総合経済対策39兆円:日本は「第二の敗戦」から再生できるか

畑 恵

国家再生への覚悟はあるのか

物価高や円安に対応するため、政府が新たな総合経済対策を決定した。財政支出は約39兆円。

賃金が上がらぬ中で進む急速な物価高や円安に対応するものとは言え、その財源の大半は国債、つまり次世代へのツケだ。

それだけの負担を自分の孫子の代に負わせてでも、この39兆円を最大限に有効活用することで、国際的に沈み行く日本をなんとしても建て直す!という覚悟や気概が、今の政治家や官僚たちに果たしてあるのだろうか。

国会中継を視聴していても、与党からは構造的な変革をもたらすような戦略的で具体的な経済対策は何も語られず、一方の野党は旧統一教会問題に終始し、わが国の行く末に垂れ込める暗雲はその濃さを増すばかりだ。

そもそも今、日本が世界の中で置かれている立ち位置が把握できているのか、客観的な現状認識がこの人たちに正しくなされているのか、それすら疑問に思えて来る。

というわけで、世界における日本の現状をごくざっくりと、「財政状況」「経済的豊かさ(国民一人当たりGDP)」「世界競争力」の3点から見てみよう。

財政赤字は世界ワースト

まずは、「財政状況」。

日本は「政府総債務残高(対GDP比)ランキング」で、2位のベネズエラ、3位のギリシャを抜いて世界ワースト1位を更新し続けている。

今年6月末時点で日本の財政赤字は1255兆円を超え、国民一人当たり1000万円を遂に超えてしまった(財務省発表)。

そう言われてもあまりに天文学的な数字でリアリティがないので、日本の財政を“家庭の家計”に置き換えてみよう。

すると日本家は、毎月26万円程度しか収入がないのに、毎月50万円も支出してしまっているとんでもない状態にあることが分かる。

一般家庭だったらサラ金地獄にはまって一家心中へ一直線という異常事態だが、日本政府が借りている先はサラ金ではなくて、主に“日本国民”。

日本政府が発行した債券(国債)の9割以上を、日本国民が買い支えている。

という訳で、少しくらい日本丸が傾いたからといって、急に金を返せとサラ金のように取立てに来ることはない。

だから「日本政府はいくら国債を発行しても大丈夫。いやむしろもっともっと借金をして、お金をジャブジャブ世の中に行き渡らせて、景気を良くした方がいいのさ」というのが、積極財政派の意見だけれど、本当にそうだろうか?

政府が借金している相手は確かに日本人かもしれないけれど、その日本人だって日本国の将来を心配して善意で国にお金を貸しているわけじゃない。

元本を保証された上に「利子」をしっかりもらえるから、お金を貸しているのだ。

その証拠に、現在、日本の予算支出の4分の1は国債の「利払い」に充てられている。

借りた元本は一切返せぬまま、ただ利子を支払うだけで国家予算の4分の1が毎年自動的に消えている。

つまり、予算総額として発表される金額の4分の3しか実際には使えないという異常事態に、私たち日本国民は陥っているのだ。

国民の暮らしを危うくし日本の国際的価値や地位を低下させている、現在の急速な円安を抜本的に止めるには、金利を上げるしかないわけだが、金利を少しでも上げればそれだけ国債の利払い額は膨れ上がる。

日本はまさに「八方塞がり」に追い込まれているというわけだ。

金融緩和というカンフル剤に頼ったまま、実体経済の成長をおろそかにし、安易に借金を積み重ねて来た日本の行く先に待つものは、このまま手をこまねいていれば地獄···

そうとしか、経済金融の専門家ではない私には考えられないのだ。

1人当たりGDPは、世界24位

ここからは、日本の「経済状況」が国際的に、どの程度の位置にランクしているのか見てみよう。

まずは、その国の国際的地位の指標としてよく用いられる「国民1人当たりGDP」。

“Japan as No.1″と日本がもてはやされたバブル期に青春を送った私は、いつまで経っても日本は先進国のトップグループの一員という幻想から抜け出せないが、現実はまったくかけ離れている。

