生成AIはまだ「幼稚園児」(上)

7月26日の日経新聞「生成AIがつくる20年後 生活を豊かにする可能性」は、生成AI(人工知能)のチャットGPTを提供する、米オープンAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)の慶応義塾大学での講演模様を土屋大洋経済学部教授が紹介している。以下、記事から抜粋する。

(前略)
アルトマン氏はこれまでいくつかの企業の経営に携わってきた。彼にとってチャット GPT の成功は通過点でしかないのかもしれない。

彼が目指すのは 汎用人工知能(AGI)だという。 AIの専門家の多くは、現在広く使われている領域特化型のAIと、AGIとの間には大きな差があり、AGIの実現にはまだ時間がかかると見ている。

(中略)

AIと並んで注目される技術が量子コンピューターだ。量子技術の潜在的な力についてはさまざまな解説が行われている。しかし、その専門家の一人は量子コンピューターはまだ幼稚園児のようなものだという。

幼稚園児ができることはまだ限られていて、大人、つまり、我々が現在使っているコンピューターができることもまだ量子コンピューターはできない。

しかし、幼稚園児はいずれ成長し、大人を上回ることができるようになるかもしれない。その可能性があるからこそ、私たちは幼稚園児に期待を込めた視線を送る。

現在の米中間における経済安全保障の中心にあるのが半導体技術である。それが米国で発明させたとき、現在のように大量に半導体が使われるようになると考えた人は多くはなかった。最初は補聴器ぐらいしか使い道はないといわれたこともあった。期待されない幼稚園児だったともいえる。

その半導体は、すぐに真空管に変わって米国の国防省に大量に調達され、弾道ミサイルの計算に使われた。現在ではありとあらゆる電子製品に組み込まれている。

チャットGPTやその他の生成AIという期待される幼稚園児が、20年後にどのような大人に成長しているか、注目に値する。それが悪用されたり、急速にすたれたりするリスクもあるが、私たちの生活を豊かにする可能性も秘めているからだ。

OpenAI社の最高経営責任者 サミュエル・H・アルトマン氏
同氏SNSより

多くの画期的発明の幼稚園児時代

半導体技術をはじめとした多くの画期的発明の幼稚園児時代については、近著「国破れて著作権法あり~誰がWinnyと日本の未来を葬ったのか」(以下、「国破れて著作権法あり」)で紹介したので、以下に抜粋する。

1994年6月13日付の米エレクトロニックニュース誌は、「エレクトロニックの画期的発明―当初予想されなかった成功」と題する記事で、スタンフォード大学の経済学者ネイザン・ローゼンバーグの研究成果を報じた。以下、筆者なりに要約する。

過去50年から60年間のエレクトロニック分野の技術革新は、最初に導入された時には十分調査されていなかった。電話・ラジオ・レーザー・コンピュータ・蒸気エンジン・ビデオレコーダー等の多くの発明は、これらの技術を発明したり、目撃した人たちが必ずしもその社会経済的なインパクトを予測していいたわけではなかった。

後から振り返ると、20世紀の大きな発明の多くは、当時の人たちにとって必ずしもその将来が明確ではなかったことが分かる。発明の将来の使用法や市場の予測に失敗した例として以下のものが挙げられる。

① 無線を発明したマルコーニは、1対1の通信用に利用されるものと予想し、放送に利用されるとは考えていなかった。

② アレキサンダーグラハムベルが、1876年に電話を発明した時、電信の改良というタイトルで特許を申請した。このため、ウェスタンユニオン社はたったの10万ドルでこの特許を買う機会を断ってしまった。

③ 1947年のトランジスターの発見は、ニューヨークタイムズ紙がトップニュースではなく、小さなコラムで取り上げ、聴覚障害者のためのヒアリングエイドとして使用されるだろうと紹介した。

④ ビデオテープレコーダー(VTR)の発明者も商用市場はテレビ局に限られると考えた。松下(現パナソニック)とソニーが設計と製造に小さな改良を重ねた結果、家庭にも売れるようになった。

③が土屋教授も指摘する半導体技術の幼稚園児時代の話。④は日系企業が新技術をうまく育てた実例だが、逆に可能性を秘めた新技術を蕾のまま摘み取ってしまった苦い経験もある。

日本のデジタル敗戦の反省から生まれた2018年著作権法改正

最近、映画にもなったWinny事件がその苦い経験で、本稿でも巻末リストのとおり数回にわたって連載したほか、「20年前なら日本のIT技術は世界一だった…天才プログラマーの7年半を奪った『著作権法』という闇 日本の産業に起こった悲劇を繰り返すな」でも紹介した。

国破れて著作権法あり」は「あとがき」の冒頭で、「インターネットというたった一つの技術革新に乗り遅れたことが日本経済の停滞を招いている。その原因の一つに日本の厳しい著作権法があげられる」と指摘。「誰がWinnyと日本の未来を葬ったのか」のサブタイトルのとおり、Winny事件とともに日本のイノベーションの未来を葬った時代遅れの著作権法判決を本文で紹介した。

こうした時代遅れの著作権法がデジタル敗戦を招いた反省から、2018年の著作権法改正で、「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用」については、許諾なしの利用を認める新30条の4が追加された。

改正前は、著作物性のある情報をAIにインプットすると著作権侵害になるかどうかが不明だったが、改正後は、思想は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、インプットできるようにした。この規定について(下)で紹介する。

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