NATOの強力な集団的安全保障体制
NATO(北大西洋条約機構)はもともと第二次世界大戦後の社会主義国ソ連の軍事的脅威から英仏独など欧州自由主義諸国の平和と安全を守るために米国が中心となって1949年に創設された集団的軍事同盟であるが、1991年のソ連崩壊を経て、その後NATOの組織と役割が拡大し、現在では、フィンランド、スウェーデンの新規加盟を含めると加盟国は32か国にも達している。
NATOの仮想敵国は核兵器大国のロシアであるが、7月11日のNATO首脳会議の共同声明では軍拡を進める覇権主義の中国に対しても警戒を高めている。
NATOの集団的安全保障体制は強力であり、これまでNATO加盟国が非加盟国から侵略された事例は皆無である。2022年のロシアによるウクライナ侵略に対しては、欧州全体の安全保障上の危機でもあるとの認識のもとに、NATOはウクライナに対し戦車、ミサイル、航空機などの武器弾薬装備品等の支援を行っている。
ウクライナの善戦とロシアの苦戦はウクライナ国民の国を守る確固たる決意とNATOの軍事的支援によるものである。
ウクライナ侵略を抑止できなかったNATOの反省
しかし、強力なNATOも今回のロシアによるウクライナ侵略を抑止できなかった。その最大の理由は、ウクライナがNATOに加盟していなかったことである。加盟していれば、ロシアはNATOとの全面戦争を覚悟しなければならず、ウクライナ侵略はなかったであろう。ロシアは核兵器大国であっても、通常戦力ではNATOに対して著しく劣るからである。
また、核兵器についても、使用するためには日常のメンテナンスは欠かせないが、米国は年間374億ドルの維持費をかけているが、米国に比べて経済力が著しく劣るロシアは年間80億ドルに過ぎない(2020年ICANによる)。これに英仏の核兵器を加えれば核戦力におけるロシアの優位性はさらに減殺される。したがって、仮に全面核戦争になっても、ミサイル防衛が脆弱なロシアの勝利はあり得ず壊滅するだけである。
NATOの反省は、2014年のロシアによるクリミヤ併合を目撃しながら、ウクライナ侵略を抑止するためウクライナのNATO加盟を早期に決断しなかったことである。この反省は、アジアにも向けられている。中国の覇権主義に伴う急速な軍拡と南シナ海、東シナ海における台湾有事、尖閣有事を含む力による現状変更の動きである。
膨張した中国の覇権主義に対し米国一国ではもはや抑止は困難になりつつあるのが、「アジア版NATO」とも称されるNATOの東方拡大である。NATOの東京連絡事務所設置の動きはその一環である。自国の経済的利益のみを追求し中国にひたすら忖度したフランス大統領はこれに強く反対しているが、この大きな流れを食い止めることはできないであろう。
中国が「アジア版NATO」を最も恐れる理由
こうしたNATOの東方拡大の動きに対して中国は危機感を隠さず激しく反発している。反対の理由として、アジアに冷戦思考を持ちこむものだとか言っているが、それは建前に過ぎず、本音は別のところにある。
中国にとって「アジア版NATO」の最大の脅威は、これにより軍事力による「台湾侵攻」や自国領土と強弁する「尖閣侵攻」が不可能または著しく困難になるからである。これは「中華民族の偉大な復興」を国是とする習近平政権にとって最大の障害になる。
なぜなら、中国の軍事的脅威がさらに増大すれば、将来台湾や日本が「アジア版NATO」に加盟する事態もあり得るからである。仮に加盟には至らなくとも、NATOとの緊密な軍事的協力提携関係の構築により、NATOから現在のウクライナへの支援と同様の有事における様々な軍事的支援を受けることも可能になるからである。このことを中国は最も恐れているのである。これはNATOが集団的安全保障体制に基づく核兵器を含む強力な「抑止力」を有しているからに他ならない。
したがって、日本政府としては、北東アジアの平和と安全を維持するため、「アジア版NATO」の実現に向けて最大限の外交努力を尽くすべきである。日本にとっては日米同盟に加え「アジア版NATO」への加盟または協力提携関係構築により、対中、対ロシア、対北朝鮮の「抑止力」は一層盤石のものとなるからである。