ウィーンから観た「スーパームーン」

頭が疲れたりした時、独仏共同出資のテレビ局(アルテ)でよく宇宙に関する動画を観る。アメリカ航空宇宙局(NASA)の関係者が登場して宇宙開発の現状、現在進行中のプロジェクトについて丁寧に説明してくれる。どの動画だったかは忘れてしまったが、30年余り一つのプロジェクトに関わり、その成果ともいうべき宇宙観測機を搭載したロケットをスタートさせたばかりだった。その技術研究員が「今、スタートした宇宙開発機は数年後には目標の新しい銀河に到着する。そして搭載した宇宙観測カメラが写真を撮影して地球に送信してくれるはずだ。私自身はその写真を見ることが出来ないが、新しい世代の研究員がその写真を見るだろう」と語ったのだ。そのコメントに非常に新鮮な驚きを感じた。

スーパームーン(2023年8月2日早朝、ウィーンで撮影)

NASA研究員は自身の仕事の成果を見るまで地上で生きていないが、後輩の研究員がその成果を見て、新たなプロジェクトを作成していくことになるわけだ。宇宙を仕事の職場としている研究員、科学者は自分の世代でその仕事の実りを見ることがなく、次の世代に託していくことになる。寂しくはないのだろうかと思ったが、大きな課題に向かって、一人一人のその能力を発揮し、次の世代に成果を継承させていくことに奢ることもなく、失望することもなく、世代から世代へと継承していく姿に感動した。NASA研究員から「自分たちの仕事は次の世代の研究員に確実に継承されていく」という強い確信を感じた。

そのような仕事は現代、あまり多くはない。直ぐに結果が求められ、その是非が問われる仕事のほうが多いのではないか。その意味で、宇宙を見つめながら仕事に励むNASA関係者は特別な祝福を受けているわけだ。

世代から世代へ継承しながら課題を解決していくといえば、神はその代表かもしれない。人類の始祖アダムとエバが神の戒めを破って、エデンの園から追放されたが、神はその1600年後、第2のアダム家庭としてノアの家庭を召命している。そのノア家庭も失敗すると今度は400年後にアブラハムを選び、自身の計画を継承させている。1600年、400年といっても現代の暦カレンダーを意味するのか否かは分からないが、明確な点は世代から次の世代と継承しながら課題の成就に向かっていることだ。イエス・キリストの福音は初期キリスト教時代の数世代を経過した後、定着していったように、偉大な課題であればあるほど、ある一定の時間が欠かせられなくなるわけだ。

身近な例を挙げるとすれば、人類は昔はピラミットを建設するのに長い時間を要した。また、ウィーンのローマ・カトリック教会の精神的シンボル、シュテファン大聖堂は12世紀から建造が始まり南塔が完成したのは1359年だった。世代から次の世代に継承した仕事だった。

科学技術の進展で建設の場合は時間を短縮できるようになったが、プロジェクトが大きくなればなるほど時間、時には数世代が必要となる課題がNASA関係者の他にもあるだろう。

欧州宇宙機関(ESA)が打ち上げた宇宙望遠鏡「ユークリッド」からの初めての画像が7月31日に届いた、という外電が流れてきた。「地球から約150万キロ離れた目的の軌道に達し、搭載する赤外線観測装置を調整する際に撮影された試験的な画像で、無数の星の他、銀河の姿も捉えられていた。赤外線観測装置や可視光カメラを搭載するユークリッドは、7月1日に打ち上げられた。そのミッションには、宇宙空間の約70%を占めると考えられている『暗黒エネルギー(ダークエネルギー)』や同25%の『暗黒物質(ダークマター)』の謎に迫ることも含まれる」(時事通信)。

2日未明、目を覚ました。居間が変に明るい。誰かまだ起きているのかと思ったが、月光が部屋に差し込んでいたのだ。忘れていたが、2日は月がスーパームーンの時だったのだ。クレーターが見えるほど大きく、はっきり見える。天文学ではペリジー・ムーンとも呼ばれ、通常の満月より7%大きく見え、17%ほど明るく見えるという。窓越しでしばらくスーパームーンを眺めた。黄金の時間だった。

宇宙森羅万象は世代から世代へと長い時間帯で動いている。地上の人間はその日、その日の生活で喜怒哀楽を感じながら生きている。宇宙の様相はそんな人間に束の間だが世代から世代へと静かに流れる時間を感じさせてくれる。

喧噪な社会に生きている私たちの人生はほんの束の間に過ぎない。ただ、次の世代が始まることで私たちの仕事も継承されていく、と思えば安堵感がくる。同時に、次の世代のために生きている人々に連帯感が湧く。同世代への愛こそ、民族愛、愛国心を止揚できるのではないか。当方はそれを「同世代の連帯愛」、ないしは「宇宙愛」と名付けたいほどだ。

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編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年8月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。