クルツ元首相「虚偽の証言」容疑で起訴

一時期、欧州保守派の若手ホープとして欧州政界で人気を博した元オーストリア首相のセバスチャン・クルツ氏(与党国民党)が18日、検察当局から「虚偽の証言」の容疑で起訴された。容疑内容は、クルツ氏が2020年6月、「イビサ」調査委員会で、国営保有会社OBAGに関連する計画にどの程度関与していたかについて誤った証言をしたというものだ。クルツ氏は2017年12月~19年5月と、2020年1月から21年10月まで2期、首相を務めた。

クルツ氏とシュトラーヒェ氏の良き時代(早朝の記者会見に臨むクルツ首相=左、2018年6月8日、連邦首相府公式サイトから)

経済および汚職特別検察庁(WKStA=ホワイトカラー犯罪および汚職の訴追のための中央検察庁)はクルツ氏が同調査委員会で故意の偽証をしたとして久しく調査してきたが、今回正式に告発する運びとなったわけだ。クルツ氏自身は今回の告発を予測し、「裁判を通じて自身の無罪が明らかになることを期待している」と述べている。裁判は10月18日にウィーンの刑事裁判所で始まり、判決は同月23日に言い渡される予定だ。有罪判決の場合、最長3年間の懲役刑だ。

なお、今回はクルツ氏と他の2人、クルツ氏の当時の内閣府の責任者であったベルンハルト・ボネリ氏と、元オーストリア国民党副党首で、カジノ・オーストリアの元総裁及びオーストリア・ロッタリーの取締役会議長のベティナ・グラッツ=クレムスナー氏も起訴された。

クルツ氏は24歳で内務省に新設された移民統合事務局局長に就任し、27歳で欧州最年少の外相に就任。2015年の中東・北アフリカからの難民殺到時には国境をいち早く閉鎖するなど、強硬政策を実施してきた。31歳で首相に就任すると欧州保守派からクルツ氏は“希望の星”と受け取られた。ドイツの「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)からは、「ドイツにもクルツ氏のような保守派の若い指導者が現れるべきだ」といった声すら聞かれた。クルツ氏はドイツ・メディアには頻繁に登場するゲストだった。独週刊誌シュピーゲルは表紙カバーにクルツ氏の写真を飾るなど、何度かインタビューしている。

飛ぶ鳥を落とす勢いだったクルツ氏が急速に失速する契機となったのは、連立政権のジュニアパートナーだった極右政党「自由党」の元党首シュトラーヒェ氏が2017年、スペインの保養地イビサで自称「ロシア新興財閥(オガルヒ)の姪」という女性と会合し、そこで党献金と引き換えに公共事業の受注を与えると約束する一方、オーストリア最大日刊紙クローネンツァイトングの買収を持ち掛け、国内世論の操作をうそぶくなど暴言を連発。その現場を隠し撮りしたビデオの内容が2年後の19年5月17日、週刊誌シュピーゲルと南ドイツ新聞で報じられたことからだ。この結果、国民党と「自由党」の連立政権は危機に陥り、最終的にはシュトラーヒェ党首(当時副首相)が責任を取って辞任。その後、議会で不信任案が可決され、クルツ連立政権は崩壊し、早期議会解散、総選挙となった経緯がある。その発端となった出来事はオーストリアでは“イビサ事件”と呼ばれている。

クルツ氏の場合、世論調査の工作を友人と話していたチャットが検察当局に押収され、メディアに流れることで辞任に追い込まれた。クルツ氏はシュトラーヒェ氏と同じ道を歩んでいることから、メディアではクルツ氏の容疑問題は当時、第2イビサ事件と呼ばれた。

108頁に及ぶWKStAの報告によると、クルツ氏と両被告人は、虚偽の証言を「単なる条件つきの故意ではなく、良く知った上で虚偽の証言をした」と指摘し、「人々は基本的に目的をもたずに嘘をつかない」と述べている。さらに、「この具体的な場合においては、故意の虚偽証言に対する強い動機が存在する」と続けている。検察当局がクルツ氏への容疑を強めている背後には、クルツ氏の友人で財務省(BMF)の元事務総長のトーマス・シュミット氏によるチャットからの告発がある。同氏はクルツ氏が積極的に自身の役職のために腐敗していたと証言しているからだ。ただ、それらの証言はクルツ氏とシュミット氏間のチャットに基づく情報であり、その真偽は発信者の主観的な事情が大きく影響する。

クルツ氏の弁護士であるヴェルナー・スーパン氏は、「我々には30人の証言がある。事件を裁判所で解決でき、訴えが消えてなくなることは良いことだ」と強調している。

クルツ氏は首相辞任後、政界を引退、米国系会社の幹部ポストに就任している。欧州保守派に旋風をもたらした同氏にとって、今回の裁判は、少し遅れたが、政治家時代の後始末だろう。同氏は今月27日に37歳を迎える。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年8月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。