自動車自律走行はGREAT PIE IN THE SKY(バカでかい絵に描いた餅)

こんにちは。

今年1月初旬の底値から、押し目らしい押し目もつくらず上がり続けているハイテク大手株ですが、いつの間にかFANGとかFAAMNGとか呼ぶときのNの字は、ネットフリックスからエヌヴィディアに変わっていました

今年のハイテク相場を象徴するエヌヴィディアですが、うさん臭い企業の多いハイテク企業の中でもとくにうさん臭い会社で、こんな会社がハイテク株全体の先頭に立って上昇しているという事実が、乱れきった現代アメリカ社会を象徴していると思います。

というわけで、今日は2000~02年の第1次ハイテクバブル崩壊期には群小企業の1社に過ぎなかったエヌヴィディアがどういうきっかけでハイテク大手の一角を占めるに到ったか、それはアメリカ経済にとって幸運だったのか、不幸だったのかなどを書き綴って行きます。

metamorworks/iStock

ハイテク大手でもっとも株価が上がったエヌヴィディア

まず次のグラフをご覧ください。


今年のハイテク相場の特徴は、なんらかのかたちでAI、それも最先端の生成AIに関連があることを根拠として上昇基調を維持していることです。その意味でも本業は映像や音声などのコンテンツ配信で、あまり生成AIとは縁がなさそうなネットフリックスは圏外なのです。

それにしても、わずか半年強で320%も値上がりした(4.2倍になった)というのは、とてつもない上昇率ですが、これには背景があります。それは、一昨年の10月から去年の9月までの11ヵ月間で株価が65%も下がった(約3分の1になった)ことです。

超高層ビルの高速運行エレベーターのように派手な上下動をくり返している様子が、次のグラフでおわかりいただけるでしょう。

あとで詳しくご説明しますが、じつはAIバブルが起きたのは今年に入ってからのことではありません。2021年春ごろに機関投資家のあいだでひっそりと始まったAIバブルが、秋には派手に崩壊して、それが2022年を通じた大手ハイテク株不振の最大の理由となったのです。

「これは確実に儲かりそうなテーマだ」と思ったとき、機関投資家は鉦や太鼓で宣伝して個人投資家を巻きこんで大相場にしようとは思いませんこっそり買い進んで、個人投資家のあいだにも買いが広まった頃には売り抜けるものなのです。

この機関投資家のあいだでのAIバブルに便乗して2021年秋までは大暴騰し、そこから1年弱暴落していたのがエヌヴィディアだったわけです。つまり、今年に入ってからのエヌヴィディア株の急上昇は、しっかり予行演習済みだったと言えるでしょう。

なぜエヌヴィディアが第2次ハイテクバブル、すなわちAIバブルの主役になったかというと、2000~02年に崩壊した第1次ハイテクバブルでは鳴かず飛ばずだったことに対する、経営陣の反省があったのだと思います。

「社名の後ろに.comと付けただけで株価が上がる」と言われたほどハイテク株がもてはやされた時期に、半導体メーカーでありながらエヌヴィディアの株価は1ドル前後から5ドル台半ばまで上がっただけで、また逆戻りと、まったく蚊帳の外に置かれていました

それからも、サブプライムローンバブルの崩壊寸前に10ドル台に乗せた以外は、一貫して5ドル未満の「ボロ株」と呼ばれるような企業群に混じっていたエヌヴィディアが動意づいたのは2016~17年頃、自動車の自律走行がすぐにも実用化されると言われた時期のことでした。

自律走行自動車設計のためのAIシステムを用意しています」とか「弊社ではICチップ(半導体集積回路)の設計自体もAIにやらせています」とかの話題づくりのための広報活動が、やっと実を結び始めたと言えるでしょう。

ここでちょっとエヌヴィディア社を離れて、過去10年間の世界とアメリカのAI投資動向をおさらいしておきましょう。

過去10年、世界のAI投資はどう進展してきたか

過去10年間のAI投資をふり返ると、10年間の累計で見ても首位のアメリカが約2500億ドル、かなり離れた2位の中国が約950億ドル、3位のイギリス以下はすべて200億ドル未満と、これだけ話題になっている割に小さな市場だったと言えます。


首位アメリカでさえ10年の累計で約2500億ドルですから、1国が1年で1000億ドル以上投資するのは、めったにない事態だということになります。そのめったにない事態が起きたのは2021年のことでした。


2021年の世界のAI投資は合計2761億ドルで、アメリカの10年分を上回る金額になり、しかも内訳をご覧いただくと買収・合併が前年比約4倍の1200億ドル弱、未上場株取得が前年比約2倍の1250億ドル強と失敗したら逃げ場があまりない投資が激増しています。

その中でアメリカのAI投資はどうだったでしょうか?

