選別される労働者とミスマッチの若者たち

日本の人件費が上昇しています。今年の春闘では30年ぶりの3.69%上昇となっていますが、これは正規雇用者のデータ。ではもう少し身近なアルバイトの時給のデータはあるのか、といえばこの公的な定点調査がないのです。そこでリクルートのデータを分析した情報を見ると3大都市圏に於いて2014年ごろまでは時給950円程度で貼り付いていたのですが、そこから上昇ペースに乗り、23年6月時点で1158円となっています。今の人材不足の声からすれば今後、もっと上昇していくのでしょう。

バイトに関して人材不足に対して応募するのは日本人よりも外国人の反応が良くなっています。理由はしっかり働く、まじめに働く、長くやってくれる、といった理由でしょう。一方、日本の学生さんがバイトに精を出すというのはもう昭和の話になりつつあるのかもしれません。

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経済がある程度成熟していくと平均的な生活水準は確実に上昇します。まず生活の質が自動的に引き上げられ、より満足感が高い生活になります。例えばスマホ一つにしても10数年前は無かったのに今やひと時も手放せないのはそれが生活水準を維持する基幹ツールだからです。住宅もクオリティが上がり、選択肢も増えました。食べ物も冷凍食品ですら下手な外食と変わらないレベルです。

そうなるとバイトする努力も汗も必要なくなり、いかに楽をして稼げるか、に転換します。「一度なまけ癖が付いたらそれはなかなか取れない」と言います。アメリカでは在宅勤務がまだ5割ぐらいいるとされますが、在宅を条件にしないと働かないと従業員が逆条件提示するケースもあるとブルームバーグは報じています。

実際、カナダで31年も労働市場を見ている限り、いわゆるローカルの若者は二極化しています。若いうちにキャリアコースに行くか、目先の時給に目がくらむタイプか、です。目先の時給を選択した場合、本人が特定のスキルを持ち合わせていない場合、最後は社会が必要としている裏方仕事、ごみ収集や公園の整備といったスキルがなくてもある程度できる業務に落ち着いていきます。

たぶん、日本でもそれがより明白になってくるのでしょう。東京都のタクシーの乗務員が2009年の7万5千人から22年には4万8千人に減ったと報じられていますが、不人気な職種には誰もつきたくないのです。それでも政府はウーバーを認めないのは前例主義と企業の圧力に屈しているだけで国民全体のサービスという点で官僚と政治家は裏切り行為をしているのです。

雇用する側は賃金を引き上げ、多くの労働力を確保しようとします。一方で若者たちは目先の選択肢がこれだけ増えているにもかかわらずそっぽを向いています。理由は「かったるい」。しかし、彼らも金が欲しいのです。だから強盗だろうが何だろうが、高収入の闇バイト、一発勝負に手を染めるのです。

毎日新聞が先週報じた「<ルポ路上売春>歌舞伎町で『立ちんぼ』3年 ネットカフェ暮らし、ホスト通いの末に」は衝撃的な記事です。歌舞伎町裏にある大久保公園周辺の立ちんぼ達に焦点を当てたもので底辺の若者の実態がよくわかります。

実は私が6月に東京にいた際、歌舞伎町タワーを見に行ったのです。その前にあるシネシティ広場にはいかにも悪そうなガキ連が広場ど真ん中の路上で寝転び、片や隅の方ではやはり悪そうな男女グループが10数人溜まっています。正直、ヤクザより怖いと思います。なぜならヤクザは仁義がありますが、悪ガキは抑制が効きません。その後、新大久保まで歩いたのですが、その道のりに新大久保公園があります。

私はその実態は聞いていただけなのですが、それは不思議な感覚でした。高校生ぐらい制服女子が1人、2人で立っていたりスマホを見ながら何かを待っている男性たち。あちらこちらにそういう人たちが沢山立っているのです。その前を歩くと高校生らしき女性から私に「遊んでいかない?」とか「ご飯食べに行こうよ」と次々声がかかるのです。うわさに聞いていたあれはこれだったのか、と思わず納得すると同時にこれが日本の実態なのか、とがっかりしたのです。

労働力のミスマッチ、これはこの数年、特に言われてきたことです。中国では大学を出ても仕事がないとされますが、彼らは「大学出て制服着る仕事はしたくない」というプライドがあるとされます。ここでいう制服とは工場勤務という意味です。つまり工員になりたくなきゃ、大学に行け、というストーリーが成り立つなら日本はとっくの昔に大学生の就活のスーツ姿がステータスシンボルだともいえるのです。

しかし、日本は更に上を行っているかもしれません。「スーツ、3年着たけどやってられねぇ」と。大企業の就職3年後の退職率は概ね3割。つまり、25歳にしてスピンアウトするもその後は路頭に迷う人たちも一定割合、いるということです。

企業は使える人だけを厳しく選別し、飴を与えます。しかし、その潜在労働力の供給は細る一方です。一方、引きこもりや親元から離れられない若者も急増し、ごく一部にせよ若者が身を売りながらネットカフェで生活するこの実態のギャップは見て見ぬふりでは済まされない日本の一面でありましょう。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年7月25日の記事より転載させていただきました。