鎮静化するアメリカのインフレと日銀の深謀遠慮

アメリカの6月度消費者物価指数が発表され、総合は前年同月比3.0%(前月4.0%)、コアは4.8%(同5.3%)と物価の沈静化傾向がより鮮明となりました。これはアナリストの事前予想を上回る改善ぶりだったため、市場では歓迎され、株式や金市場は賑わっています。

アメリカFOMCは先月の定例会合で利上げを一時停止したものの引き続き市場を注視するとし、その後、FRB関係者から利上げ継続を支持する発言が相次ぎました。市場の予想では7月25-26日の会合で0.25%の利上げを予想する向きが9割近くに達しており、更にその次の9月19-20日の会合でもう一度引き上げのシナリオが妥当ではないか、とされています。

個人的には何度も繰り返すようですが、更なる利上げはあるのかもしれませんが、それは不必要な利上げになると考えています。この消費者物価指数をみてパウエル議長以下、FOMCのメンバーはどう考えを修正するか注目しています。

今後、1週間から10日の間で市場を揺さぶるニュースとしては企業の4-6月決算ですが、銀行の決算発表が先行します。既にゴールドマンサックスが「結構悪い」とされる決算発表を行う見込みで同社は既に市場に期待値を下げさせ、決算発表の衝撃を和らげる口先介入をしています。

そもそも同社がおかしいと思ったのはアップル社と組んで同社のスマホアプリを経由した預金の運用をゴールドマン社が行うという輝かしい発表をしてわずか数か月でギブアップ、その事業を他社に売却すると発表しています。表向きの理由はゴールドマン社がBtoBの業務が主力でBtoCは全くダメで赤字であったことが主因とされます。ですが、実際に4.15%の預金を払うだけの資金運用は極めて難しいというのが本心ではないか、と思います。

いづれにせよ、4-6月の決算は概ね、渋めになり、第3、第4四半期はもう少しどんよりしたものが予想されている中で利上げのバイアスはむしろFRBに厳しい疑問を投げつけることにならないでしょうか?

さて、これが日本にどう影響するか、です。最大の着目点は為替です。為替は理論的には市場の資金量がベースでその変化は金利差が尺度となります。つまり金利が上がれば市場から中央銀行がマネーを吸い上げるのですから、一国の貨幣価値は原則上昇、景気が悪く利下げするなら貨幣価値も下がります。これは当たり前なのですが、市場はそれより以前に金利が動くバイアスを感じ取るのです。

これも以前から何度も言っているようにアメリカの金利は9合目か9.5合目にあるのでピークアウト感が強いのです。その先に待つのは下り坂であり、市場のバイアスは「これから金利はフラットか下がるからドルの価値は相対的に下がりやすいよね」です。

もちろん、為替はこんな単純なモデルではありません。金利の上下に対して「国力の耐性」があります。大国と小国、経済や政治的基盤の安定感、人口や将来像、資源や地政学的配慮…などを加味し、ボラティリティをみる必要があります。国力の耐性ががあれば動きはより緩慢となり、小国、例えばトルコの通貨などは対ドルでローラーコースターになるわけです。

ドル円相場に関しては米ドルの利上げのピーク感がより強まる中、日本の物価は安定して上昇している点から植田日銀総裁がそろそろ動くのではないか、と予想する向きがここにきて急速に強まっています。7月27-28日の会合ではYCCの修正に動く可能性が2-3割ぐらい出てきています。実際にはFOMCが26日に金融政策を発表し、パウエル議長が記者会見するのを見届けた上での政策決定会合になります。

個人的には仮にアメリカが利上げしたらYCC修正をする公算はより高まると見ます。理由はそれがほぼ最後のチャンスになるからです。年後半から来年にかけて円高が進行しやすくなりますのでその時期にYCC修正をしたら為替の動きに拍車をかけることになり、市場が混乱する公算があります。それを避け、植田新総裁がスムーズな運営をしたいなら今回がラストチャンスではないかとみています。

日本銀行HPより

本稿を書いている時点で為替は既に138円台半ばから前半で、日本の株式には重くのしかかるでしょう。底堅い感じは銀行株。私が数か月前に不況の半導体関連でもない、業績が悪化する商社でもなく、金利上昇でメリットがある銀行株と申し上げたと思いますが、それは変わっていません。

植田新総裁は目先の金融政策とは別に四半世紀の日銀政策に関するレビューを行っています。これは来年まで作業が続きます。最大の疑問は2%のインフレ目標は妥当なのか、であります。アメリカや欧州が2%を目指すのと日本のそれとは次元も諸条件も違うはずです。より成熟し、人口が縮小する国に於いて2%を維持するのは輸入物価の上昇に伴う悪いインフレを伴いやすいと思います。個人的には1.5%ぐらいに修正してもよいだろうと。

一方、極端な低金利政策は実体経済への刺激と言う点から効果は薄いと考えるべきでマイナス金利がまだ残っていることに違和感を覚えています。金利の観念がないのは坊主とイスラム教ぐらいであって、金銭と時間軸の関係はプラスの金利であるべきです。仮にマイナスに突入してもそれは一時的なものでなければならないのです。

むしろ日銀は90年代初頭以降、あらゆることに忖度しすぎたと思います。時の政権、社会、経済界、更には個人の住宅ローンなど、それらをメディアが質の悪い報じ方をすることで日銀が縮こまってしまった、これが私が見るバブル以降の日銀政策ではないかと思います。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年7月13日の記事より転載させていただきました。