学費無償化は教育を腐らせる「学校社会主義」(アーカイブ記事)

池田 信夫

大阪府の高校無償化で、府立高校の大幅な定員割れが生じています。これはアゴラで予想した通りです。このような学校無償化は、教育を補助金漬けにして社会主義化するものです(2023年8月13日の記事の再掲)。

大阪府の高校はすべて「府立高校」になる

大阪府が2024年度から、私立高校の授業料を全面無償化する方針を決めた。たとえば大阪の府立高校の授業料は年間11万8800円だが、国の就学支援金が全額支給されるので、保護者の負担はゼロだ。私立高校の場合は、就学支援金が39万6000円まで支給される。大阪府はそれに補助金を加え、60万円まで無償にしている(年収590万円以下の場合)。

日本経済新聞より

この所得制限をなくして完全に無償化するのが、吉村知事の案である。橋下氏は「金券配ってるのと実質同じなんだよ」というが、まったく違う。これは教育サービスの無償化ではなく、大阪府が私立高校の授業料を決め、その経営にも介入する供給補助金である。

「無償化」は、ポピュリストの好むマジックワードである。高校の全面無償化も吉村知事の選挙公約だったので、今さら引っ込められないのだろう。コロナも治療やワクチン接種を無償化したため、需要が爆発して100兆円以上の税金が浪費された。

現在の就学支援金は公立と私立で4倍近く差があって不公平で、所得制限などアドホックな制度になっている。公立高校の授業料は就学支援金に制約されているが、毎月9900円では十分な教育はできないだろう。

全面無償化すると、府が私立高校を全面的に支配することになる。授業料にも上限を設けるので教育サービスは制限され、競争がなくなり、府の政治介入を受ける。これは大阪の私立高校をすべて府立高校にするものだ。

これによって今まで授業料が安いという優位性があった府立高校はその優位性がなくなり、大幅な定員割れになるだろう。他方、偏差値の高い私立の進学校には、生徒が集中し、進学競争はますますいびつになるだろう。

定額の「教育バウチャー」にすべきだ

代案はシンプルである。公立・私立を問わず、すべての保護者に(国と府の合計で)たとえば一律に年間40万円の教育バウチャーを支給し、私立の授業料がそれより高い場合は差額を保護者が自己負担する。公立の授業料がそれより安い場合は保護者の所得になるので、授業料以外の教育費に使えばよい(使途は制限しない)。

教育バウチャーは、フリードマンが1962年に『資本主義と自由』で提案した制度だが、いまだに導入している国がほとんどない。それは公立学校への補助金を(私立も含む)保護者への直接給付に変え、民営化して私立学校と競争させるから、役人や労働組合がきらうのだ。

所得制限は廃止する。大阪府の場合も所得は税額から逆算するが、これだと事業所得を税務署に把握されていない自営業者が無償化され、不公平が拡大する。高所得者は授業料の高い私立を選ぶので、バウチャー以上のコストを自己負担にすれば自己選択が働き、所得制限は必要ない。

このように裁量的補助金から定額の直接給付へという考え方は、フリードマン以来、多くの経済学者が提案してきた。たとえばコメは米価審議会で毎年、高い価格を決めて農家を補助していたが、WTOは価格を自由化し、農業所得の直接給付に転換すべきだと勧告した。しかし農水省は米価を守り、コメ農業は全滅した。

維新の補助金行政は「第二自民党」

同じことが大阪の高校でも起こるだろう。私立高校の授業料を府が決めるので、役所の裁量の余地は大きく、業者との癒着もひどくなる。私立高校は官僚の天下り先になり、彼らの全面支配のもとに置かれる学校社会主義になる。その結果がどうなるかは、歴史の教えるところである。

橋下氏の考えが今の維新の執行部と同じかどうかはわからないが、彼は「松井(一郎)さんとも議論した」というから、今の執行部も同じ考えだろう。これはかなり深刻な問題である。

維新の選挙公約の目玉はベーシックインカム(BI)だが、これは教育バウチャーよりはるかに巨額の(100兆円以上の)財源を必要とする。その財源が公約には書いてないので実現は不可能だが、大事なポイントは社会保障を直接給付に置き換えることで、考え方は同じである。

このとき大事なのは、既存の裁量的な補助金や税制優遇措置などを全部スクラップすることだ。公的年金は廃止し、年齢に依存しない定額給付(負の所得税)に置き換える。これができないと、BIは絵に描いた餅である。

大阪府の全面無償化はその逆に、教育を補助金漬けにするものだ。大阪公立大学の無償化も同じである。大学の社会的収益率はマイナスだが、私的収益率は高い。それを無償化することは、豊かな府民への所得逆分配だ。高校と大学の無償化にかかる公費は、年間427億円。維新が議員報酬を返上する「身を切る改革」で浮く経費の400倍近い。

私は2012年に大阪市の塾代補助クーポンについて「橋下市長の「教育バウチャー」は教育を変えるか」というコラムを書き、大阪のテレビ番組で彼と議論したこともある。そのときは自民党の補助金行政を変える新しいビジョンをもった政治家が登場したと思ったのだが、維新はすっかり「第二自民党」になり下がってしまったようだ。