ハリウッド俳優たちが恐れるブルース・ウィリスの複製

ハリウッド俳優たちのストライキが長期化している。

争点の一つは「デジタルレプリカ(複製俳優)」の扱いだ。デジタルレプリカとは、3Dスキャンした俳優の画像を、生成AIなどで複製した「データ上の俳優」のこと(デジタルツインと呼ばれることも)。デジタルレプリカに、自分たちの役が奪われてしまうのではないか。そんな危機感が俳優たちに広がっている。

俳優がAIで複製される? しばらく先の話なのでは? いやとんでもない。生成AIの進化と汎用化のスピードは、想像をはるかに超えている。

生成AIについては、2022年9月の記事「絵画で1位、小説で星新一賞:AI作品をどう考えるか」にて考察した。もっとも驚かされたのが、画像生成AI「Midjourney」だった。

「Midjourney」とは、

「テキスト(単語・文章)を入力すると、それに沿った画像を生成するAI」
(TtoI=Text to Image)

だ。記事からわずか10ヶ月。今や、

「画像を入力すると、それを用いた『映像』を生成するAI」
(ItoV =Image to Video)

が出現している。ランウェイ社(Runway)の映像生成AI「Gen-2」だ。

操作は、画像をアップロードし、テキストで指示を与えるだけ。たとえば、微笑む男性の画像をアップロードし、「悲しい、涙(sad、 tears)」などのテキストを合わせて入力すると、愁いを帯びた表情の映像が生成される。

左上:元画像、他:生成映像(4秒)のシーンカット
筆者作成

すでに、デジタルレプリカを生成し出演させている大物俳優がいる。ダイハードの主演俳優「ブルース・ウィリス」氏だ。

マクレーンのデジタルレプリカ

柱に縛り付けられたブルース・ウィリスと相棒らしき男。二人の背中で時限爆弾のカウントダウンが始まる。その時、床に置かれたスマートフォンに娘からの着信が……。ロシアの携帯電話会社「メガフォン社(MegaFon)」のCMである。

ブルース・ウィリスの風貌は「ダイハード4」そのもの。状況は「ダイハード3」を彷彿させる。往年のファンにはたまらない映像だ。だが、出演しているのはブルース・ウィリス氏ではない。デジタルレプリカ版ブルース・ウィリスだ。

作成したディープケーキ社(Deepcake)は、GoogleやNVIDIA等から1億4100万ドルの資金を調達した生成AI企業の注目株だ。このデジタルレプリカ作成のため、映画「ダイ・ハード」と「フィフス・エレメント」の映像から3万4千枚の画像を切り出し、生成AIに機械学習させたという。

ウィリス氏は、22年3月に失語症で引退している。今回の、自身のデジタルレプリカの作成を「過去に戻る機会」とし、

「生成されたデジタルレプリカは、(ダイハード撮影)当時のイメージに近い」
「別の大陸からでも、コミュニケーションを取り、撮影に参加できる」
「これは非常に新しく興味深い体験であり、ディープケーキ社に感謝している」

と述べている。

これまでのデジタルレプリカは、亡くなった俳優や群衆の補完など、用途が限定されていた。品質が低かったからだ。

これは違う。品質が極めて高い。本人と見分けがつかない。主役を十分に演じられる。「デジタルレプリカは、すでに実用段階」。この事実は、ハリウッドのエキストラ俳優たちを震撼させた。

自分のデジタルレプリカも、知らないうちに作られているのでは? いや、すでに使われているのでは?そんな不安がよぎる。

制作会社は準備済み

「こちらを見て。次は向こう。怖い表情をして。次は驚いた表情」

トレーラー内で風変わりな撮影が行われている。

ハリウッドのエキストラ俳優たちが、自身の顔と体をスキャンされるようになったのは、2019年ごろから。生成AIが話題になるしばらく前だ。制作会社側は、この頃から、着々と下準備を進めてきた。最近は「スキャンだけ」という仕事もあるという。