ご覧のとおり、1250億ドル弱と同年の世界のAI投資の約45%、自国のAI投資が10年間で達成した実績のほぼ半分をこの年にしていたのです。

その結果はどうだったでしょうか。世界全体では翌2022年のAI投資が約31%減の1896億ドル、アメリカの投資も約26%減の919億ドルになっていますから、かなり深刻な縮小だったとわかります。

しかも、上の2枚組グラフの下段を見ると、2021年には調査対象企業の80%以上が「翌年度に投資を拡大する予定」と回答しているのですから、2022年の投資縮小は、突然予想外の悪材料が出てきたためだっただろうと推測できます。

AI投資躓きの石はなんだったのか

その突然の悪材料とはどんなことだったのでしょうか。少しでも的確な推定にたどりつくために、もう1年さかのぼって、2020年の様々な産業でのAI採用企業の比率を点検するところから始めたいと思います。


背景の色が薄いほど採用企業の比率が低く、濃くなるほど比率が高まり、20%以上になると中の数字が白抜きになっています。次の年に大きな変動のあるマスは、数字が赤くなっています。自動車業界の全分野が赤く囲ってある理由は、2年後の2022年までお待ちください。

2020年の特徴は、製品・サービスの開発という基幹中の基幹分野でAIを活用している産業が多いことです。ハイテク・電気通信で37%、自動車・同部品・同組み立てと企業向け・法律・専門サービスの2産業で21%の企業がAIを採用していました。

この年のAI活用度トップ3産業を挙げれば、ハイテク・電気通信が1位、金融サービスが2位、自動車・同部品・同組み立てが3位だったと言えるでしょう。全産業では、サービス実務と製品・サービスの開発でともに21%と、20%を超える企業がAIを採用していました。

様々な産業で多くの企業がAIを活用している分野は増えているけれども、投資総額は2019年の500億ドル台半ばから2020年の600億ドル強へと急激な伸びではなかったので、地に足が付いた堅実な成長過程にあったと考えていいでしょう。

それでは、2021年にどう変わったかを見てみましょう。


前年も高かった製品サービスの開発にAIを採用する企業の比率は、さらに高める業界と縮小に転ずる業界に別れてきました。

ハイテク・電気通信では前年の37%から45%へと同業の半数近くが採用するようになり、前年は15%だったヘルスケア・薬品・医療機器業界では29%へとほぼ倍増しています。

後者については、新型コロナの流行に対して先進諸国で「一刻も早くワクチンの開発を」と望む声が高まり、従来は慎重さが尊重されていた業界でAIを利用して開発から治験完了までのサイクルを短縮することが歓迎されるという価値観の転換も影響していたようです。

AI活用に積極的な業界トップ3は、1位ハイテク・電気通信、2位金融サービス、3位企業向け・法律・専門サービスとなって、自動車業界は4位の座をヘルスケア・薬品・医療危機業界と争うところまで後退しています。

自動車産業はEV(電気自動車)を除けばどっと新興企業が誕生するような業態ではありませんから、製造工程や製品・サービスの開発で採用企業のパーセンテージが下がっているのは、前年まで採用していた企業が採用しなくなった可能性が高いと思います。

自動車業界は他の業界より1年早く、2021年にはもうAIバブルが崩壊していたのではないでしょうか。

全産業では、サービス実務25%、製品・サービスの開発23%、マーケティング・販売20%と、3分野で採用企業が20%以上となっていて、まだバブルは膨張中という印象が強いです。

なんと言っても、この年のAI投資がバブルだったことを確信させてくれる最有力データはアメリカのAI投資総額が前年の600億ドル強から、一挙に1200億ドル強へと2倍増していたことです。

