米7月雇用統計・非農業部門就労者数(NFP)が市場予想を下回りつつ、失業率は低下し、労働参加率は5カ月連続で横ばいでした。一方で、平均時給は前月比と前年同月比ともに市場予想を超え、賃上げ圧力の残存を確認しています。賃上げ圧力の高止まりは、週当たり労働時間の短縮が一因でしょう。
全体的に、エコノミストの間では米7月雇用統計結果につき、ゴルディロックス経済を示唆するとの見方が優勢です。雇用はインフレ抑制を狙った米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げを受けゆるやかに減少し、賃金上昇ペースが高止まりしているため、短期的な景気後退リスクは低い。
労働形態別でフルタイムが減少した半面、パートタイムと複数の職を持つ者が増加したのは、自発的離職者数の増加や、病気で働けなかった人々の増加が考えられます。これらが労働市場のひっ迫と賃上げ圧力の高止まりを誘ったと考えられます。
結果を受けて金融市場は米株高・米債高(利回りは低下)・米ドル安の展開を迎えました。
5分足チャート:ドル円は、一時142.93円まで本日高値を更新した後でNY時間午後12時までに141.55円まで下落
米7月雇用統計後も、引き続きFF先物市場は2024年1月まで5.25~5.5%での据え置きの見方が50%以上を占めると同時に、3月の利下げ転換の予想に傾いています。
画像;FF先物市場の反応
(出所;Street Insights/Twitter)
米7月雇用統計のポイントは、以下の通り。
(労働市場にポジティブ)
・平均時給の伸びが市場予想を上回る(インフレ抑制の観点ではネガティブ、購買力の観点でポジティブ)
・家計調査の就業者数がプラスを回復
・労働参加率は5カ月連続で横ばいでも、失業率は前月から低下
・失業者のうち、自発的離職者数が増加
・不完全就業率が低下
(労働市場にネガティブ/ニュートラル)
・NFPは市場予想以下
・過去2ヵ月分のNFPは下方修正
・週当たり労働時間、2020年4月以来の低水準に戻し賃上げ圧力が高止まり
・フルタイムの労働者が減少、パートタイムと複数の雇用を持つ者が増加
・「病気が理由で働けない」人々、コロナ前の平均を再び上回る
以下は、米7月雇用統計の詳細。
〇非農業部門就労者数
米7月雇用統計・非農業部門就労者数(NFP)は前月比18.7万人増となり、市場予想の20.0万人増を下回った。2021年1月以降の増加トレンドで最も低い伸びとなった前月の18.5万人増(20.9万人増から下方修正)と概ね変わらず。2カ月連続で20万人の大台を割り込んだ。
NFPの内訳をみると、民間就労者数は前月比17.2万人増と市場予想の17.9万人増を下回った。2021年1月以降の増加トレンドで最小の伸びだった前月の12.8万人増(14.9万人増から下方修正)は超えた。民間サービス業は15.4万人増と、前月の9.7万人増(12.0万人増から下方修正)を上回った。
チャート:NFPは2カ月連続で20万人割れ、失業率は3.5%と3カ月ぶりの低水準
5月分の2.5万人の下方修正(30.6万人増→28.1万人増)と合わせ、過去2ヵ月分では合計で4.9万人の下方修正となった。今回分を含め、以前から筆者が指摘し7月に入ってウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙も記事に取り上げたように、NFPは労働市場を過大評価している可能性を示す。特に今年に入ってから、NFPは全て下方修正を迎えていた。
チャート:年初来のNFPと、修正幅
サービス部門のセクター別動向は、11業種中で7業種で増加し、前月の速報値ベースの6業種を上回った。今回最も雇用が増加した業種は前月に続き教育・健康、次いでその他サービス、金融が入った。一方で公益は横ばい、専門サービスのほか輸送・倉庫は(2カ月連続で減少)、情報の3業種が減少した。
財生産業は前月比1.9万人増と、4カ月連続で増加した。業種別をみると、建設が4カ月連続で増加した一方で、鉱業・伐採が増加に転じ、製造業に至っては減少に反転した。詳細は、以下の通り。
(財生産業の内訳)
チャート:セクター別、就労者の増減
