ロシアは近い将来「核実験」再開か

ロシアのプーチン大統領は近い将来、北極のソ連時代の核実験場ノヴァヤ・ゼムリャ島(Nowaja Semlja)で1990年以来初めての核実験を実施するのではないか、という懸念の声が欧米軍事関係者から聞かれる。英日刊紙デイリー・メールが12日付の電子版で報道した。

旧ソ連の最初の核実験1949年8月29日(CTBTO公式サイトから)

ロシア海軍は北極の地で大規模な軍事演習を実施中だ。表向きの目的は「欧州とアジア間の北洋海路を保護するため」という。海軍関係者によると、「北方艦隊の海軍軍事演習には8000人以上の軍人、20隻の戦艦、潜水艦、物流船、5機の航空機が参加し、その他、特殊装備最大50台が導入されている」という。

セルゲイ・ショイグ国防相は12日、ロシアの国営原子力エネルギー公社(ROSTOM)の最高経営責任者のアレクセイ・リハチョフ氏を連れて海軍の軍事演習を視察するためにノヴァヤ・ゼムリャを訪問したことから、ロシアの核実験再開の憶測が更に現実味を帯びて報じられているわけだ。すなわち、「ウクライナ戦争で戦略核兵器を使用するために準備中」というわけだ。

国防省関係者は、「プーチン大統領によって命令された核実験の再開準備は確実に遂行される。ノヴァゼメリスキー試験場(The Novozemelsky test range)は常にその準備を保ってきた」と説明している。国営通信社RIAノヴォスチは、「ショイグ国防相は北方艦隊の遠隔北極駐屯地を視察し、特にノヴァヤ・ゼムリャでの公式活動の組織をチェックした」と報じている。

参考までに、ロシア軍は上記の軍事演習のほか、バルト海でOceanicShield2023と呼ばれる海軍演習を行い、30隻以上の戦艦と他の船舶、30機の航空機、約6000人の兵士が参加したという。

ロシアの愛国主義的政治家ドミトリー・ロゴジン氏は5月、「私たちは(西側諸国の)尻が恐怖で震え始めることを確認しなければならない」と強調し、「今直ぐにノヴァヤ・ゼムリャで核実験をすべきだ」と発破をかけたことがある。

ノヴァヤ・ゼムリャでの核実験は、1955年9月21日から90年10月24日までの間に130回行われた。核実験の内訳は、88回は大気中、3回は水中、39回は地下実験だ。一部では、ロシアは現在まで、少量のプルトニウムによる臨界前核実験などの未公表実験を除き、約224回の核実験が行われているという情報がある。

ちなみに、旧ソ連時代の最大の核実験地は現在のカザフスタンにあったセミパラチンスク核実験場で456回の核実験が実施された。具体的には、大気圏実験86回、地上実験30回、地下実験340回。最初の実験は1949年8月29日。最後の実験は89年10月19日だ。その総爆発力は広島に投下された核爆弾の2500倍という(「旧核実験場だったカザフの『決意』」2010年8月30日参考)。

プーチン大統領は昨年9月21日、部分的動員令を発する時、ウクライナを非難する以上に、「ロシアに対する欧米諸国の敵対政策」を厳しく批判する一方、「必要となれば大量破壊兵器(核爆弾)の投入も排除できない」と強調し、「This is not a bluff」(これははったりではない)と警告を発した(「プーチン氏『これはブラフではない』」2022年9月23日参考)。

プーチン氏の発言を受け、インスブルック大学国際関係の専門家ゲルハルド・マンゴット教授はオーストリア放送とのインタビューの中で、「ウクライナ軍の攻勢を受け、戦局が厳しくなった場合、ロシアが戦略核兵器を居住地でない場所で爆発させ、威喝する可能性は考えられる」と指摘していた。また、独週刊誌シュピーゲル(昨年10月29日号)は、「ロシアのプーチン大統領がウクライナ戦争で核兵器を投入するか」について特集した。そして人類の終末を象徴的に表示した終末時計(Doomsday Clock)が「0時まで残り100秒」という見出しを付けていたほどだ。終末時計は、米国の原子力科学者会報(Bulletin of the Atomic Scientists)が毎年、発表しているものだ。

プーチン氏はウクライナ戦争で即戦略核兵器を使用すれば国際社会の反発が大きいことを知っているから、核実験を実施して核兵器の怖さをウクライナと欧州諸国に誇示する作戦に出るのではないか。最近の核実験は北朝鮮の2017年9月3日に実施したものだが、欧州大陸でのロシアの核実験は1990年10月以降はない。それだけに、ロシア連邦領のノヴァヤ・ゼムリャ島で核実験が行われれば、欧州諸国へのインパクトは大きい。ウクライナを軍事支援してきた欧州諸国の国民の中にも反戦の動きが活発化することが予想できる。すなわち、核兵器の投下より核実験の実施のほうが効果的だという考えだ。

ロシアのプーチン大統領は今年2月21日、年次教書演説でウクライナ情勢に言及し、米国との間で締結した核軍縮条約「新戦略核兵器削減条約(新START)」の履行停止を発表した。それだけではない。ウィーンの外交筋によると、ロシアはウィーンに事務局を置く包括的核実験禁止条約(CTBT)から離脱する意思をちらつかせているという(「ロシアはCTBTから離脱するか」2023年2月23日参考)。

CTBTは署名開始から今年で27年目を迎えたが、法的にはまだ発効していない。ロシアは署名、批准を完了しているが、核保有国の米国と中国がまだ批准していない。だからロシアがCTBTから離脱しても、米国はロシアを批判できない。ロシアが核実験モラトリアム(一時停止)を破った最初の核保有国となったとしても国際社会の批判は限定的だ、という読みもあるだろう。

以上、北極のロシア連邦領でのロシア海軍の大規模軍事演習の動向やショイグ国防相の現地視察から、ロシアが近い将来、核実験を実施する可能性が極めて高いと予想できる。なお、8月29日は「核実験反対の国際デー」((The International Day against Nuclear Tests)だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年8月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。