なお、ここまで見てきた6業種の中にはふくまれていませんが、教育サービス業界では自動車業界同様に2021年のうちにバブルが崩壊してしまったと示唆する次のようなデータもあります。


これは全産業の経営者に「御社がAI投資を集中的に投下する分野はどこか」と尋ねた質問への答えをまとめたグラフです。

2020年は新型コロナの影響でロックダウンや学校閉鎖を実施した国や都市が多く、対面授業ができないことを補うためという理由もあって、教育テクノロジーに関するAI投資が激増し、同年のAI投資では医療・ヘルスケア分野とともに80億ドル近い投資を集めました

ただ、医療・ヘルスケアが翌2021年も伸びたのとは対照的に、教育テクノロジーは2021年には20億ドルを割りこみ、2022年にはさらに低下しています。

全体として上段の4分野は、いかにもAI投資が画期的な貢献をしそうな気がするので多額の投資を呼びこむけれども実績が付いていかないので翌年には激減するといった乱高下の多い分野になっています。

一方下の左から3分野、サイバーセキュリティ・データ保護、製造工程自動化・ネットワーク、小売は地味であまり大きな業績貢献がありそうもないので、投資額の水準は低いけれども、大崩れすることなくじわじわ投資が拡大している分野です。

左下隅のベンチャーキャピタルは多額の投資を集めそうですが、意外にも毎年ゼロ近辺で低迷したままです。

さて、2021年にピークを打ったAI投資バブルが2022年に崩壊して大きく縮小された投資分野はどれだったかというと、上のグラフ上段の4分野に加えて、もうひとつ大収縮した分野があったと思います。


全体として様々な産業で製品・サービス開発でのAI採用をやめた企業が多かったようですが、とくにハイテク・電気通信とヘルスケア・薬品・医療機器産業での激減が目立ちます。

ハイテク分野の製品・サービス開発失敗の典型としては、旧フェイスブック、現メタのバーチャルリアリティ・ゲームの例が頭に浮かびます。

フェイスブックは数年前に買収していたバーチャルリアリティゲーム企業オキュラス社の開発していたメタヴァース(多元宇宙を統轄する超宇宙)をグループ全体の中核事業に成長させる意気込みで、2021年に社名までメタに変更しました。

それなのに、社名変更から1年も経たないうちに、旧オキュラス社の技術開発陣をほぼ全員解雇し、メタヴァース部門の開発戦略は一から出直しとなってしまったのです。

医療・製薬関連企業の場合、公式に製品開発でのAI採用が失敗だったなどと認めたら、人命に関わることでもあり、集団訴訟さえ起こされかねないので認めていませんが、製品開発でのAI採用企業がこれだけ激減しているのを見ると、失敗は十分認識しているのでしょう。

このグラフ自体から抹消されてしまったので目に付きませんが、ほぼ確実にAI投資で大きな失敗があったもうひとつの産業が自動車業界でしょう。

自動車のように技術開発陣と製造現場のすり合わせが必要不可欠な業界では製品・サービスの開発と製造工程は、文字どおり表裏一体なはずです。

そして、自動車業界では2020年には製造工程で29%の企業、開発で21%の企業がAIを採用していました。2021年には双方少しずつ下がって、製造工程で26%、開発で15%の採用にとどまりました。

でも、2022年のグラフからは自動車業界全体が消えているのです。あらゆる分野にわたってそうとう深刻な採用企業比率の低下が起きていたのでしょう。

自動車業界脱落の理由はほぼ確実に自立走行

その最大の理由は最新、最先端のAIを採用しても、自律走行車の事故発生率が手動運転と比べて高すぎるという弊害がまったく改善しなかったことだと思います。

もともと企業はAIの採用に非常に積極的でした。これまでの技術革新が比較的低賃金のライン(現場)労働者を削減するのに適していたのに対して、順調に実用化が進めばAIは高給取りのスタッフの大量削減につながる可能性が高いからです。

でも、消費者は総論でも、自律走行車のような各論でも、期待より懸念のほうが強いという反応を示してきました。


両者を比べると、企業経営者は欲に目がくらんでAIには生命、健康、資産といった人間にとって大切なものを扱う資格がないという冷厳な事実から目をそらしています。理屈は知らなくても、消費者はこの事実を本能的に察知していると思います。

