成田悠輔を徹底的に論破する

こんにちは。

私は、始めから前後編に分けた投稿のあいだをつなぐといったことでもなければ、2週続けて同じ話を蒸し返すことはしないようにしています。

しかし、先週の投稿の最後に取り上げたイェール大学成田悠輔教授のTweetはあまりにもひどく、また事実誤認だらけなので、あえてもう一度取り上げて徹底的に論破しようと思います。

成田悠輔氏 Wikipediaより

「日本経済復活のために高齢者の集団自殺」を推奨した人物

とにかく話題にさえなれば何でもいいということなのでしょうが、この成田悠輔という人は「日本経済を復活させるには高齢者の集団自殺が必要だ。それが無理だとすれば、高齢者はなるべく目立たないように逼塞して生活していろ」と唱えた人です。

私が日本の知識人たちの中でいちばん嫌いなのは、とにかく欧米人の言うことなら何もかもありがたがるけれども、とくに日本をけなしてくれたときには、随喜の涙を流さんばかりに喜んで、それが事実かどうかも確認せずに「そうだ、そうだ」とはやし立てる連中です。

成田悠輔がまさにその典型で、次の2段組グラフの上段をイギリスのエコノミスト誌から引用して「いま大事な技術領域の特許に占める日本のシェア。店じまい」とTweetしているのです。


いやしくも学者を名乗る人間なら、「中国テクノロジー・パワーの興隆」などというまったく実態にそぐわない論文を書いた人間の見識を疑って、ほんとうに水素貯蔵、コンピューター映像、ブロックチェーン、自律走行車両、ゲノム編集といった分野が先端分野なり「大事な技術領域」なのかを自分で調べるべきでしょう。

ところが「日本は中国に負ける」とか「すでに負けてしまった」とか言われるとそれだけで嬉しくて、ろくに自分で確かめることもせずにこういうニセ情報を受け売りするのが、奴隷的な欧米崇拝論者の常套手段なのです。

もう一方で、同じエコノミスト誌は「日本はフランスの約10倍にあたる特許を取得しているのに、1人当たりGDPはほぼ同じで、せっかくの知的財産をうまく活用できていないね」と言っているわけです。

日本の科学技術研究者たちは、「大事な技術領域を外したところばかりで特許を取っているとでもいうのでしょうか?

上の5つの分野で先端領域はひとつもない

じつは、エコノミスト誌がグラフにした「先端分野」は5つですが、元の論文には6つの分野が挙げられていました。5つに3Dプリンター造形を加えていたのです。果して、これらの6分野がほんとうに現代科学技術の先端を切り開きつつある分野なのでしょうか。

ひとつひとつ、見ていきましょう。

自律走行車両

これは「かつての先端分野」と呼ぶべき分野です。次のグラフをご覧ください。


日本における自律走行車両の研究は、自動車製造台数でアメリカを抜き世界一になった1980年頃から本格化し、1980年代半ばにはこの分野での世界特許取得件数の半分以上を占めるまでに拡大します。

そこから約15年ちょうど世紀の変わり目あたりまでは一貫して世界最大の特許取得件数を維持してきたのですが、その後急激にシェアが下がって、現在は10%強のシェアにとどまっています。

この間、アメリカやヨーロッパ諸国は細かい上下動はあってもほとんど同じssss、日本が失ったシェアを獲得したのはほとんど中国ということになっています。これは著者が言うように、中国の研究開発陣に日本の研究開発陣が追い落とされてきたのでしょうか?

まったく違います。1秒の何分の1かを争う瞬間的な判断が不可欠の自律走行には、大量のデータをリアルタイムで処理しながら、そのデータに応じて最適の行動をとるAIの発達が不可欠でした

2000年代初めごろまでは、完自律走行はあと3~5年のうちに可能になる取った威勢のいい予測が飛び交っていましたが、実際にはその後ほとんど進展していません

最大の問題となったのは、高度に発展したAIほど幻覚症状(存在しないものを見る幻視や、聞こえるはずのない音を聞く幻聴など)を起こしやすく、人間の生死を左右する自動車の自律走行などにAIを使うのは危険だとわかってきたことです。

今のところ、AIが起こす幻覚症状を根本的に解決する方法については研究の糸口さえ見つかっていません。乗る人の安全を考えたら、自律走行という分野自体から遠ざかっておいたほうが得策です。そのため、日本の研究開発陣はむしろ喜んで中国にシェアを明け渡したと考えるべきです。

