“神宮の杜”に超高層ビルが林立!! 環境と文化を破壊する外苑再開発計画

畑 恵

日本のSDGsの原点、神宮の杜

神のおわす処-「いちょう並木」などで知られる明治神宮外苑は、自然と人が協働し100年の時を重ねて創りあげた、環境と文化の聖地である。

実は、神宮のもりは天然の森ではない。明治神宮創建にあたり「永遠の杜」を目指して、全国から献木されたおよそ10万本を植栽して作られた人工林だ。

成長の早い針葉樹と成長の遅い広葉樹を、科学的知見に基づきベストミックスし植樹するというグランドプランにより自然のサイクルを作り上げ、人が手をかけずとも自律的に生命をつないで行ける多様性に満ちた森を実現して来た。

日本のSDGsへの取り組みにおける代表的成功例にして“原点”とも言えるこの神宮の杜で今、約1000本もの樹木を大地から引き剝がし、200m近い超高層ビルを林立させようとする無謀な計画が断行されつつある。しかも、その魔の手は神宮外苑にとどまらず、周辺の青山・表参道にまで伸びている。

東京五輪に便乗し、開発規制は大幅緩和

もともと外苑地区は日本初の風致地区に指定され、建築物の高さは15mまでに制限、容積率や樹木の伐採も厳密に規制されて来た。その後さらに「都市計画公園」「文京地区」にも指定されることにより、開発の波から守られてきた。

しかし、それが「東京五輪」開催が正式決定した2013年に一変する。

東京都は外苑一帯の高さ制限を75mに緩和。加えて、都市計画公園内の民間開発を可能にする「公園まちづくり制度」を創設した。

さらには、本来ホテルや旅館の建築ができない文京地区である外苑一体に、知事が「文京上必要」と認めれば建設可能となる例外規定を行使することにより、東京五輪の終了後にもかかわらず巨大ホテル建設の許可をおろした。

その結果、デベロッパーや都知事が「文教に資するスポーツクラスター建設」という題目で特例的に進めて来た再開発計画にもかかわらず、計画地区内のスポーツ施設の割合はわずか2〜3割程度で、大半は商業施設という試算もある。

この暴挙にユネスコ(国連教育科学文化機関)の諮問機関である「イコモス(国際記念物遺跡会議)」の国内委員会も計画の抜本的見直しを求めているが、デベロッパー側が来年(2023年)着工を予定している計画に都が待ったをかける動きは、今のところまったく見られない。

超高層ビル建設ありきの再開発計画

今、神宮外苑で何が起きているのか。まずは、再開発の「施設配置計画図」をご覧いただきたい。

ダイヤモンド社より

当初は、いちょう並木東側の遊鋪道を樹木ごとつぶして高さ15mの商業施設を、また絵画館を真前に臨む好位置に高さ30mの7階建ホテルを建設予定だったが、近隣住民などから反対を受け、現在、その計画は削除されている。

しかし、既存の建物と位置が入れ替わる新秩父宮ラグビー場と新神宮球場に隣接して、200m級の超高層ビル建設が複数計画されている。

あの六本木ヒルズでも高さ230m、それと同様の天を突くような超高層ビルが、世界から愛される景観「外苑いちょう並木」の入り口横にそそり立つこととなる。

以前から神宮外苑について東京都やデベロッパー側は、「いちょう並木を中心とした緑豊かな風格ある都市景観を保全する」と繰り返し説明してきた。

しかし開発計画の内容は、新国立競技場周辺以外は2013年からずっと伏せられたままで、2020年に明らかにされた時には既に、いちょう並木はつぶされ超高層ビルが林立するという「緑豊かな風格ある都市景観」とは真逆のものとなっていた。

次に、もう一枚の図をご覧いただきたい。

東京新聞より

いちょうの根本からわずか8mという場所に、新神宮球場の建物の外壁が設置される予定だ。しかもその高さは、現在のいちょうの樹木と同じ25m。さらに新球場には60mという高層ホテルが併設予定で、周辺の日照と通風はさらに遮られることとなる。

これでいちょう並木の良好な生育環境を、本当にこれまで通り維持できるのか?

一体誰が、聳え立つ壁が近接する無惨ないちょう並木を見て美しいと感じ、癒された気持ちに浸りながらその木陰を散策したいと思うのか?

そもそもなぜこんなに広大な敷地があるにもかかわらず、いちょうの生育と景観を犠牲にしてまで、新神宮球場を並木ギリギリまで寄せて建設する必要があるのだろうか。

その理由は、新球場横にあるデベロッパー所有の超高層ビルの容積率を上げるためではないかと言われている。

真偽のほどは定かではないが、なぜこんな無謀きわまりない建設計画を断行する必要があるのか。「緑豊かな風格ある都市景観を保全する」と説明して来た通り、東京都もデベロッパーも本開発計画を一旦中止し、公開で市民や専門家と十分な議論を重ねた上で、抜本的な見直しを行うべきだ。