なぜAIにかけがえのないものを扱う資格がないかというと、あらゆるAIは頻度の差はあれhallucination(幻覚症状――見えるはずのないものを見る幻視、聞こえるはずのない音を聞く幻聴)を起こすからです。

自立走行を担当しているAIが突然すぐ前を走っていたクルマが消えてなくなってしまったと「見て」スピードを上げて追突してしまう、核兵器を管理しているAIが仮想敵国からの核攻撃があったと「見て」報復攻撃を始めてしまう・・・・・・どんなに確率が低くても、絶対に起きてはいけないことです。

でも、自立走行車両の実証実験は、こうした幻覚症状の起きる頻度がかなり高いことを示唆しています。

グラフ下の注意書きにもあるとおり、このグラフで重要なポイントは、自立走行が平均で手動運転よりほぼ10倍事故発生率が高いことだけではありません。この推計はかなり過小推計だということも、大きな意味を持っています。

このデータを取りまとめた事故調査会社は「晴天の昼間しか実証実験をしていない」ことより、事故発生寸前に自律走行から手動に切り替えた際の事故は手動運転の事故と数えていることのほうが、自律走行の危険性を過小評価する度合いは大きいと主張しています。

そして、手動に切り替えたときに起きる事故には2通りあって、どちらも自律走行での事故と記録される事故以上の数で発生しているのではないかと推定しています。

ひとつは自律走行に任せていたら、前のクルマに追突しそうになったので、慌ててブレーキやハンドルで回避しようとしたけれども、間に合わなかったというケースです。

もうひとつは自律走行が加減速、車間距離、カーブなどについてあまりにも慎重な運転をするので、運転に自信を持っている人ほど途中で手動に変えてそれまでの慎重運転でムダにした時間を取り返そうとする結果、無謀運転になって事故を起こすというのです。

この指摘が意味することは深刻です。「完全自律走行は無理でも、状況に応じて自律走行と手動運転を組み合わせれば実用化が進むのではないか」という考え方は、おそらく完全自律走行以上に危険だということです。

自律走行が暴走につながるのはAIが幻覚症状を起こしたときだけですが、平常運転をしている自律走行の慎重さに我慢ができなくなって手動に切り替えて起こす事故のほうが、発生頻度ははるかに高そうだからです。

エヌヴィディアの目立ちたがりは危険

それにしても、エヌヴィディアの「話題になりそうなことなら、なんにでも首を突っこめ」という経営姿勢は不気味です。

上のグラフでいちばん事故発生率が高かったズークスという完全自律走行タクシー製造会社にも、AI向きのICだけではなくAIシステム自体も供給していると称しています。

そして、ズークス社の完全自律走行タクシーなるものが、ほんとに実用化できたらいいことずくめという夢のようなタクシーなのです。


このズークス・タクシー、派手なお披露目をしてから2年半でやっとネバダ州での実証実験に漕ぎつけたようですが、まあカリフォルニア州での実証実験のときほど事故発生率が高くないことを祈ります。

だれも乗っていないから許せる自律走行カーレース

それにしても自律走行車両には事故が多すぎます。2020年10月に開催された史上初の完全自律走行レーシングカーばかりのカーレースでは、スタートラインから発進した直後に、アクロニス社のレーシングカーが、ほぼ直角にカーブを切って横壁に激突したそうです。


だれも乗っていなかったからこそ笑い話で済みますが、逆に言うと人も荷物も乗せない「クルマ」がどんなに速く走れたとしても、そこにいったいどんな意味があるのでしょうか

「どうしてもクルマが猛スピードで走っているところを見たい」というのなら、ミニチュアカーのほうが資源を節約できます。

「とにかくスピード自体にこだわる」というのなら、迫撃砲に「自律走行弾丸」をこめてぶっ放したほうが速いでしょう。

人間を乗せないのに、わざわざ人間が乗れる大きさのクルマを造って発進直後に横壁に激突させてしまったのでは、提供企業の宣伝にもならないでしょう。

アクロニスという会社の本業はサイバー・セキュリティだそうですが、ほんとうに企業をサイバー攻撃から守れるのか、不安になります。

自律走行車両開発からの撤退は大正解

日本の知識人には、欧米人に「日本はダメだ」と言われると、まったく根拠のない言いがかりでも、随喜の涙を流す不思議な人たちが多いようです。

つい最近も、当人は経済学者と自称するアメリカの一流私立大学の某教授が、英『エコノミスト』誌の掲げた「日本の頭脳凍結」と題したグラフをTwitterもといXで紹介して、鬼の首でも取ったように勝ち誇っていました。