チャート:20年2月との比較、民間サービス部門は前月の3.2%増→3.3%増と16ヵ月連続でプラス圏をたどると共に上げ幅を広げた。政府を含めたサービス部門の11業種中、当時の水準を超えた業種は前月と変わらず、8業種。輸送・倉庫、専門サービス、情報、金融、公益、卸売、教育・健康、小売となる。一方で、娯楽・宿泊を始めその他サービス、政府は引き続きマイナスをたどった。
財部門は2.5%増と前月の2.4%増を上回り、15ヵ月連続でプラス圏を守った。建設と製造業はプラスだったが、鉱業・伐採のみマイナスをたどった。
〇平均時給
平均時給は6月に続き前月比0.4%上昇の33.74ド ル(約4,790円)と、市場予想の0.3%を上回った。17カ月連続で上昇している。前年同月比も6月に続き4.4%上昇、市場予想の4.3%を超えた。生産労働者・非管理職の前年同月比は4.8%と、2021年6月以来の低い伸びだった前月の4.7%を上回った。
チャート:平均時給は、生産労働者・非管理職の前年同月比でピークアウト感が漂う
〇週当たり労働時間
週当たりの平均労働時間は34.3時間と前月の34.4時間を下回り、コロナ禍で経済活動が停止していた2020年4月以来の水準に再び落ち込んだ。とはいえ、2006年以来の最長を記録した2021年1月の35時間を下回り続けた。財部門(製造業、鉱業、建設)の平均労働時間は前月分が下方修正されたため、3カ月連続で39.8時間となり、引き続きコロナ禍で最長となった2月の40.4時間以下が続く。全体の労働者の約7割を占める民間サービスは5ヵ月連続でき33.3時間と、経済活動が停止した2020年3月(32.9時間)以来の低い水準に並んだ。2006年以降で最長を記録した21年5月の33.9時間以下が続く。
チャート:週当たり平均労働時間は、短縮傾向が続く
総労働投入時間(民間雇用者数×週平均労働時間)は労働時間が前月から短縮したため、民間就労者数の伸びが改善したものの、前月比で0.2%減だった。平均時給の伸びがマイナスだった結果、労働所得(総労働投入時間×時間当たり賃金)は平均時給が引き続き上昇したため前月比0.3%増と増加トレンドを維持した。
〇失業率、労働参加率、就業率
失業率は3.5%と市場予想と前月の3.6%を下回った。1969年5月以来の低水準を記録した4月の3.4%に、一歩近づいた格好だ。失業者が前月比11.6万人減ったほか、就業者数が増加していた。一方で、米景気減速が指摘されるなか、自発的離職者数は2カ月連続で増加し85.2万人、自発的離職者数に占める失業者の割合も14.6%と、5カ月ぶりの水準を回復した。
チャート:自発的離職者数は2カ月連続で増加
自発的離職者数が増加した半面、解雇者数(一時的な解雇ではなく再編やM&Aなど会社都合での解雇者、派遣など契約が終了した労働者)は、前月比10.5万人減の195.3万人と3カ月ぶりに200万人を割り込んだ。解雇者数の割合は他が低下したことから前月の34.3%から35.3%へ上昇、失業者のシェアで1位を維持した。新規参入者が前月の9.3%→9.0%。一時解雇者は前月の14%→11.4%と低下したため自発的離職者数を下回った。
チャート:失業者に占める解雇者の比率、引き続きトップに
労働参加率は62.6%と5ヵ月連続で変わらず、コロナ感染拡大直後の20年3月の水準に並んだ。なお、20年2月は63.4%。
就業率は前月に続き60.4%、前月の60.3%を超え2020年2月(61.1%)以来の高水準だった4月に並んだ。就業者数が前月比26.83万人増と2カ月連続で増加した。
〇病気が理由で働けないとする人々
「病気が理由で働けない」とする人々は今回、前月比8,3万人増(年初来で3回目の増加)の101.1万人だった。コロナ後の平均値を引き続き下回ったが、2015‐19年の平均値も越え、労働参加率の横ばいにつながった。
チャート:「病気が理由で働けない」とする人々、コロナ禍後の平均以下に
〇家計調査の就労者内訳
足元、事業所調査(給与台帳ベース、NFPや平均時給、週当たり労働時間など、CES)と家計調査(聞き取り調査ベース、失業率や労働参加率など、CPS)の就労者数の数字を比較すると、今回はNFPが18.7万人増に対し、家計調査の就労者数は26.8万人増と、2カ月連続でそろって増加した。