2021年、日本の1人あたりGDPは約4万ドルで世界24位。

これは第1位のルクセンブルクの3分の1に過ぎず、米国やアジア第1位のシンガポールの6割程度でしかない。

ドイツやイギリスに比しても低く、成長率がとても高い韓国に間もなく抜かれてしまうことは必至だ。

しかし、たった20数年前まで、日本の地位は間違いなく世界トップクラスだった。

1人当たりGDPは、2000年には世界第2位で、第5位の米国より8%も高かった。

それが、民主党政権となって13位にまで低下し、さらにアベノミクスで24位まで降下した。

低下の原因は、円安の進展と成長率の低さだ。

自国通貨建て1人当たりGDPの2000年から2021年の増加率を見ると、

日本 4.6%
米国 91.0%
韓国 188.0%
英国 78.5%
ドイツ 64.2%

と、日本が極端に成長率が低いことがわかる。

時間が経てば経つほどこの乖離はさらに広がり、日本は先進国から一人落ちこぼれていくこととなる。

では、日本の凋落が始まった2000年頃、この国で一体何が起こったのか。

私が専門とする科学技術分野で言えば、日本の成長を牽引してきた大手企業が軒並み、自分たちが抱えてきた「中央研究所」を廃止した。

米国でトレンドとなった「オープンイノベーション」と、米国式の株主優先型「会社法改正」の導入により、大企業はそれまでのイノベーションを育み生んできた基礎科学のファーム(農場)である中央研究所を次々と閉鎖。

それに伴い、日本の躍進を支えた優秀な研究者や技術者たちは行き場を失い、ある者は日本の大学に、またある者は韓国や中国など他国の成長企業へと流出した。

さらに、2006年には国公立大学の独法化に伴い校費が年々削減された結果、その皺寄せをすべて負わされた若手研究者の雇用は流動化し、不安定な任期付きが主流となった。

また、大半の研究者は短期で細切れの競争的資金を常に集めねばならないため、すぐに成果が見える流行りの研究を余儀なくされ、腰を据えて自らの好奇心に基づき研究に没頭できる時間は大幅に減少、研究環境は悪化した。

また研究者になってもキャリアも生活もままならないと、博士課程に進み研究職を目指そうという人材は減少の一途を辿った。

この20年間で、日本の博士課程進学者は半減、今や人口は日本の半分もいない韓国の博士課程進学者の半分にも満たない。

その結果、Top10%補正論文数で日本の順位は遂に韓国より低くなってしまうという衝撃的な事実が、先日NISTEP(文部科学省 科学技術・学術政策研究所)から発表された。

日本企業の効率性は、世界最低ランク

世界におけるその国の立ち位置を知る代表的な指標に、スイスIMD(国際経営開発研究所)による「世界競争力ランキング」がある。

2022年版によれば、日本の総合順位は34位。

アジア・太平洋地域に限って見ても、マレーシアやタイより低い14ヵ国・地域中10位という低さだ。

このランキングは、「経済状況」「政府の効率性」「ビジネスの効率性」「インフラ」という4つの項目で評価されるが、日本の経済状況は20位、インフラは22位、政府の効率性は39位、ビジネス効率性に至ってはなんと51位と、とてつもなく低い。

しかし、かつて日本の総合順位は、1989年からバブル期終焉後の1992年まで、ずっと1位だった。

その後も1996年までは5位以内を維持するが、金融システム不安が表面化した1997年に17位に急落。2019年に30位となって以降は4年連続で30位台。

低迷の要因は、「ビジネス効率性」分野の顕著な下落傾向にある。

ビジネス効率性分野の「生産性・効率性」「経営プラクティス」など、小分類項目でも一向に改善傾向が見られず、特に企業の意思決定の迅速さや、チャンスとリスクへの対応力、起業家精神などを評価する「経営プラクティス」では最下位(63位)だ。

今こそ「第二の敗戦」から再生するラストチャンス

これだけの日本の落ち込みを直視したら、「リスキリング」の奨励などという小手先の政策だけで、この国家存亡の危機が乗り切れる訳などないことは、誰の目にも明らかだ。

かつて、明治維新という革命的な変化が、西欧列強から蹂躙されつつあった日本の独立を守り、その後の繁栄へと導いたように、日本はこの危機を前に“抜本的”に変わらねばならない。

最も変わるべきは、付和雷同、忖度、事勿れが横行するこの国の社会常識であり、お上頼り、減点主義、前例主義に縛られた社会システムである。

そんなことを言ったって、それが日本人ってものなんだから、そう変わらんよと言われるかもしれない。

しかし、幕末の志士たちは国家存亡の危機を前に、命を賭して当時の社会常識に諍あらがい、社会システムを変革するため先進国の語学や文明を途方もない苦労をして学び、密航の禁を犯してまで海外へ渡って、日本の変革に成功した。

そのDNAは今も、早稲田大学の「進取の精神」、慶應大学の「独立自尊」、本学であれば勝海舟が命名した校名「作新」や教育方針の「自学自習」などに、しっかりと刻まれている。

「第二の敗戦」を迎えた今こそが、日本変革の大チャンス、そしておそらく、今が日本の再生にとって「ラストチャンス」なのだと強く思う。


編集部より:この記事は、畑恵氏のブログ 2022年11月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は畑恵オフィシャルブログをご覧ください。