次の2枚組グラフの上段です。

論旨としては「日本は人口が減少しているだけではなく、頭脳まで凍結してしまった。その証拠に、先端分野で特許を取れなくなっている」ということのようです。

それにしても仰々しく「先端分野」と指定した分野が5つ揃って、撤退してもまったく痛痒を感じないような分野ばかりなのには笑ってしまいます。まあ一流雑誌の優秀な編集者たちが合議制で決めると、先端分野がたちまち落ちこぼれ分野になってしまうのでしょうが。

まず、ゲノム編集日本のシェアが一貫して低いことに研究者たちの倫理観の強さを感じ、敬意を表します。

現在、遺伝子の改変で人類にどんなに大きな災厄をもたらすかわからないゲノム編集で特許を取ろうとしているのは、一党独裁の政治権力や巨大製薬資本のカネの力で嫌々やらされている利権超大国、米中の研究者だけと言ってもいい状態です。

次に、水素貯蔵。こんなにコストの高いエネルギー源を開発しようとすることに多少なりとも意味があったのは「化石燃料を燃やすと空気中の二酸化炭素が増えすぎて地球は破滅する」との言説に、いくばくかの信憑性があった時期だけです。

さらに、ブロックチェーンとコンピューター映像。どちらもかつては十分意義のある研究課題でしたが、今はもう落ち穂拾いしか残されていない分野です。そして、意義があった頃に日本の研究者たちが取った特許件数のシェアは立派なものでした。

なお、ブロックチェーンのグラフを見て、私はやっぱり「ビットコイン白書」を書いたサトシ・ナカモトは日本人を中心とする複数の研究者たちだったと確信しました。

最後に、自律走行車両。これもAIが幻覚症状を起こすシステムであり続けるかぎり、絶対に実用化してはいけないものです。こういう分野からどんどん撤退していくのは、限りある研究者たちの優秀な頭脳を浪費しないためにも、すばらしいことです。

『エコノミスト』誌がご指定していただいた5分野の課題に研究者を縛り付けておくのは、それこそ貴重な頭脳のムダ遣いです。

「しかし、ほかの分野で有意義な特許を取っている証拠はあるのか」とのご質問があるかもしれません。まるでその証拠を提出するように、同じ『エコノミスト』誌が1ヵ月半後に掲載したのが、下段のグラフです。

ご覧のとおり、日本は世界中で2番目に国民10万人当たりの特許取得件数の多い国で、フランスの約10倍となっています。しかも、すでにご説明したとおり、研究すべきではない分野、落ち穂拾いしかできなくなった分野から撤退しながら、この実績です。

それにしても、この水際だった退却戦の鮮やかさには、何か秘訣があるのでしょうか?

私は、欧米の研究者たちのように頭から中国人研究者を馬鹿にせず、彼らの動向に注意を払っていることだと思います。

今回最後のグラフをご覧ください。

日本と中国のあいだでは非常に大きなシェアの変動がありますが、アメリカとヨーロッパ諸国のシェアにはほとんど変動がないことにご注目ください。他の4分野でも同じような傾向が読み取れます。

おそらく、日本の研究者たちは中国の研究者たちが大挙して参入してきたら、もうその分野にはあまり将来性はないと見切りを付けて、喜んで中国の研究者たちに席を譲ってほかの分野に進出しているのでしょう。

これは決して、中国の研究者たちの資質にケチを付けているのではありません。

アメリカの研究者が巨大資本のカネの力で先端分野をあてがわれ『エコノミスト』誌編集者が権威主義で先端分野を決めているように、彼らは政治権力によって先端分野をあてがわれているお気の毒な人たちだということです。

そして、中国共産党の偉大な権力者たちは少しの間違いもなく、もともと意義のなかった分野、もう意義がなくなってしまった分野に自国の優秀な頭脳を割り当てているのです。

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編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2023年7月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。