川口市「クルド人問題」への一考

埼玉県川口市西部でトルコ系クルド人による暴動や迷惑行為が頻発し、地域社会が混乱しているという。日本の場合、トルコ国籍を有するクルド人のケースだが、クルド人といってもシリア系、トルコ系、イラン系、イラク系など中東各地に住んでいる民族で、その総数は3000万人から4000万人と推定されている。

「社会と教会の和解」を象徴した写真(バチカンニュース、2024年3月29日から)

クルド人の主要宗派はイスラム教スンニ派だが、それぞれ独自の民族的気質を有し、その政治信条も異なる。フランスにはトルコ系のクルド人が多数住んでいるが、音楽の都ウィーンにはトルコ系だけではなく、シリア系、イラク系などのクルド・コミュニテイが存在する。彼らはクルド系民族の国家建設を願っているが、その方法論、手段などで異なっており、時には対立して身内紛争を起こしてきた。

川口市 Wikipediaより

日本では2023年7月、川口市の救急病院に約100人のクルド人が集まって乱闘騒ぎを起こしたことがきっかけとなり、地域住民とのあつれきがクローズアップされた経緯がある。住民から苦情として、「自転車盗難、信号無視や暴走をはじめ、深夜に集まり大声で会話、ルールを守らないごみ捨て、産業廃棄物の不法投棄、脱税まで。さらに、日本人女性に対するナンパ行為、未就学児童の増加と一部の不良化など…枚挙にいとまがない」という(世界日報電子版3月23日)。

その結果、クルド人が日本に居住する外国人の中で飛びぬけて野蛮で犯罪的な民族といった印象が生まれてくる。ただ、特定の民族、移民・難民に対して固定したイメージを抱くことは良くない。問題は、不法外国人の居住・労働であって、特定の民族を排斥対象としたものではないからだ。

異国の日本に住んでいるクルド人はどうしても同民族のクルド人が住んでいる地域に集まりやすい。そして自然にクルド人のコミュニティが生まれる。日本の社会、文化に統合する機会が少なくなる。ウィーン市にもセルビア・コミュニティ、クロアチア・コミュニティー、そしてトルコ系コミュニティーといった民族別の一種の棲み分けが出来ている。ウィーン市15区、16区には移民系、難民の外国人が多く住み、自然にコミュニティーが生まれてくる。時には、ウィーン住民との間で摩擦が出てくる。

移民・難民が多く住むパリでは2022年12月23日、市内のクルド系コミュニティーで69歳の白人主義者で外国人排斥主義者が銃を発砲して3人のクルド人を銃殺し、3人に重軽傷を負わせる事件が発生した。欧州では外国人排斥、移民・難民への嫌悪を主張する極右派グループが台頭している。川口市のクルド問題で日本国内に過剰な外国人排斥や日本ファーストが生まれてこないことを願う。繰り返すが、問題はあくまでも不法な外国人の居住・労働であって、外国人、クルド人への排他ではないからだ。

クルド系社会を取材するためにウィーンのクルド系活動家に会ったことがあるが、その年の終わりごろ、ウィーン警察当局から突然、呼び出しを受けた。ザルツブルクで拘束されたクルド系活動家が当方の名刺を持っていた、という理由からだ。

同活動家はクルド労働者党(PKK)に近いクルド人だったこともあって、警察はPKKと当方の関係などを疑った。当方が取材でその活動家に会う際、当方の名刺を渡したことは事実だが、あくまで取材活動で政治的な関係はないと説明し、疑いは解消したが、クルド系社会にはテロ活動をするグループもあって治安関係者からマークされているのを痛感した。トルコはPKKをテロ組織と見なしている。

クルド人はトルコ国内ではその文化、民族、伝統が排斥され、迫害されている面はある。クルド系政治家が選出されているという理由から、「クルド人はトルコでは迫害されていない」とは主張できない。国連の難民条約からみれば、トルコ内で迫害されてきたクルド人が難民申請した場合、難民として認知されるべきだ。

冷戦終焉後、旧ソ連共産圏や旧ユーゴスラビア連邦に帰属してきた共和国が民族的、国家的アイデンティティを要求して次々と独立国家を宣言した。クルド系民族でも一時は中東全域に散らばった民族の統合、クルド人国家の建設をアピールする動きはあったが、シリア系クルド人、トルコ系クルド人、そしてイラク系クルド人などの間で民族のアイデンティティに相違が表面化し、統一クルド国家の建設は見果てぬ夢となっている。

62万人余りの小国家モンテネグロが旧ユーゴスラビア連邦の解体を受け、独立国家となった一方、人口ではウクライナに匹敵するクルド系民族(3500万~4800万人と言われている)は国家を建設できないでいる。クルド人が悲しき民族と呼ばれる所以だ。

ところで、欧州では2015年秋、中東・北アフリカ諸国から多数の難民・移民が欧州に殺到した。メルケル政権下のドイツでは難民歓迎政策が実施され、100万人余りの難民・移民が収容された。その結果、その対応で今も苦慮していることは事実だ。

冷戦時代、旧ソ連・東欧諸国から200万人の難民・移民を収容してきたオーストリアでも今日、国境警備を強化する一方、不法移民・難民対策を強化してきている。特に、難民・移民を欧州に運ぶ職業的人身輸送業者が暗躍しているため、その対策に力を入れてきた。同時に、難民申請の審査期間を短縮し、強制送還も迅速に行ってきた。ちなみに、合法的に居住する難民・移民に対しては言語学校を開き、職業斡旋などを行い、社会への統合を進めている。日本は移民対策では欧州から学ぶことができるのではないか。

“ポスト・トゥルース”の世界では、右派は伝統と民族的価値観の世界を追求し、その結果、権威主義的、独裁的な国家の温床となる危険性が出てくる。一方、左派はジェンダーと個人のアイデンティティを重視していく。

そのような中、イスラエルの哲学者オムリ・ベーム氏(現ニューヨーク社会調査ニュー・スクール教授)は著書「Radikaler Universalismus.Jenseits von Identitat」(過激な普遍主義、アイデンティティを越えて)の中で、「プライベートなアイデンティティを最高の価値に置くのではなく、われわれは平等に創造された存在であるという絶対的な真理のもとで考えるべきだ。そうなれば、他国を支配したり、植民地化し、奴隷にするといったことはできない」という“過激な普遍主義”を提唱している。

ベーム教授の主張は理想論かもしれないが、民族・国家のアイデンティティを考える上で教えられる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年3月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。