さまざまな感情を表現してその顔をスキャンされれば300ドルの報酬がもらえる、という単発の仕事まで業界内で出回っている。

「年収800万円」の俳優がスト参加する深刻事情 ハリウッドでストをしている彼女の言い分 | 東洋経済オンライン

自分の肖像は、すでにスキャンされてしまった。高品質デジタルレプリカが出現した。近い将来、自分のデジタルレプリカに、仕事を奪われてしまうのではないか。

こうした危機感が俳優たちをストライキに踏み切らせたのである。

争点はデジタルレプリカの扱い

ストライキは長期化の様相を呈している。

俳優たち(米映画俳優組合=SAG-AFTRA)が、デジタルレプリカの

「利用許諾と追加報酬」

を求めるのに対し、制作会社側(米映画テレビ製作者協会=AMPTP )は

「利用時の許諾・追加報酬は不要」
「肖像の永久使用、役者の台詞変更、新たなシーン作成などの権利は、制作側が有する」

と返す(※)。交渉は平行線のまま決裂。ストライキが始まってから1ヶ月。今のところ収束する見込みはない。

※ 米映画俳優組合の説明による。AMPTP は「使用料は俳優と協議する」と述べているが、SAG-AFTRAは「追加報酬ではない」と反論している。

デジタルレプリカ作成のためのスキャンに支払われる報酬は、93ドル(撮影半日分のギャラ)から300ドル程度と言われる。そのスキャンさえなくなる可能性がある。

合成俳優(メタヒューマン)に代替されるからだ。

複製から合成へ

合成俳優(メタヒューマン)とは、複数の俳優の肖像を、AIで合成した「バーチャル俳優」のことをいう。

デジタルレプリカは「俳優のコピー」だった。合成俳優は違う。「オリジナル」だ。肖像権を持つ俳優が存在しない。どんな演技でもさせることができる。制作会社側にとって、きわめて使いやすい。

GEN-2にて生成

ロイターの報道によると、合成俳優はまだ作成されていないが、制作会社側は、今後の俳優との契約交渉で作成権利を留保するという。

デジタルレプリカどころか、合成俳優生成のための「学習素材」でしかなくなるかもしれない。ハリウッドの俳優たちの未来に暗雲が立ち込めている。

日本では合成アイドルが台頭

一方、日本では、(合成俳優ならぬ)「合成アイドル」がデビューしている。集英社が企画したAIアイドル「さつきあい」だ。

「永遠のセブンティーン」

このようなキャッチフレーズで、23年5月発売の「週刊プレイボーイ(集英社)」に写真を掲載。同時に写真集「生まれたて。」も発売された。「グラビアにおける生成AIの可能性を探ること」が企画意図だという。

品質は非常に高い。かつての、バーチャルアイドルのような人工物っぽさがなく、実在する女の子にしか見えない。だが、その品質の高さが仇となり、批判を浴びることに。その多くは

「AIアイドルに、グラビアアイドルの仕事が奪われてしまうのではないか」

という懸念。

そして、

「あるタレントに水着撮影を拒まれたため、酷似した『AIアイドル』を作り、水着写真にして発売したのではないか」

という疑惑だ。SNSなどで、そのタレントと「さつきあい」の画像比較が行われる事態にまで発展した。

意図して酷似させたのかどうかは明らかではない(販売した集英社は否定)。だが、この騒動は二つの問題を浮き彫りにした。ひとつは、生成AIが、実在の人物と酷似する「バーチャル人物」を生成し、好きなように操れること。もうひとつは、肖像権・パブリシティ権侵害の「免罪符」として使われる恐れがあることだ。

批判をうけ、集英社は写真集「生まれたて。」を、発売から9日後に販売終了している。

明らかになったもの

ハリウッドの俳優のストライキや、日本のAIアイドルの騒動を通じて明らかになったのは、

「AIを『使えば』、人間の個性や能力を引き剥がし、乱用することができてしまう」

という危険性だ。どのように使う側を律するか。どこまでAIの機械学習を許可するか。深い議論が必要となる。

【参考】