ローマ教皇フランシスコは9日、アンジェラスの祈りの後、サンピエトロ広場で集まった約1万5000人の人々の前で21人の新たな枢機卿のリストを読み上げた。枢機卿はローマ・カトリック教会ではペテロの後継者のローマ教皇に次いでの高位聖職者であり、教皇のアドバイザーのような立場だ。新たな位階者たちは、明るい赤色の衣服に加えて、教皇から枢機卿の赤い帽子(カルディナルビレット)を授けられる。
新枢機卿に任命された聖職者の中には、エルサレムのラテン総司教のピエルバッティスタ・ピッツァバッラ司教、教理省長官に任命され、9月に就任予定のアルゼンチン出身のビクトル・マヌエル・フェルナンデス大司教の他、ドイツ語圏からは唯一、エミール・パウル・チェリグ教皇公使が選ばれた。
注目される新枢機卿としては、香港教区の周守仁司教(Bishop Stephen Sau-yan Chow=スティーブン・サウ・ヤン・チャウ)が含まれていた。チャウ司教はフランシスコ教皇と同様にイエズス会に所属し、最近、北京を訪問したばかりだ。
バチカンは中国共産党政権と司教任命権問題や信教の自由問題で対立を繰り返してきたが、バチカンにとって中国本土の500万から600万人と推定される信者たちの「信教の自由」が最大の関心事だ。それだけに中国教会の人事は重要だ。なお、今回任命された21人の新枢機卿はバチカンで10月に開催される司教シノドスの全体会議の直前、9月30日に開催される枢機卿会議で正式に任命される。フランシスコ教皇の10年間の在位中、今回が9回目の枢機卿会議となる。
新枢機卿の出身国をみると、欧州教会からはポーランド、フランス、ポルトガル、スペイン、アフリカからは南スーダン、タンザニア、南米からはアルゼンチン、コロンビア、アジアでは香港のほか、マレーシアの聖職者が新たに枢機卿になっている。アメリカの教皇大使であるクリストフ・ピエール氏も任命されている、といった具合で世界各地から万遍なく選ばれている。
第2バチカン公会議(1962年~1965年)前までは新枢機卿と言えばほとんど欧州出身者が独占してきたが、ヨハネ・パウロ2世、ベネディクト16世、そしてフランシスコ教皇時代に移るほど、世界各地から枢機卿が選ばれるようになってきた。その傾向はフランシスコ教皇になってより鮮明化した。
新たな枢機卿のうち18人は現在、教皇選出会(コンクラーベ)に参加する資格がある。残りの3人の新枢機卿は80歳以上で、コンクラーベ参加資格の80歳未満を超える。9月30日の枢機卿会の直後にコンクラーベが開催されるとすれば、137人の枢機卿がシスティーナ礼拝堂での選挙に参加する権利を有することになる(フランシスコ教皇が新たな枢機卿会の発表を行った今年7月9日まで、枢機卿の中で潜在的な教皇選挙人数は121人だった)。
ちなみに、教皇選出権を持つ枢機卿137人のうち、フランシスコ教皇が任命したのは102人であり、残りの35人はベネディクト16世(在任2005~2013年)、ないしはヨハネ・パウロ2世(同1978~2005年)によって任命された枢機卿だ。
フランシスコ教皇が自ら任命した枢機卿の数が102人ということは、次期教皇の選出を考えるうえで大きな意味合いがある。南米出身のフランシスコ教皇は改革派とみなされ、教会の刷新を願ってきた。その教皇が任命する聖職者は必然的に改革派聖職者が多数を占めると考えられるからだ。コンクラーベでは当選には選挙権を有する枢機卿の3分の2の支持が必要だ。2005年のコンクラーベではベネディクト16世は4回目の投票で、フランシスコ教皇の場合は2013年、5回目の投票でそれぞれ当選している。
計算の早い読者ならば、「フランシスコ教皇が抜擢した枢機卿たちが結束して次期教皇に改革派の候補者を支持すれば、当選する可能性が高い」と推測できるわけだ。高齢のフランシスコ教皇が昨年、そして今年と2年続けて21人の新枢機卿を任命したのは、コンクラーベで次期教皇に自身の路線を支持する枢機卿から輩出したいという願いがある、と受け取っても間違いではないだろう。
ただし、「人は考え、神が導く」という独語の諺があるように、コンクラーベで何が起きるかは事前には誰も予想できない。前回コンクラーベ開催前の準備会議(枢機卿会議)でブエノスアイレス大司教のホルへ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿(現ローマ教皇フランシスコ)が教会の現状を厳しく批判し、「教会は病気だ」と述べた。その内容が多くの枢機卿の心を捉え、南米教会初の教皇誕生を生み出す原動力となったといわれている。114人中、90人の枢機卿が当時、ベルゴリオ枢機卿を支持したのだ。
ベネディクト16世は78歳の時、フランシスコ教皇は76歳の時に教皇に選出されたが、ショート・リリーフ的な役割を新教皇に期待する声が強かったことが背景にあった。コンクラーベが教会の抜本的な改革を願い、本格的教皇の誕生を願うとすれば、60歳代の若い教皇を選出する可能性も考えられる。
フランシスコ教皇が高齢で満身創痍でありながら、その職務を遂行している時、次期教皇問題をテーマとすることは礼儀に欠けるが、客観的にみて、コンクラーベが今月招集されることになったとしても不思議ではない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年7月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。