商業不動産ビジネスが本当に苦しい背景は何か?

株式市場ではひと時の夏休みで心地よい風が吹いているようですが、商業不動産ビジネスを巡る懸念が今年の秋のメインテーマであることはほぼ間違いないとみています。ブルームバーグによるとスターウッドが借りている約300億円の商業用不動産の支払いが滞りました。スターウッドは支払いもしないし、借り換え準備もしていないとされます。同様の状況はブルックフィールドや専門業者ではないツィッター社など数多くあり、借り手が「ない袖は振れぬ」という強気の姿勢で貸し手が寄り添う形になっています。

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そうは言っても今年借り換えが必要なアメリカの商業不動産案件は37兆円規模あり、今後3年で見れば200兆円は軽く超えてきます。商業不動産、特にオフィス部門が不調なわけですが、オフィスビルは今や企業が独自で持っていることは少なく、ファンド、機関投資家、REITといった専門の業者が所有、運用します。資金はざっくり投資家から半分、借り入れが半分ぐらいだと思って頂いてよいでしょう。

REITの場合、税務上、利益の9割以上を権益所有者(株主のようなもの)に配分するのが普通ですが、賃料が十分に入らず、借入コストや金利が上昇すれば当然、権益所有者への配当は減額ないし、無配になります。一方、資金の貸し手は今までは中小銀行やノンバンクなどが主流でしたが、春の金融機関に吹き荒れた嵐で中小銀行の貸し出し余力が弱まっているため、借り換えは大手銀行に多少シフトするのではないか、とされます。ここまでが事実です。

さて、ここで2つの疑問点があります。まず、借り手の不動産所有者はこれだけ金利が上昇した中で借り換えが本当に進むのだろうかという点と、なぜ不動産所有者はテナントに見合いの賃料引き上げが出来ないのか、であります。

1つ目の借り換えは誰が貸し手であろうと貸し出し条件は市場金利水準に見合ったものになるわけで、この1年半で5%も金利が上がればこれから期間10年の借り換えをするのは常識的に経済計算が成り立ちません。テクニック的には金利がいずれ下がるだろうと見越して3年ぐらいの借り換えをして様子を見る、ということになるのでしょう。つまり、現在の北米の金利水準では賃料をすさまじく引き上げない限り成り立たないということになります。

仮にフォークロージャー(差し押さえ)になった場合、担保を受領した金融機関団はその建物を市場で売却するにも3割4割安でしか処分できず、貸し手の大幅な貸し倒れを回避するのは難しくなります。これが金融機関が借り手に対して強気になれない理由です。

ではもう1つの問題、不動産事業者は何故、テナントに見合いの賃料引き上げが出来ないかであります。実は私はこちらの問題の方が大きいのではないか、と思っています。要はテナントがいない、ないし、企業が事務所の借り入れスペースを縮小している真の理由は「人材がいない」、これに尽きるのだとみています。なので貸し手がテナントに値上げを提示すれば「ならば借りているスペースの半分は返す!」ということになってしまうのです。

人がいない、そんな馬鹿な、と思われるでしょう。労働市場で何が起きているか、といえばミスマッチと技量の足りない労働者、更に働き方のモチベーションがこの20年で大きく変化してきた中でコロナでそのひずみが一気に噴出したのではないかとみています。

この20年、情報化社会の中で様々な問題を克服するため、世界の各国、各州などでは法律をどんどん制定し新たなルールを作り続けました。まるでクレームを塞ぐためのパッチワークのようなものです。ところが恐ろしいほど変わったルールは誰も理解できない複雑怪奇な社会を生み出し、ニューカマーである若い業界参入者にいきなり難解な方程式を解け、と言わんばかりの状態を作り上げたのです。

この結果、離反する従業員が増え、効率が下がる業種だらけになり、挙句の果てにコロナの3年、座学ばかりで実務経験に乏しい人たちが労働市場に参入してきて自分たちの都合の良いルールだけを振りかざす状態になったのです。

企業の人材不足は深刻なので必死になって雇うけれど雇ってみたら酷いものだった、ということが後を絶たないのです。アメリカの雇用統計が毎月発表になりますが、あれは最終のネットの数字であって雇用される数字と解雇される数字が激しくぶつかり合っている状況が示されていません。その間、アメリカの労働生産性は悪化の一途を辿っている、これが現実です。

つまり、商業不動産ビジネスが厳しい、事務所が埋まらないということは経済全体が十分に機能していないことを映し出しているのです。リモートワークがあるじゃないか、と言われますが、3年経ってわかってきたことは便利な部分とそうではない部分なのです。そして在宅勤務は生産性が上がらないことはほぼ明白になってきており、故に北米でも出社回帰を進めるところがじわじわ増えてきたけれどそれでも事務所を埋めるだけの人材がいない、ということです。

もちろん、大手企業によるM&Aで管理部門が縮小されている事実もあります。つまりポジションが少なくなり、かつAIによる支援があれば必然的に事務所ビルは作り過ぎたという結論に達するのです。アメリカでは事務所ビルを住宅に改築する検討もなされています。

この話は北米だけの話ではなく、いずれ、日本にも降りかかる問題になるはずです。東京では事務所の供給過多で需要見合いにならない日がさほど遠くない日にやってくるとみています。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年7月21日の記事より転載させていただきました。