自由貿易時代の終焉:通信・チップの次はいよいよクルマ

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読んで「先を越された」と感じた。7月13日付けのフィナンシャルタイムスへの寄稿、著者はクリス・ミラー氏。そう、あの話題書「チップ・ウォー」の著者だ。

”As Chinese cars speed into global markets, tensions will only escalate”

この記事の要点は4つ。

(1)中国製EVの輸出が急伸している

これは私も最近の統計で確認した。いまや年間500万台以上、1000億ドルのペースだ。これからもっと増えるだろう。内訳は分からないが、去る4月の上海モーターショーで西側業界を震撼させたEVが中心と見られる。

(2)ここでも「安全保障」懸念が高まっている

昨今のクルマはセンサーフル装備なだけでなく、収集データをメーカー側に飛ばして走行状況をモニター・分析するのが業界デフォルトになっている。ミラー氏は「ゆえに、中国製EVにもデータセキュリティの懸念が高まる」と予言する。現に、中国は自国でテスラに厳しいデータローカライゼーション規制を課すばかりか、走行してはいけない区域まで設定しているのだから、お互い様だろうと。

(3)保護貿易の引き金も引かれそうだ

これも過去中国がさんざんやってきたやり方だが、最近は米国もトランプが引き上げた輸入車関税を継承するばかりか、自国優遇の大型補助金(IRA)も導入した。欧州は今は無防備だが、フランスなどでダンピング課税の圧力が高まってきた。

(4)完成車の貿易制限はサプライチェーン(部品)にも波及するだろう

ここがミラー氏の主戦場だろうが、中国製EVが先進国市場で締め出されるなら、中国は外国製チップを搭載したクルマは世界最大の自国市場で売らせなくするだろう(筆者注:既にそういう指導は始めているという噂だ)

読後の感想

読んで驚きはない。「自由貿易時代の終焉」は、5G通信に始まり、チップの貿易制限に広がって、いまや補助金政策もやりたい放題だ。

TSMCの創始者・張忠謀は昨年末アリゾナ工場建設の式典で「自由貿易はほぼ死んだ」と述べたそうだが、同感だ。

「死んだ」は言い過ぎでは? と思う人もいるだろうが、WTOに象徴される自由貿易体制の真骨頂は「ルールに違反すれば是正させられる」点にあるがそこが死んでいる。

「貿易の多くは、これまでと同じ条件(関税、制限条件の有る無しなど)で維持できているが?」と思う方もおられるだろうが、それはまだ違反が起きていないという「惰性」のなせる業でしかない。いったんルール違反が起きて現状を改悪されたら、直す手立てはもはや失われているのである。

この記事は5G通信に始まり、チップに広がった保護貿易がいよいよ国際貿易の1丁目1番地、自動車業界にも広がるという予言だ。21世紀はそういう時代になるだろう。

中露と西側のデカップルは、これでますます進行する。グローバル・サウスは中立を保とうとするが、クルマ市場については、西側がその多くを中国に奪われることになるだろう。

そう言えば、昨日半導体の専門家湯之上隆氏が「半導体のデカップルが進み、世界中で工場建設競争が起きたことで、ムーアの法則サイクルは止まるだろう」と述べるyoutubeも観た。それもそうなんだろう。

世界経済はそんなこんなで良くないことが重なって、一歩一歩破局に近付くが、拙著「米中対立の先に待つもの」で述べたように、それが21世紀の世界に起きる周期であって回避の手立てはない、「襲ってくる衝撃波にどのように備えるか?」の選択しかない、というのが私の見立てだ。


編集部より:この記事は現代中国研究家の津上俊哉氏のnote 2023年7月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は津上俊哉氏のnoteをご覧ください。