3Dプリンター造形

この分野も一時は画期的なブレークスルーの実現が期待された分野ですが、下のグラフでおわかりのように、日本のシェアは最盛期でも25%には届かなかったようです。


この分野で最大も問題は、いったいどんなものをどう造ろうとするとき、わざわざ3Dプリンターなどというものを使う必要があるのか、あまり真剣に考えることもなく、やってみたらできそうだからと探求を始めてしまった分野だということです。

現在までのところでは、模造銃の製造には多少実用化されているようです。でも、最大の銃器マーケットであるアメリカでは、ほとんどノーチェックに近い状態できちんとした銃器製造会社の造った銃が買えるため、あまり実需はなさそうです。

他には、イスラエルのあるベンチャー企業が「牛肉によく似た動物性タンパク質を3Dプリンターで増殖させてステーキ肉にする」という触れこみでつくってみたのですが、赤身のつもりの濃いえんじ色と脂肪のつもりの乳白色の毛糸がこんがらがったような不気味なしろものとなってしまい、まったく実用性はなさそうでした。

日本の研究開発陣は深入りしないで大成功だったと言えるでしょう。

ゲノム編集

これもまた、1986年には日本とヨーロッパ諸国だけで7割を占めていた分野ですが、次第に生命倫理にかかわる難問が続出して、今ではこのふたつの地域の研究者は非常に慎重になっています。


今でもこの分野で盛大に特許取得競争をしているのは、中国とアメリカだけです。

中国では、共産党中央のここが先端分野だ。強力な生物兵器ができるかもしれないから頑張れ」といった指令で発破をかけられている研究者たちが一生懸命取り組んでいるわけです。

またアメリカでは、学界全体が巨大資本に牛耳られていて大儲けができそうな研究ならどんどん取り組んで、製薬業界からの研究助成を引っ張りこまないと自分の研究者としての地位さえ危なくなる境遇にある研究者たちが大勢いるのです。

ブロックチェーン

これもまた、一時は優秀な研究者たちが先を競って最先端の研究成果を誇示し合う分野でした。

日本のシェアがピークで30%を超え、その後も20%前後を保っていた2000年代前半が、まさにその最盛期と言えるでしょう。

私は、サトシ・ナカモトと名乗るおそらくは数人の研究者集団が2008年に公表したいわゆるビットコイン白書は、この頃に日本の研究者たちがおこなったさまざまな分野での研究成果を結集したのだと考えています。

しかし、そのビットコインがブロックチェーン技術にもとづいて匿名性を維持しながらやり取りできる貨幣としての実用性を立証した頃には、この分野自体がほぼ関税に近づいてしまい、あとはもう落穂拾いくらいしか残されていない状態になっていたと思います。

したがって、この分野では日本だけではなく、アメリカやヨーロッパ諸国の研究者たちが取得する特許のシェアも激減しているのは、もうあまりおもしろい発見はなくなった分野になった証拠だと思います。

水素貯蔵

下のグラフでもご覧いただけるように、これはもう1990年代から21世紀初頭までは日本の独壇場と言うべき分野でした。


なぜ、日本の研究者たちが水素貯蔵技術にこれほど力を入れていたかと言えば、日本はエネルギー資源をほぼ全量輸入しているので、とにかく日本でもごくふつうに手に入る天然資源である水のようなものを新しいエネルギー源できるかどうかという研究を非常に真剣にやってきたからです。

その結果、日本の研究者たちは水素をエネルギー資源として使うには、まず水の電気分解に非常に大きな電力を使い、つくり出した水素ガスの保管にもいろいろコストがかかることに気づきました。

化石燃料の利用を全廃してありとあらゆるエネルギー源が恐ろしく高くつくものばかりになるといった事態でもなければ水素ガスをエネルギー源として使うことはコスト的にあり得ないでしょう。

だから、この分野でも日本だけではなくアメリカやヨーロッパのシェアも激減していて、「中国のひとり勝ち」状態になっています。貴重な研究者たちの知的能力をムダ遣いしてでも、シェア世界一を達成することが「勝ち」と言えればの話ですが。

コンピューター映像

ここでもまた、実際に日進月歩で新しい技術が創出されていた頃の日本のシェアは堂々たるものでした。

1980年代後半から21世紀初頭までの約20年間日本はほぼ一貫して50%を超えるシェアを確保していたのです。

しかし、ちょうど日本の研究開発陣が「なんだかほんとにおもしろいコトが見つからなくなってきたな」と思いはじめた頃、中国共産党中央からここが先端分野だ。ここを攻めろ」と指令が出て、一斉に中国の研究者たちによる特許取得が増えてきたので、見切りをつけて喜んで中国にシェアを渡したのだと思います。

