企業がビジネスマンに求めるスキルとして「決算書を読む力」がよく挙げられます。出版各社は決算書に関する書籍を多数発行しています。
決算書を読めるようになると、企業の強み、弱みがわかるようになります。さらには勤務先の企業がどんな状態にあるのか、転職を検討している人が入社前に企業の経営状況を詳細に知り、転職を有利に進めることも可能です。
しかし決算書を学ぼうと思い立ったものの挫折したという人も多いのではないでしょうか。決算書に関する書籍はカラフルな図解が載っていて一見すると分かりやすそうな本が多いにも関わらずです。
それは会計の基礎であり、決算書の理解に不可欠な簿記の知識が不足しているからです。
では簿記検定の資格を取得するべきなのか? というとそうとは限りません。決算書を読むことが目的であれば、必要最低限の内容だけでも問題ありません。
そこで会計のプロである税理士の立場から、ビジネスマンに必要な簿記の基礎知識を解説したいと思います。
簿記ってなに?
簿記とは会社の取引を一定のルールで記録する技能です。帳「簿」に「記」録することから「簿記」といいます。
会社の経理では複式簿記と呼ばれるルールで日々の取引を記録します。商品が売れた、仕入れを行った、給料を払った等、これらすべてが「取引」です。そして1年間をひと区切りとして、その期間内の取引をまとめた帳簿をもとに、貸借対照表や損益計算書と呼ばれる決算書を作成します。
複式簿記では取引を「借方(かりかた)」と「貸方(かしかた)」に分けて記録します。聞きなれない呼び方だと思いますが、借方・貸方の概念は深く掘り下げる必要はありません。シンプルに左側が借方、右側が貸方と覚えてしまいましょう。
記録する取引項目を「勘定科目」と呼び、現金、売掛金、買掛金など数多くあります。まずは、勘定科目の分類である「簿記の5要素」を覚えてください。前述の貸借対照表は資産・負債・純資産、損益計算書は売上・費用で構成されています。
- 「資産」…プラスの財産(現預金や株、土地など将来現預金が会社に入ってくる要因となるもの)
- 「負債」…マイナスの財産(借金など会社から将来現預金の流出が生じるもの)
- 「純資産」…資産から負債を引いた残りの財産(会社が所有する正味の財産)
- 「売上」…商品やサービスを提供して得た収入(一般的な意味での売上)
- 「費用」…売上を上げるための支出(仕入れや製造にかかったコスト、従業員の給料や会社の家賃など)
企業活動で行われた取引はすべてこの5要素に振り分けられます。そしてその振り分ける作業を「仕訳(しわけ)」といいます。企業は仕訳を通してお金の流れやその内訳を把握します。
仕訳ってなに?
複式簿記では、資産・費用が増加したときはその勘定科目を左側に記載し、負債・収入が増加したときは右側に記載します。減少したときはその反対側に記載します。これも借方・貸方と同様に概念を深く追及せず、そういうものとして覚えてしまいましょう。
増えたら右(借方)、減ったら左(貸方)です。
例えば「100万円の商品を販売し、売り上げを現金で受け取った」という取引を仕訳で表すと次のようになります。
現金 100万円 / 売上100万円
このように、複式簿記の最大の特徴として「売上が100万円発生した」という考え方はしません。「売上が100万円発生した、だから現金が100万円増えた」と考えます。なので複式簿記と呼びます。
この場合は売上が発生して現金(資産)が増えていますが「お金が増えた理由」と「そのお金をどんな形で持っているか」を分けて記録しています。例えば代金が後払いなら現金の代わりに売掛金となります。
貸借対照表と損益計算書
貸借対照表は、資産を左側に、負債および純資産を右側に記載してまとめた表で、会社の財務状態を示すものです。
現金100万円、借入金50万円、株主の出資50万円の会社があったとします。この会社の貸借対照表は下図のようになります。
貸借対照表では左側に資産を表記するため、現金100万円と左側に記載します。右側には負債と純資産を表記します。これは左側の現金をどのように調達したのかを表しています。純資産は返済義務がない会社の資産で、株主からの出資金や会社の利益などで構成されます。負債はいつか出ていくお金、この場合は借入金、要するに借金です。
損益計算書は、会社の一会計期間(通常1年)の経営成績を示すもので、収益・費用・利益を記載します。
期中に20万円の商品を掛けで仕入れ、その商品を30万円で掛け(後払い)により売り上げ、そのまま決算を迎えたとします。資産・負債・純資産は貸借対照表に記載し、売上・費用は損益計算書に記載します。今回のケースでは、貸借対照表と損益計算書は下図のようになります。
事例の図のように売上30万円を右側に、仕入20万円を左側に記載します。この差額10万円が利益となります。差額の10万円は貸借対照表の純資産に算入されます。
このように、損益計算書と貸借対照表は一対の決算書類であり、損益計算書の当期損益が貸借対照表の純資産に反映されます。つまり貸借対照表には、純資産が10万円増えたという結論だけが表示されるのです。
決算書は5つの要素で構成されると説明しましたが、もう少し細かく見ていきましょう。
資産と負債ってなに?
