コーラン焚書と「ロシアの攪乱工作」

北欧の2カ国の中立国フィンランドとスウェーデンがロシア軍のウクライナ侵略を受けて北大西洋条約機構(NATO)に加盟を決定した直後、ロシアのプーチン大統領は、「わが国は必ず対抗措置を取る」と警告したが、この脅迫は流石に空言ではなかったようだ。

岸田文雄首相とウルフ・クリステション・スウェーデン首相による日スウェーデン首脳会談 首相官邸HPより

スウェーデンではここにきてイスラム教の聖典コーランが焚書される出来事が多発している。首都ストックホルムで先月、コーランが2度燃やされるという事件が起きた。実行者はイラクからの難民で自らを無神論者と称している。彼はフランスの新聞に、「法律によって許されている限り、コーランを焼き続ける」と述べ、イラク当局の少数派への迫害に抗議している。

スウェーデンのコーラン焚書事件が報じられると、イラクで22日、数千人が抗議活動を行った。バグダッドでは群衆がスウェーデン大使館を襲撃し、放火した。これはストックホルムでイラク出身の亡命希望の難民がコーランを焼却したことへの抗議だった。この男性は既に6月に1度コーランを燃やしており、7月20日にもう1度燃やす予定だったが、足で踏みつけただけだった。同様にイラクの旗や、影響力のあるシーア派の説教師であるムクタダ・アッ=サドル、最高指導者であるアヤトラ・アリ・ハメネイの写真も踏みにじられた。

イラク政府は24日、欧州連合(EU)諸国に対し、「表現の自由」と「デモ」の権利を速やかに再考するように求めている。トルコやイランなど他のイスラム教国家もコーランの焚刑を非難する声が広がっている(「『言論の自由』は無制限か」2023年7月16日参考)。

イラク外務省は24日、コペンハーゲンの大使館前の出来事を非難し、国際社会に対して、平和的な共存を脅かすような行動に立ち向かうよう呼びかけた。同時に、「スウェーデン大使館で起こったようなことが繰り返されることを許さない」と声明を出し、外国の大使館の保護を約束した。スウェーデンと米国の両国がバグダッドに対し、スウェーデン大使館の保護が不十分だと批判していたことへの返答だ。

ところで、クレムリン宮殿のプーチン氏は北欧のコーラン焚書事件をどのように受け取っているだろうか。32番目のNATO加盟国入りが控えているスウェーデンの国際的評価を落とす一方、国内の治安を不安にさせる。それだけではない。イスラム教国を煽って、反欧米感情を高めている。プーチン氏の狙い通り、事は進行しているのだ。プーチン氏は北アフリカ・中東からの難民を欧州の国境に殺到するように画策したこともある。オペレーション(工作)はソ連国家保安委員会(KGB)出身のプーチン氏の得意分野だ。

スウェーデン側もここにきてコーラン焚書事件を操る影の勢力に気がついてきている。スウェーデンの国内治安機関(Sakerhetspolisen=セーカーヘットスポリセン)は、「コーランの焚書やその反応によってわが国の内部治安は危険にさらされている。わが国の寛容な国としての評判や評価が損なわれてきた。スウェーデンはムスリムやイスラムに対して敵対的な国とみなされるようになっている」と指摘し、スウェーデンへの国際的な憤り報道は、「意図的なキャンペーン」と受け取っている。

反スウェーデンキャンペーンでは、①スウェーデンにおけるムスリムへの攻撃が黙認されていること、②当局がムスリムの子供たちを「誘拐」している、というフェイク情報が含まれている。スウェーデンの治安部門は、国民や海外のスウェーデンの利益代表関連施設が攻撃を受ける危険性が高まってきたと予想している。テロ警戒レベルは5段階のうち3段階目の状況が続いている。

ボーリン民間防衛相は26日、「恣意的な反スウェーデンキャンペーンの背後にはロシアを含む国家や半国家の組織が暗躍しているとみている」と指摘し、ロシアを名指しで批判している。また、心理防衛機関のコミュニケーションチーフ、ミカエル・エストルンド氏は、「コーラン焚書の責任はスウェーデンにあるといった印象操作をしている。その目的はスウェーデン国内の緊張を高め、わが国のNATO加盟を妨げることだ」と、はっきり述べている(独ニュース番組「ターゲスシャウ」7月26日)。

ちなみに、隣国デンマークでは極右グループ「Danske Patrioter」のデモ参加者が25日、コペンハーゲンのエジプト大使館前でコーランを燃やした。デンマークでは1週間以内にこのような事件が3件起きた。同グループは前日イラク大使館前でイスラム教の聖典を燃やしている。

コーランを燃やすことで、イスラム教徒を煽って欧州全土を混乱に陥れる、といったプーチン氏の工作は、ここでは成功してきているのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年7月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。