麻薬の中継地から配送センターに変身したエクアドル

南米エクアドルで8月10日、元ジャーナリスト出身の国会議員で大統領候補者のひとりフェルナンド・ヴィリャヴィセンシオ氏(59)が首都キトでの集会を終えて車に乗ろうとした時に銃弾を浴びて殺害された。この事件は日本でも報道された。なぜ殺害されたのか?この背景にあるものを以下に説明することにしたい。

エクアドルは麻薬の生産と配送センターに変身

エクアドルは麻薬コカインの最大生産国コロンビアと国境を接しているというのが同国の悲劇につながっている。コロンビアで生産された麻薬がエクアドルの港から米国やヨーロッパに密輸されているということなのである。

コロンビアでは年間でおよそ1200トンのコカインが生産されている。その内の450トンがナリーニョ県とプトゥマーヨ県で生産され、そのおよそ半分の200-250トンがそこからエクアドルに持ち込まれて米国とヨーロッパに密輸されているんである。

コロンビアでは麻薬生産への取り締まりが米国からの長年の協力もあって年々に厳しくなっていることからその加工工程を隣国のエクアドル、ベネズエラ、ブラジルに移している。およそ10年程前までエクアドルは単に麻薬の中継地として存在していたが今や加工まで手掛けるようになっている。

米軍基地が撤退されたことも麻薬の流通を容易にした

エクアドルに麻薬が容易に入るようになったのは2009年にマンタ市の米軍基地を撤退させたことだ。この基地の使命のひとつが麻薬ルートの監視であった。それがこの基地の撤退で麻薬の密輸がコントロールできなくなったことだ。この基地を撤退させたのは当時の大統領ラファエル・コレア氏で、彼はベネズエラのチャベス前大統領の反米主義に共鳴して米軍をエクアドルから撤退をさせたのである。

そしてもうひとつはコロンビア革命軍(FARC)が2016年にコロンビア政府との合意で解散したことである。FARCがエクアドルでもコカインの密輸をコントロールしていた。この組織の解散によってエクアドルのギャングがメキシコのカルテルと結びついて活発な活動を始めたのである。さらに、FARCの残党も麻薬ルートを容易にさせている。

メキシコの2大カルテルがエクアドルに浸透

勿論、麻薬には必ず麻薬組織カルテルが絡んでいる。エクアドルの麻薬を支配しているのがメキシコの2つのカルテル、シナロア(Sinaloa)とハリスコ・ヌエバ・ヘネラシオン(CJNG)である。コロンビアでは彼らの下請け的なギャングが活動している。前者に協力しているのがロス・チョネロス、後者にはロス・ロボス、ロス・ラガルトス、ロス・ティゲロネスの3つのギャングである。

エクアドルでこの4つのギャングがメキシコの2大カルテルに代わって縄張り争いをしているのである。

例えば、ロス・ロボスには8000人のメンバーがいるとされている。彼らの縄張り争いが如何に熾烈であるかというのをを示すものとして2020年と2021年とで3500人余りが殺害されている。今年に入って既に4200人が殺害されているのである。更に、昨年1月から今年6月まででゆすりは15,671件、誘拐は1556件が記録されている。2019年からエクアドルの犯罪は4倍に増加したのである(昨年11月の「クリシス・グループ」今年8月の「エル・パイス」から引用)。

ヴィリャヴィセンシオ氏を殺害したのはCJNG配下のギャング

ヴィリャヴィセンシオ氏も他の議員らと同様にギャングから脅迫されていた。彼が選挙公約として挙げていたのは、刑務所の安全性を高めて刑務所内での犯罪を取り締まる、港を軍隊の配下に置いて麻薬の密輸を防ぐ、カルテルに対抗すべく特殊部隊を創設するといったことだ。これらの公約がギャングを刺激して彼を殺害する計画が進められたのである。

ヴィリャヴィセンシオ氏は現在ベルギーに亡命しているラファエル・コレア元大統領の汚職を徹底して追跡した人物で、コレア氏からも恨まれている。一方当人のヴィリャヴィセンシオ氏は侮辱罪で18カ月の禁固刑を言い渡されたが、それに服することなくペルーに亡命したという経歴を持っている人物でもあった。

ヴィリャヴィセンシオ氏を殺害したのはCJNGの配下のロス・ロボスがビデオを使って明らかにした。しかし、この点で矛盾するのは、同氏はCJNGのライバルであるSINALOAから脅迫されていると殺害される数日前に明らかにしていた。ロス・ロボスはSINALOAではなくCJNGの配下にあるギャングだ。彼を殺害した理由は彼がカルテルから資金を受け取っておりながら約束事を守らなったからだと言っている。ヴィリャヴィセンシオ氏はカルテルから資金の提供を受けていたのであろうか? この点もまた不明である。

現在のエクアドルでは警察など公的治安関係者や法に従事している判事らもカルテルから資金が提供されているのである。その規模がどこまで浸透しているかは不明であるが、全ての公的システムが腐敗している。だからエクアドル政府の安全対策について米国が資金を提供を渋っている。支援してもそれが果たして有効に作用するか疑問視しているからだ。

8月20日が大統領選挙の投票日だ。現在予測でトップに位置しているのが反米主義者のラファエル・コレア元大統領が支援しているルイサ・ゴンサレス候補者である。彼女が大統領に成ればエクアドルはまた左派系の大統領が誕生することになる。