デベロッパー所有の建物をめぐる疑念は、それだけではない。

東京五輪開催に向け、新国立競技場と新ラグビー場の間に常設のサブトラックが建設される予定だったが、なぜか途中で計画から消えてしまった。

その結果、世界陸上選手権大会の開催が可能な「第1種」の競技場に必須であるサブトラックを、東京五輪では“仮設”でしのぐという奇妙奇天烈な事態となった。

東京にオリンピックのレジェンドとなる「スポーツクラスター」をつくろうと いう謳い文句で始まったはずの神宮外苑再開発計画。しかし、蓋を開けてみれば超高層ビル建築の障害になるものは環境も文化も歴史も、いやスポーツでさえも、すべて切り捨てられてしまう。人も神も自然も五輪も、すべてを踏みにじる“国辱的開発計画”と断じざるを得ない。

災害級の突風を生む超高層ビルの恐怖

「スポーツクラスター」という看板を掲げた超高層ビル建設計画が危うくするのは、自然環境や文化だけではない。生命や財産といった「安全」をも脅かす。

計画では190mの高さとなる商社ビルは、青山通り(国道246号)に面して今も建っており、現在の高さは約100m。

しかしこの高さでも強風時には、鋪道の歩行や交差点の横断は突風に煽られかなり危険で、近隣の青山小学校に通う児童や高齢化が進む住民は恐怖心を抱いている。

実際、最近の台風により青山通りの街路樹には倒木の被害が複数発生しており、商社ビル前の信号待ちで、強風時に車体が浮く経験をしたのは私だけではないはずだ。

今でもこうしたビル風の危険に晒される青山通りに200m近い超高層ビルが林立したら、歩行者や通行車、近隣の家屋や商店などに対し、強風や日照不足など環境の変化による安全や健康への影響はないのか、デベロッパー側は今すぐにでも科学的な調査を徹底して実施し、そのデータを公開すべきだ。

超高層ビル建設は表参道へも拡大

実は、神宮外苑再開発計画のデベロッパーは、同じ青山通り沿いの南青山側でも150mの超高層ビル計画を進めている(神宮外苑は北青山側)。

建設予定地は神宮外苑から少し離れるが、表参道交差点から青山通りを外苑に向かい徒歩5分程度。さして広くない土地に鉛筆のようなタワー型の38階建ビルを建設予定で、周辺には低層の閑静な人家や瀟洒な隠れ家的名店が迫っている。

(仮称)南青山三丁目計画準備室より

なぜ、こんな狭い土地に150mもの超高層ビルが建設可能となるのか?

その解が、神宮外苑でも超高層ビル建設を可能にした「空中権」売買だ。

空中権の売買は「容積率移転取引」ともいう。再開発地区のある建物を建て替える際、その建物を高層化しない代わりに余った容積を売却し、同じ再開発地区の内のデベロッパーが購入してビルに容積を移転することにより超高層ビルの 建築が可能になるという仕組みだ。

神宮外苑では空中権売買により、約1300億円と言われる価値が創出され地権者に渡り、超高層ビルが林立することとなる。

百年の月日により培われて来た自然環境や文化、景観、日本の威信や風格をすべて失う、その引き換えとして・・・

国民的議論を尽くし、計画の抜本的見直しを

今年8月16日、東京都の環境影響評価審議会は突然、デベロッパーによる環境保全案を議論らしい議論もないまま概ね妥当と了承、都知事に答申を提出し、再開発計画の着工は決定してしまった。

デベロッパーによれば着工は「来年年明け」になる見通しだ。

審議会が殆ど議論なく認めてしまった、デベロッパー提出の環境保全案を見てみよう。

「イコモス」から出された計画見直し提言や都民からの反対の声を受け、デベロッパーは開発区域内にある1381本の樹木のうち、伐採本数を当初の971本から556本に削減と記載されている。この削減数が決定打となり、デベロッパー案は了承され審議会は終了となった。

しかし削減本数の内訳を見てみると、2036年の工事完了までに311本の樹木が“立ち枯れる”と想定できるとして、この本数を伐採対象から外したり、移植の可否を判断する基準を緩めることにより、伐採予定だった85本の樹木を移植としてカウントするなど、依然として約1000本もの樹木の生命が危機に晒されるという実体はほとんど変わっていない。

情報公開も社会的議論もまったく不十分なまま、国家の威信にかかわるような聖地での、これだけ大規模なプロジェクトが、ほとんどの日本国民が知らぬまま承認され、着工が決定されてしまった。

そんな異様な現実を現出させる “巨大な力” が、この再開発計画には及んでいる。

その証拠に、大手新聞社でも放送局でもこの再開発計画の内容について、東京新聞とダイヤモンド社を除いては、これまであまり報じて来なかった。

大企業と大物政治家が手を組めば、誰が見ても驚天動地という暴挙が、誰もが知る場で断行されようと、誰も見て見ぬふりでまかり通るーそんな専制国家のような国へ、日本はいつから堕ちてしまったのか。

健全な民主主義、自然環境や文化歴史を尊ぶ心、良識や品格は一体どこへ行ってしまったのか。

「神宮の杜」の自然は、神を敬い日本を愛する人々の心が作り上げたレガシーだ。

それを東京五輪にかこつけて破壊しようなどとする者を、はたして神は許すのか。

神の怒りは、天災となっていずれ必ず返って来る。

デベロッパーおよび東京都、そしてこの一件についてこれまでまったくコメントを発しない環境省に対し、計画の一旦中止と開かれた場での十分な議論、そして科学的知見に基づいた計画の抜本的見直しを強く要請する。

時事通信社より


編集部より:この記事は、畑恵氏のブログ 2022年9月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は畑恵オフィシャルブログをご覧ください。