2021年8月15日、イスラム原理主義組織「タリバン」がアフガニスタンを再び占領し、駐アフガンの米軍撤退で同国の情勢は激変した。タリバン勢力のカブール入りが伝わると、同国駐在していた外国人要人や家族の国外退去の際の大混乱となったのはまだ記憶に新しい。あれから2年が経過した。
タリバンによるカブールの占拠とその後の(国際治安支援部隊=ISAF)の混乱した撤退は、国際社会にとって大きなショックだった。そのような中で、“タリバンは以前のテロ支配を再び追求しないだろう”という楽観的な見通しが広がっていた。1990年代とは異なり、タリバンは今や穏健化しており、経済的な理由から国際的な孤立を避けるのではないか、といった漠然とした希望的観測だ。
実際、アフガンがタリバン勢力の手に落ちた時、内戦の勃発は十分に予想されていた。タリバン勢力の中でも穏健派と過激派が存在するからだ。しかし、過去2年間、大きな武装衝突は起きていない。すなわち、タリバン政権は現在、34州からなるアフガン全土を統治しているわけだ。第2期タリバン政権は第1期タリバン政権(1996年~2001年)より行政統治能力があるという評価の所以だ。
独週刊誌シュピーゲル最新号(8月12日号)では、「タリバンのパラドックス」という見出しの解説記事で、「現タリバン政権は下水路工事、住居建設などをカブール中央政府主導で実施している。第1期政権ではそれさえできなかった。現政権は明らかに第1期政権より行政能力を有しているが、その一方、西側文化や価値に対しては厳しく、特に女性の権利を次々と剥奪している」と指摘し、「タリバンの現指導者は国家の危機対策より堕落した西側文化、異教徒への戦い、文化闘争を重視している」と分析している。
人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」は、「厳格なイスラム教に基づく性別隔離の制度の下女性に対しては、小学校以外、高等学校に通うことを禁止、公園にいく時、病院に通う時には男性の随伴が義務づけられている」という。美容院も閉鎖されるというのだ。アフガンの女性たちにとって、美容院は他の女性たちと世間話などする場であり、厳しい生活圏では美容院通いが息抜きの場所だ。タリバン政権はそれすら禁止するのである。ちなみに、美容院が閉鎖されれば、そこで働く約6万人の女性は仕事を失うという。
アムネスティ・インターナショナルによると、人権擁護者、活動家、少数派は頻繁に生命の危険にさらされ、過去2年間で、恣意的な逮捕、失踪、拷問、非公式な処刑が広く行われているという。また、メディアの大規模な検閲が実施され、多くのジャーナリストが職を失った。国連によると、約400万人が急性栄養失調であり、その中には5歳未満の子供約320万人が含まれる。約2800万人、人口の約3分の2に当たる人々が人道的支援を必要としているというのだ。
バイデン米大統領は当時、「撤退は成功」と強調したが、ワシントンでは米軍のアフガニスタン撤退について、上下両院外交委員会で鋭い質問が続出した。米上院外交委員会のメネンデス委員長(民主党)は当時、「アフガンからの米軍撤収は明らかに致命的な欠陥があった」と指摘。米軍がアフガンに残していった大量の軍需品、武器がタリバン側に渡ってしまった。共和党議員から、「テロリストたちに我々の最新の武器を与えてしまった」という非難の声が出たのは当然だった。
9・11同時多発テロ事件を契機に、米国の対テロ戦争は始まったが、9・11の主犯ウサマ・ビン・ラーディンを射殺した後も米軍の対テロ戦争は継続され、アフガンの民主化、国づくりへの支援に広がっていった。しかし、タリバンがカブールを占領すると急転直下、米軍兵士たちはアフガンから撤退していったわけだ。
ちなみに、タリバン政権が運営するアフガンに中国が接近してきている。アフガンの豊かな希土類(レアアース)が狙いだともいわれる。同時に、アフガンは過去、不法なアヘン栽培で世界のアヘン市場を独占してきた歴史がある。それだけに、タリバン政権内の動向次第ではやはり内戦が起きる可能性を排除できない(「『帝国の墓場』アフガンと中国の関係」2021年8月20日参考)。
タリバン勢力がカブールに侵攻した直後、アフガンで女性の教育を推進してきたサケナ・ヤコ―ビ博士(Sakena Yacoobi)から支援を求めるメールが届いたことがあった。博士は女性たちに教育の場を提供するための「Afghan Institut of Leraning」(AIL)という名称の非政府機関(NGO)の責任者だ。その後も定期的にメールを頂いたが、ここ半年、メールが途絶えている。文化闘争を展開するタリバン現政権にとって、女性の教育を推進する博士は危険な人物だろう。博士の安全が懸念される(「アフガニスタンの『地上の星たち』」2021年12月16日参考)。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年8月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。