チャート:NFPと家計調査の就労者数の結果、今回は乖離せず
家計調査の就労者数を雇用形態別でみると、フルタイムのみ58.5万人減と年初来で2回目の減少となった。一方で、パートタイムは97.2万人増と、大幅に6カ月ぶりに増加。複数の職を持つ労働者は21.1万人増と、年初来で5回目の増加となった。
チャート:パートタイムと複数の職を持つ労働者が増加
チャート:フルタイムの雇用は、雇用増トレンドに戻す
チャート:複数の職を持つ者は、年初来で5回目の増加
〇起業・廃業モデル
以前からお伝えしたように、これまで筆者は、複数の職を持つ者がNFPを押し上げた可能性を指摘していた。理由は、NFPの場合、賃金をベースにカウントするためで、家計調査と異なるためです(i.e. 副業を持つ就業者の場合、NFPなら2つの雇用増とされるが、家計調査は仕事が2つあっても、1人分として集計する)。最近では、NFPを算出する上での起業・廃業モデルにも注目。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙も、7月に同様の記事を配信し、起業・廃業モデルなどを理由に「NFPは労働市場を過大評価している可能性」を取り上げ、筆者以外に疑問視する声の存在を感じさせていた。
今回はというと、前月と今月の結果を踏まえると起業の増加による雇用増もNFPの押し上げを担っていると考えられる、起業・閉鎖調整ベース(季節調整前)の雇用増加をみると前月比28万人増と過去4カ月間の3回目の2桁増に。NFPは2カ月連続で20万人割れだった結果より強含んでいたが、起業・廃業モデルを除けば現水準以下だった可能性を示唆する。なお、前述したように年初来で雇用統計・NFPは全て下方修正しており、起業・閉鎖調整がヘッドラインを押し上げている可能性を残す。
チャート:起業・閉鎖調整ベースの雇用増(季調前)は、7月に再び伸びを拡大
(出所:My Big Apple NY)
かつてイエレン米連邦準備制度理事会(FRB)前議長のダッシュボードに含まれ、「労働市場のたるみ」として挙げた1)不完全就業率(フルタイム勤務を望むもののパートタイムを余儀なくされている人々、縁辺労働者、職探しを諦めた者など)、2)賃金の伸び、3)失業者に占める高い長期失業者の割合、4)労働参加率――の項目別採点票は、以下の通り。
1)不完全雇用率 採点-〇
経済的要因でパートタイム労働を余儀なくされている者などを含む不完全雇用率は6.7%と10カ月ぶりの水準へ上昇した前月の6.9%を下回った。なお、22年12月は1994年の統計開始以来で最低を更新し6.5%だった。
チャート:不完全雇用率、10カ月ぶりの水準へ上昇
2)労働参加率 採点-△
労働参加率は62.6%と5ヵ月連続で横ばいで、20年3月の水準に並んだ推移を保った。なお、金融危機以前の水準は66%オーバーだった。
チャート:不完全就業率は過去最低水準から上昇、労働参加率と就業率は改善
3)長期失業者 採点-△
失業者とは、①失職中、②過去4週間に職探しを行なった、③現在、勤務が可能――の3条件を満たす必要がある。失業期間の中央値は前月と同じく8.7週だった。27週以上にわたる失業者の割合は19.9%と、4ヵ月ぶりの低水準だった前月の18.5%から再び上昇した。
チャート:長期失業者が全失業者に占める割合は、4ヵ月ぶりの低水準から再び上昇
4)賃金 採点-△(インフレ抑制の観点でも△)
今回は前月比0.4%上昇し、前月と変わらなかった一方で、市場予想の0.3%を上回った。前年比は6月と同じく4.4%と、2021年7月以来の低い伸びを保った。生産労働者・非管理職(民間就労者の約8割)の平均時給は前月比で0.5%と前月の0.4%から加速。また、前年比は4.8%と、2021年6月以来の低い伸びだった前月の4.7%を上回った。
編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK –」2023年8月4日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。