BTS ー 彼らはその成長とともに、紫陽花の如く色を変える。
不断の自己探求という旅を続けるその花は、常に瑞々しく、永遠に枯れることはない。
6月14日、骨折で入院中の夫からの電話。
コロナ禍で、病室への見舞いも許されない中、何か優しい言葉の一つも掛けてあげたいと思っていた矢先、夫から
「あのBTSの“解散”ってさぁ、やっぱり兵役の問題で・・・」
(おい、おい、おい。そもそも“解散”じゃなくてグループとしての活動休止だし、兵役なんて直接的な要因じゃないし・・・・・・)
BTSの活動休止をめぐる世間の、誤解と偏見とステレオタイプに満ちた報道に辟易していた心の堰が、不用意な夫の一言で完全に切れた。
包み隠しようのない喪失感という怒涛が、無理解への憤懣とともに激流となって溢れ出した。
文字通り“逆鱗”に触れてしまった気の毒なわが夫は、時折私の言葉の断片を機械的に繰り返す以外、完全に言葉を失っていた。
私にとって、BTSはアイドルではない。
私は「ARMY」と呼ばれる、いわゆるBTSのファンでもない。
私にとっての彼らは、その高い音楽性やダンスパフォーマンスを有するアーティスト(芸術的創造者)である以上に、徹底した自己探求と果敢な社会改革を不断の努力で実践する、謂わば人生の「師」であった。
30歳以上も年下の彼らが、不条理な現代社会の中でもとびきり不条理と言われる韓国の芸能界で、常に自己を偽ることなくファンを欺くことなく、血の滲むような努力を積み重ね、その音楽性やダンス技術を高めて世界の頂点を極めた事実は、驚嘆に値する。
今や誰も疑う余地のない世界最高峰のパフォーマンスによってグラミー賞に毎年ノミネートされる彼らだが、デビュー当時のミュージックビデオを見る限り、ダンスも歌も容姿も7人のメンバー誰一人として特筆すべき逸材とは言い難かった。しかし、彼らには「志」、「ビジョン」があった。
その思いは、グループ名に鮮明に刻まれている。
BTSの本来のグループ名は「防弾少年団」。そこには、“10代・20代に向けられる社会的偏見や抑圧を防ぎ、自分たちの音楽を守り抜く”という意味がこめられており、「バンタンソニョンダン(방탄소년단)」と発音されるため、その頭文字をとってBTSと呼ばれている。
最初に聞いた時には、随分と子どもじみた物騒な名前に思えたが、人間を常識や慣習の枠に嵌めて、精神や創造性の自由な飛翔を妨げようとする社会の不条理に対する
反発心や闘争心は、人が「人間性」を持った人として生きる上で最も大切なことだ。
BTSは、抑圧的で権威主義的な社会への剥き出しの反抗心を前面に押し出しながらも、その一方で常に冷静に自己と対峙し深い自己探求を続け、思春期で揺れ動く心の様を高い音楽性と映像美で哲学的・心理学的に掘り下げて表現し、自分たちのパフォーマンスを総合芸術の域にまで高めた。
BTSをご存知ない方には、是非彼らのミュージックビデオを見ていただき、その芸術性の高さを理解いただきたい。
「Black Swan 」
「Blood Sweat & Tears」
しかも彼らは、単にアーティストにとどまらず、BTSファンである世界中の「ARMY」たちと連携して、数々の社会貢献・社会改革を実行している。
BTSは国連総会で、若年層の代表として3回スピーチを行っており、公の場で社会的な発言をすることを辞さない。
特にリーダーであるRMの透徹した知性と見識の深さ、そして独学で身につけたという英語力の高さには脱帽する。
2020年、黒人男性の暴行死事件をきかっけに全米でデモが起こったBLM(Black Lives Matter)にも支援を表明し、メンバーと所属事務所がこの運動に100万ドル(日本円で約1億円)を寄付した。
アジア人に対するヘイトクライム撲滅に向けても、バイデン米国大統領の招請を受けホワイトハウスを訪問したことも記憶に新しいだろう。
しかし確かに、ここ数年のBTSは彼ららしさを次第に失っていたように、私には思えた。
グラミー賞の常連となり、世界最高峰のアーティストという称号によって嫌が上にも導かれてしまう自分たちの進路に、居心地の悪さと違和感を感じ、心ここに在らずという表情や彼ららしくない曖昧で優等生的な発言に遭遇することもあり、心が痛んだ。
今回、彼らが自分たちらしく生きられない現状を変えるためにとった決断を、私は心の底から支持する。
もちろん、BTSの青春編とも言える第一章が終わることへの淋しさや喪失感は計り知れない。
しかし、RMが涙ながらに口にした「韓国のアイドル市場は人を成熟させない」という言葉、それがすべてだ。
彼らのように自分自身に対しても他者に対しても、常に誠意と努力を惜しまない若者が、社会から単に消費されて終わることなく、真に大切にされ成熟できる社会を、私たちは私たちの手で実現しなければならない。
人の尊厳や自由が蹂躙され、人が機械や道具のように扱われ、上っ面の数値でしか評価されない社会は韓国のアイドル業界に限ったことでは決してない。
BTSの苦悩や嘆きは、現代を誠実に生きる者すべての苦悩や嘆きだ。
グループとしての一時活動休止への思いを込めた新曲のタイトルは、「Yet To Come (The Most Beautiful Moment)」。
まだまだこれから、最高の瞬間はもっと先にある、という意味だろう。
頂点を極めた彼らでさえ、そのように思うんだ。
そう、私たちは理想とする最高の瞬間を求めて、自己も社会も変革し続けなければならない。
そのために一瞬一瞬、誠心誠意、懸命に生き切る。
それが、幾たびもBTSに励まされ、希望の光を見出させてもらった私の「還暦の誓い」だ。
編集部より:この記事は、畑恵氏のブログ 2022年6月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は畑恵オフィシャルブログをご覧ください。