貸借対照表の資産の部には「流動資産」「固定資産」「繰延資産」の3つの分類があります。原則として、上から現金化しやすいものから記載するため、流動資産→固定資産→繰延資産の順で並びます。負債も同様に上から「流動負債」「固定負債」の順で記載します。
流動・固定の区分は、正常な営業サイクル(仕入→製造→在庫→販売→回収)の中にある資産・負債を流動資産・流動負債とする「正常営業循環基準」と呼ばれるルールで判断します。
ここから外れるものは、借入金であれば1年以内に返済期限が到来するものを流動負債、1年を超えて返済期限が到来するものを固定負債と区分します。要するに流動資産は短期間で現金化できる資産、流動負債は短期間で支払期限が到来する負債です。
つまり資産も負債も流動と固定で分類します。そして資産と負債の差額が純資産です。
5種類の利益ってなに?
企業の利益には下図のように5つの種類があります。
・売上総利益
売上総利益は、売上高(売上の総額)から売上原価を差し引いた金額で、企業が本業によって得られた利益を把握できる項目で、「粗利益」や「粗利」とも呼ばれます。
・営業利益
営業利益は、本業の営業活動から稼ぎ出した利益のことです。売上総利益(粗利益)から販売費および一般管理費を差し引いて求めます。
・経常利益
経常利益は、営業利益に本業の営業活動以外の収益(受取利息など)や費用(借入利息など)を加減算したものです。「経常(ケイツネ)」とも呼ばれます。
・税引前当期利益
税引前当期利益は、法人税等を差し引く前の利益額です。経常利益に特別利益や特別損失(固定資産売却損益など)を加減算することで、税引前当期利益が算出できます。
・当期純利益
税引前当期利益から法人税等(法人税、法人住民税、法人事業税)を差し引いた最終的な利益です。この金額がマイナスであれば赤字です。
まとめ
簿記のルールは資産と費用は左側に、売上、負債、純資産は右側に書くといった、ただ丸暗記の必要な部分もあります。ただ、何がどこに書いてあるのか知っているだけでも、会社の売上高や利益がどのくらいあるのかがわかります。
営業利益・経常利益は赤字なのに税引前当期利益が黒字の場合、業績を良く見せるために何をしたんだろう?と損益計算書を確認すると、土地(固定資産)を売却して利益を確保していた、といった具合に会社が何をやっているかが分かるようになります。
簿記のルールを知っていれば決算書を読めるようになりますので、ここに出てきた簿記の知識だけでもぜひ覚えてみてください。
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森 健太郎 税理⼠ ベンチャーサポート税理⼠法⼈ 梅田オフィス 代表税理⼠
1977年⽣まれ、奈良県出⾝。神戸大学経営学部市場システム学科卒業。大阪の電機メーカーに就職後、27歳で税理士業界に転職し、大阪の個人会計事務所にて2年間勤務。その後、2006年にベンチャーサポート税理士法人へ入社。在職中に税理士資格を取得し、現在は梅田オフィスの代表税理士を務める。起業家支援を専門とし、業界歴15年以上で数百社の会社設立と会計業務を支援。創業時の融資や節税を得意としている。
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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2023年8月3日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。