林智裕 「『正しさ』の商人」

最近、ツイッターでかなり過激な発言をしてしまいました。

ノギタ教授 on Twitter
“処理水を「安全だというなら、安全かどうか飲んでみろ(証明しろ)!」という風評加害者には、「危険だというなら、自分で飲んで危険だということを証明してみろ!」と逆に言いたい。証明責任は風評加害者の方にあると思う。もしお腹壊したら、それがトリチウムが原因であることの証明も。”

皆さんは、「風評被害」って言葉を知っていますか?「風評被害」とは「事故や事件の後,根拠のない噂うわさや憶測などで発生する経済的被害。」のことで、特に科学的な根拠が無いのに、メディアなどで「危ない」とか言われると、みんながそれを信じて、その「危ない」ところで生産された(農作物や海産物などの)物を買わなかったり、そこからきた人を避けたりすることで、経済的にも精神的にも風評被害に遭った方々は大きな損害を被ります。

「風評被害者」がいるということは、「風評加害者」もいるはずです。それは誰なのでしょうか?

林智裕(はやし ともひろ) (著)「『正しさ』の商人 情報災害を広める風評加害者は誰か」は、特に福島原子力発電の事故の後、直接事故や放射線で怪我をしたり病気になったり、死亡した人はほとんどいないにも関わらず、風評で被害にあった人々が大勢いることに対して、風評加害者はいったい誰なのか?という視点で書かれています。

 

報道に携わる著者の林さんが、メディアとそれを信じた一般の人々の行動を怒りをもって綴ったルポです。僕はこの本を読んで、テーマがあまりにも重く、どうやって書評を公開しようか、かなり悩みました。

そこで、日本人の醜い姿、第四の権力としてのメディアの怖さ、その報道によって知らず知らずの間に風評加害者になってしまう一般の方々を、過去の大公害事件、水俣病に関するルポ、石牟礼道子(著)「苦海浄土 わが水俣病」と対比しながら読書を進めました。

水俣病は、「熊本県水俣湾周辺の化学工場などから海や河川に排出された有機水銀により汚染された海産物を住民が長期に渡り日常的に食べたことで中毒性中枢神経系疾患が集団発生した公害病」です。

実際に被害にあった方々がおられ、そして科学的根拠に基づかない風評で今現在でも風評被害に遭っている方々が存在しています。その被害とは、経済的なことや精神的なこと(差別)も含まれています。

一方、福島原子力発電の事故では、直接多量の放射線被曝で亡くなられた方々はいないにもかかわらず、科学的根拠に基づかない風評で多くの方々が風評被害に遭われています。水俣病と福島原子力発電の事故のどちらの大事件にも共通することは、風評被害なのです。

風評被害が深刻な問題で、そしてあってはならないことなのは、水俣病という過去の大公害事件での風評被害の経験からメディアの方々を含めて多くの人が認識しているはずです。それなのに、いまだに風評被害がなくならないのはなぜなのか?著者はメディアの「原理主義的な「反権力こそ正義」との幻想と、根底に潜む選民思想と福島への差別意識」だとしています。

僕は日本人の心の中に潜む科学的根拠に基づかない「穢れ」の感情がその風評加害の根源ではないかと感じています。もし、メディアが本当に風評被害を無くそうとするならば、報道で「なお、風評被害が心配されます」というだけではなく、その後に必ず「科学的に全く問題ないので、皆さん心配しないでください。風評に惑わされないように!」と報道すべきだと思います。

そうでないと、メディア自らが風評の加害者を生産するアジテーター(煽動者)となるからです。

研究者にも「お茶の水博士」と「死神博士」という「善・悪」がいるように、メディアにも「風評被害を防止させる報道」と「風評被害を煽動させる報道」という「善・悪」があるのかもしれません。一般の方々は、知らない間に「悪」の煽動に乗せられて、風評加害者になってしまった、ということがないように細心の注意が必要です。つまり、常にメディアに対して心の準備をしておくことが必要だと思います。

その心の準備には本書は必読だと思いました。

動画のノギタ教授は、豪州クイーンズランド大学・機械鉱山工学部内の日本スペリア電子材料製造研究センター(NS CMEM)で教授・センター長を務めています。