解散などするな、多すぎる国政選挙は民主主義を破壊する

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政策を乱造し財政が悪化

岸田内閣の支持率が政権発足以来の最低を更新しています。世論調査では毎日新聞が28%、時事通信が26%、読売新聞が35%など、目を覆うばかりです。もう解散できる政治的状況ではないし、頻繁に総選挙をやるべきではないのです。解散できないし、やるべきでもない。

それにもかかわらず、政治ジャーナリズムは「支持率下落で年内の解散は困難」とか、逆に「野党の準備が整う前の秋解散を推す声も」とか、政界の目先の動きを追っています。そんな記事を書いているから、新聞は売れなくなる。もっと本質的な問題点に絡めて報道したらどうなのでしょう。

書くべきは「岸田政権が望んだ解散はほどんど無理になった。日本の将来のことを考えると、衆院選、参院選、地方統一選挙が毎年のように繰りかえされることは有害だ。支持率の低下で年内の解散・総選挙の可能性が消えたことはむしろ、日本のために歓迎する」ということです。

政治メディアが強調しなければならないのは、解散の有無の見通しではなく、「解散・総選挙のたびに有権者を釣るために、財政政策が膨張する。衆院の4年の任期満了まで解散はするな。憲法の規定(45条)の『衆議院議員の任期は4年とする』との基本を守るべきだ」という問題です。

45条には「但し衆議院解散の場合には、その期間満了前に任期は満了する」とあり、これは内閣不信任案が可決された時の対応などを想定したものでしょう。「総理大臣の専管事項」だとかいって、いかにも総理が解散権を持っているような規定は憲法にはありません。

政治ジャーナリズムは「4年の任期を守る」「解散権が総理にあるとの解釈は本来なら憲法違反に当たる」と、何度も何度も書くべきです。社説でこの問題をたまにさらりと書くことはあっても、社説の影響力は地に落ちていいますから、読む人は極めて少ない。

首相や自民党が解散風を煽るたびに、記事と抱き合わせで「憲法違反に相当する」との警告記事を記者か識者が署名入りで書く。そう書くと政権筋、官邸筋から疎まれ、情報を遮断されるから書かないのでしょう。ネットニュース、ネット論壇のほうがきちんと対応しているように思えます。

岸田政権の周辺の不祥事、マイナンバーカードを巡るトラブル、物価高が円安で米国と並ぶほど上昇してきたのに動かない政府・日銀、カネばかりかかる案件の続出で財政悪化が深刻なのに手を打たない政権など、支持率の低下の原因をあげればきりがありません。

世襲議員が首相、閣僚などの高いポストを占め、非世襲議員は汚職、不正に手を染め、「ばれたらおしまい」の覚悟でないと政界を生き抜けない。自民党のことです。風力発電事業を巡る秋元真利衆院議員の汚職、河井克行・元法相の公職選挙法違反(市議らの現金買収)もカネも看板(知名度)がない非世襲議員だったから手をだしたに違いないと思います。

「大義なき解散」を好んだ安倍政権あたりから、政権維持に最も有利なタイミングで解散を打ち、予算もどんどんつける悪習が定着しました。憲法も規定していない「解散は総理の専管事項」という呪文を唱え、押し切っていました。

財政状況は先進国最悪というのに、国家予算は11年連続で過去最大を更新し、さらに23年度予算は114兆8000億円で、5年連続で100兆円を越しました。国政選挙、地方統一選をやるたびに、票稼ぎに国家資金を使いまくったツケでしょう。

この8月末に締め切る概算要求基準(予算要求の上限)では、少子化対策、物価対策では、金額を明示しない「事項要求」という抜け穴が設けられ、予算抑制のタガが外れることになりました。GDP2%まで拡大する防衛予算、脱炭素化(GX=グリーン・トランスフォーメーション)への出費といい、これに総選挙が重なっていたら、ひどいことになっていたでしょう。

このままでは、民主主義社会を支える基盤である財政の持続性が失われます。民主主義社会は選挙によって運営されていくのに、選挙をやりすぎると、政治主導による人気取りの予算編成、政策の乱造で結局、民主主義社会を自壊させることになりかねないのです。

政治ジャーナリズムはそうした基本的な病理現象を指摘すべきなのに、目先の政局動向を追う日々が自分たちの仕事だと錯覚しています。

優れた学生の公務員離れ進んでいます。国家公務員の試験申し込み者は23年度、2万6300人で前年度に比べ6%減です。一方、女性の合格者は3300人で全体の40.3%を占め、過去最高になりました。その点は評価できるにしても、勤務10年未満で退職する若手官僚が19年度に140人に上り、10年で倍になりました。

人事院の総裁が岸田首相に「公務員の初任給1万円上げ、ボーナスは4.5か月分、週休3日の対象者を拡大」などを訴えました。仕事量が増える一方で、しかも政治主導による政策決定が進み、まともな官僚が嫌気を起しているのでしょうか。首相の側近が「俺の言うことを聞かなければ、お前なんか飛ばしてやる」と、怒鳴ったというではありませんか。

メディアが見落としているのは、国家予算の金額膨張は業務量の拡大のバロメーターであることです。11年連続で財政規模は最大を更新し、5年連続で100兆円を超し、公務員の仕事量、業務量も急増していることを意味します。公務員の定員は一定でしょうから、激務に振り回されているか、下請け(外注)に回す業務も増え、多くのトラブル、不始末、ミスを生む原因になっているのでしょう。

川本人事院総裁は初任給引き上げなど、初歩的な要求をするのではなく、「公務員の仕事量は財政支出の規模拡大、それを可能にしている財政赤字の膨張に見合って、急激に増えている。そこを首相は直視していただきたい」とでもいうべきでした。総裁がいわないのであれば、政治ジャーナリズムが指摘してもよさそうなものでした。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2023年8月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。