突出した日本と韓国の特許出願件数

こういうもともと発展性のなかった分野や、もう先が見えてしまった分野からは撤退していますが、それ以外の分野での日本の特許申請実績は、韓国とともに世界中でも突出しています。

なお、この数字は出願ベースで出しているため、ほんとうに特許取得に値するオリジナリティのある研究かどうか怪しいとおっしゃる方もいらっしゃるでしょう。

ですが、その点で疑惑がつきまとうのは日本でも韓国でもなく、アメリカです。アメリカの特許制度は極端な先願主義を取っています。

その結果、「こんなものがあったらいいな程度のアイデアを何かしら具体的に実現する手段があるかのような作文を書くと特許を取れてしまい、あとから実際にそのアイデアで具体的な製品を開発した企業は、アイデアだけで特許を取ってしまった企業に高額の和解金を払うといった事態が続出しています。

ですから、中身のない形式だけの特許がいちばん多く出願され、そのうちかなりのパーセンテージで特許が取れてしまう世の中になっているのが、アメリカなのです。日本も韓国も、そうした弊害はほとんどありません。

もうひとつ注目すべきは、ほとんど日本1国がG7諸国をはじめとする技術力の高さを支えているという事実です。「日本はダメだ」と言っていさえすれば受ける日本の知識人の「ご卓見」やマスコミ報道だけをご覧の方には、想像もできない事実でしょうが。


さまざまな国家グループの平均特許申請件数を比べると、G7諸国だけが他のさまざまな先進国グループより突出して高い水準になっています。特定の宗教を国教としていない国々の平均値の2倍弱、OECD高所得国の2倍強という大きな差です。

これは日本が独力で引っ張っているからこそ達成できている差なのです。落ちぶれつつあるかつての大国の集まりヨーロッパ諸国の平均値は、日本の約20分の1、G7諸国の5分の1程度に過ぎません。

これが「日本人は独創性がない。それが経済低迷の原因だ」などとお説教を垂れているヨーロッパ諸国の、知的能力の実態なのです。

AIにも出ている中国が「席巻した」分野の行き詰まり

AIに関する論文に占める中国の研究者が書いた論文のシェアが上がり、それだけではなく引用される回数もどんどん中国の学術研究機関に属する研究者の論文が多くなっていることを懸念する方もいます。

とくに下段の、研究施設別に見るとAI論文で引用された回数が多い研究者の属している研究機関トップ9まで中国が独占していることが話題になっています。

私は、これが中国の技術力が向上している証拠だとは思いません。むしろ、長期的に見れば中休み状態かもしれませんが、現状ではAI研究自体が袋小路に入ってしまって閉塞状況にある証拠だと思っています。

次のグラフもご覧ください。

もともとパターン認識から出発したAI研究では、一貫してパターン認識がもっとも発表される論文の本数が多い「老舗」分野なのですが、2010年代半ば頃には新しい分野に関心が移りつつありました

ところが、中国のAI研究者が圧倒的に多くの論文を発表するようになった2016年頃から、このあまり大きな発見はなさそうな分野の論文がまた激増に転じたのです。

2020年までは伸びていた自然言語処理が下降に転じたのも、AIの中での先端分野が低迷気味だということを示しています。

知的所有権収支が示す技術水準

特許使用料に限定せず、文学作品、音楽、映画の著作権料、ブランドのライセンス料などを含めた知的所有権全体について、受け取り超過か、支出超過かが、その国のほんとうの技術水準を反映していると思います。

その実情は次のとおりです。


やり口が悪辣なのはともかく、やっぱりアメリカは自国で開発した技術については諸外国から多額の使用料を搾り取ることにかけては一流国だなと思います。

それに比べると、日本はたとえばQRコードのように、やりようによっては巨額のライセンス収入を得られる発明もほとんど無償に近いかたちで世界に公開している、うえにバカが付くほど正直でお人好しな知的財産管理をしている国です。

それでいて、アメリカと、年による浮き沈みが激しいドイツに次いで境第3位の知的所有権使用料の入超を確保しているのだから、立派なものです。

先程来延々とご紹介してきた中国のヘゲモニーは件を唱える研究者の願望とは裏腹に中国の特許取得は人口比で見ればたいしたことがないだけではなく、他国が見切りを付けた分野で落ち穂拾いをしているだけなので、知的所有権収支も大幅な出超です。

韓国は、日本と張り合うほど人口当たりの特許出願件数は多いのですが、まだその努力が実を結ぶ段階に来ていないのか、それともあまり展望のない分野で努力を続けているのか、微妙なところです。

というわけで、成田悠輔の「日本技術力壊滅」説は事実無根のデマとしか評価できないと思います。

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編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2023年8月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。