したものだ。現在設置されている防護シールドは、基本的にイランからの潜在的な脅威に備えたものだ。例えば、弾道ミサイルとの戦いや、無人機や巡航ミサイルからの防御において欠陥があり、ロシアからの攻撃には対応できない。そのため、新たな空域防衛システムが必要というわけだ。ショルツ首相は、「高価で複雑な防空システムを独自に開発し、構築するより、欧州の共通防空システムは安価で効率的に利用できる」とアピールしている。

ESSIに加盟を表明した国は現在、17カ国だ。(スウェ―デンは正式にまだ加盟していないが)加盟国の全てはNATO加盟国だ。NATO加盟国ではない国の参加はオーストリアだけだ。それだけに、極右「自由党」キックル党首は、「スカイシールド参加と中立主義は一致しない。NATOとロシアが戦闘した場合、わが国はその戦禍を受けることになる」と強く反対している。それに対し、野党のリベラル政党「ネオス」では「中立主義は過去のモデルで時代遅れだ」という指摘も出てきている、といった有様だ。

地雷除去作業の支援は中立主義という立場から見れば、明らかに無理がある。地雷除去作業中、ロシア軍と衝突し、戦闘になった場合、オーストリア連邦軍は中立主義だからといって戦いを放棄し、逃げ去ることはできない。だから、人道的な地雷除去活動といっても戦闘が行われているウクライナでの活動は中立主義と一致しない。一方、「スカイシールド」参加はあくまでも国内の空域防衛を目的としたものだ。NATOのように加盟国への支援義務はないから、「中立主義とスカイシールド参加は矛盾しない」という声が現時点では支配的だ。

問題もある。機材選定からその経費までまだ不明だ。「スカイシールド」は2025年に実施する計画だが、それまで参加国との間で新たな議論が生まれ、中立国にとって困難が生まれてくるかもしれない。ちなみに、NATOの主要国フランスやイタリアは参加していない。マクロン大統領は「スカイシールド」で導入する空域防衛システムは欧州独自のものであるべきだと主張し、米国やイスラエル製のミサイルシステム「アロー3」の導入には異議を唱えている。

中立国オーストリアで今年に入り、①ウクライナでの地雷除去作業の支援、②「スカイシールド」参加問題、といった2件の問題が出てきたわけだ。いずれも国是の中立主義と密接に関わるテーマだ。オーストリアがこの試験をどのように解決するか、目が離せない。

なお、スイスのベルンで7日、ドイツ、オーストリア、スイス3カ国の国防相会議が開催されるが、その際、オーストリアとスイス両国は共に「スカイシールド」に参加する「意思表明書」に署名する予定だという。オーストリア国営放送(ORF)が4日、速報した。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年7月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。