イランの政情、9月以降に正念場

イラン当局は一時撤退していた風紀警察を再び路上に配置し、ヒジャブ(ヘッドスカーフ)を正しく着用していない女性の取り締まりを再開してきた。欧米社会から激しい批判を受けたこと、国内各地で抗議デモが発生したことなどを受け、風紀警察が路上から姿を消したため、イラン当局の懐柔政策かと受け取られてきたが、ここにきて再び監視に乗り出したわけだ。同時に、沈静化していた女性や国民の抗議デモが再び活発化することが予想される。

抗議デモ参加者とイラン治安関係者が衝突(2022年9月28日、オーストリア国営放送ニュース番組のスクリーンショットから)

ことの契機はこのコラム欄でも報じてきたが、イランの風紀警察が昨年9月、22歳のクルド系イラン人のマーサー・アミニさん(Mahsa Amini)がイスラムの教えに基づいてヒジャブを正しく着用していなかったという理由で拘束し、そのアミ二さんが9月16日に警察の拘留中に死亡したことだ。それ以来、政府の抑圧的な方針とイスラムの統治体制に反対するデモがイラン各地で起きた。

欧米社会の批判に対し、イランの最高指導者アリ・ハメネイ師は、「わが国を混乱させている抗議デモの背後には、米国、イスラエル、そして海外居住の反体制派イラン人が暗躍している」と主張。イスラム革命防衛隊(IRGOC)や警察当局は、「われわれは国内の抗議行動と戦う準備が出来ている」と戦闘意欲を誇示し、「イスラム共和国の敵の悪魔的な計画を破壊する」と檄を飛ばし、強権で抗議デモを鎮圧してきた。

イラン各地で始まった抗議デモで多数の国民が逮捕され、処刑されてきた。米国を拠点とする組織、人権活動家通信社(HRANA)の報告によると、合計で約2万人以上が逮捕され、多数が死刑判決を受けている。ちなみに、イランの最高指導者ハメネイ師は2月5日、イスラム革命44年を迎えることから、数万人の囚人、被告人に恩赦を与えた。抗議デモ参加者も含まれているといわれる。

イラン各地の抗議デモは女性の権利やスカーフ着用問題にとどまらず、イスラム革命以来続くイスラム聖職者による支配体制の転換を要求し、反体制派グループも加わって、激しくなっていった経緯がある。米国や欧州連合(EU)はイラン当局に対し経済・金融制裁を実施しているが、イラン当局は強権でこの危機を突破する一方、ここにきてロシアや中国との関係を強化している。イランはウクライナ戦争ではロシアに軍事用ドローンを提供し、ロシアを軍事的に支援している。

オーストリア国営放送(ORF)は19日、イラン出身のジャーナリスト、シュウラ・ハシェミ女史とインタビューしている。同女史は、「風紀警察はここ数カ月、テヘランなど都市からは姿を消していたが、再び登場してきた。風紀警察には多くの女性警察官も働いている。路上でスカーフを正式に着用していない女性を見つけたならば、白色の連行車に連れていき、拘束するなど、再び路上で強権を発揮してきている」と説明している。

同女史によると、「イラン国会は現在、ヒジャブに関連した新しい法案を審議中だ。スカーフを着用していない女性に対し、これまで以上に厳しく処罰していく内容だ。具体的には、違反者には先ずSMSで警告の通知を送る。そして、罰金や拘留などの罰則が科せられる。例えば、違反者は就労禁止、勤務禁止が科せられる。また、喫茶店やレストランには入れなくなり、ショッピングセンターにも行けなくするという。

ハシェミ女史は、「イラン当局が女性のヒジャブ着用を重要視するのは、44年間のイランの聖職者支配体制にとってヒジャブ着用が政治的シンボルとなっているからだ。ヒジャブの着用で一旦譲歩すれば、イスラム教統治体制が崩れていくことを知っているのだ」と強調する。

9月に入れば、アミ二さんの死去1年目を迎えるから、イラン各地で、特にクルド系地域で大規模な抗議デモが行われることが予想される。SNSでは既に抗議デモの開催が報じられているという。イラン当局は昨年9月、10月のような抗議デモが全土で行われ、そのニュースが世界に流れることを警戒している。

イラン国民はイランの聖職者支配体制に反対すれば拘留、処刑、虐待されると久しく恐れてきた。その意味で過去44年間の強権による支配体制は成功してきたが、昨年秋、アミニさんの死を契機に、国民は当局の弾圧をもはや恐れなくなってきたのだ。

イランの国民経済は低迷し、多くの国民の生活は厳しい。2024年に入れば直ぐにイラン議会の選挙が実施される。誰が選挙に出馬できるか、どの派閥、政治グループが勢力を伸ばすかで政情は流動的だ。抗議デモも今後再び拡大していくことが予想されるだけに、9月以降のイランの政情は大きな転換点を迎えることになる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年7月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。