「信号機」に関するちょっとした話

ドイツの高速道路(アウトバーン)を走っていると、信号機はないので思い切りスピードを出せる。ドイツの場合、速度制限がないから時速200キロ以上で飛ばしている車が少なくない。ドイツでは「緑の党」が環境汚染の防止のために高速道路にも制限時速(時速130キロ)を導入すべきだと主張してきたが、リベラル派政党「自由民主党」(FDP)は頑として反対している。ショルツ連立政権の発足時、連立協定で「任期中は高速道路の制限を実施しない」と明記しているので、高速道路の時速制限はショルツ政権中は実現しない見通しだ。

同性愛者を表示した交通信号灯(2015年5月12日、ウィーン市内で撮影)

ところで、ショルツ独政権は社会民主党(SPD)、「緑の党」、そしてFDPの3党から成る連立政権だ。政策的にも大きく異なる3党連立政権は常に連立崩壊の危機を内包しているが、これまでは政策の相違をなんとか乗り越えている。ドイツ初の3党連立政権は赤(SPD)、緑、黄(FDP)と赤緑黄の信号機の色と同じことから、「信号機連立政権」と呼ばれている。

隣国オーストリアでは高速道路は時速130キロに制限されている。オランダでは時速100キロだ。だからドイツで3車両線の高速道路を走っていると、猛スピードで走る車はドイツ人、最右側の車線をゆっくりと走る車はオランダ人だ、とドライバーたちはよく揶揄う。

話をテーマの「信号機」に戻す。信号機もジェンダー問題の嵐に抗することが出来ずに、オーストリアの首都ウィーンでは2015年6月、ウィーン市当局が市内49カ所の交差点の信号機に同性愛者を表示したランプを設置した。2人の男性が表示されたランプと2人の女性が描かれたランプだ。ウィーン市交通担当局(MA33)は当時、「新しいランプはウィーン市の寛容と開放を象徴している」と、その意義を強調したほどだ(「交通信号灯に『同性愛者』」を表示」2015年5月14日参考)。

信号機で問題は色彩の識別が難しい人がいることだ。そのために事故の発生にもつながるケースが報告されている。ちなみに、日本では信号機は「緑」ではなく「青」だ。日本に居住するドイツ人のユーチューバーは「日本では『緑ランプ』ではなく、『青ランプ』というから、最初は戸惑った」と述べていた。

信号機に関連した面白い話がロンドンから届いた。英国でも太り気味の国民が増えた結果、信号を渡りきるための時間が次第に長くなってきている、という調査結果が出たのだ。そこでイギリス交通当局は信号規制を根本的に変更することになった。その結果、最低でも1秒間、緑信号が点滅する時間を長くする。これにより、人々が道路を横断する時、これまでより20%の余裕が出てくることで、イギリス全土の交差点での事故が減少すると期待される、というわけだ。

英国の現行の交通ガイドラインは1950年代初頭、車の交通量が増加していた当時にできたものだ。現在、歩行者は道路を横断するのに平均時速1.2メートルが願われる。しかし、肥満のイギリス人は緑信号が消える前に道路を横断できなくなり全国の交差点で事故を起こすリスクが高まっているというのだ。

2021年から22年の期間において、イングランドでは18歳以上の成人の約63.8%が肥満もしくは肥満に近い状態と診断されている。これまでの交通規制は平均の国民を対象としてきたが、平均的ではない国民が増えてきているので、彼らの安全をも配慮する必要が出てきたというわけだ。そこで、新たな対策により、この横断時間は平均時速1メートルで7・3秒に延長されることになる。

ロンドン大学の2013年の調査では、65歳以上の男性の76%と女性の85%が緑信号が消える前に横断できなかった、と報告されていた。参加者の平均時速は、高齢男性が0.9メートル、高齢女性が0.8メートルであり、現在要求されている1.2メートルより遅い(ウィーンのメトロ新聞「ホイテ」から)。

人生のテンポも人によって異なる。高速道路を走るように猛スピードで走りぬく人がいる一方、亀のようにゆっくりと地べたを踏みしめながら歩く人生もある。明確な点は、どの人生でも信号機に直面する時は一度ならずあるはずだ。信号機が「赤」の時こそ一呼吸してスピードを止めて考えるチャンスかもしれない。人生の信号機を考える時、自分は今、「赤」か、「緑」か、それとも「黄」かを識別しながらその信号に相応しいテンポで歩み出すことが大切だろう。

参考までに、ショルツ連立政権は政権発足後1年半を経過したが、その支持率は3党合計で40%以下だ。すなわち、国民の過半数はショルツ政権を支持していないことになる。「時代の転換期」(Zeitenwende)をキーワードに難問に取り組む「信号機」政権のショルツ政権は現在、注意を意味する「黄」のランプに遭遇しているといえるだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年7月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。