イスラエルはイランではない

10万人近くの人々が女性の権利の保護を訴えてデモを行った。断っておくが、この外電はイランのテヘラン発の記事ではない。イスラエルの湾岸都市テルアビブ発のニュースだ。

イスラエルでは過去半年、ネタニヤフ政権が推進する司法改革に反対する抗議デモが各地で行われてきたが、デモ参加者は今回、司法改革に反対するとともに、女性の権利の擁護を訴えていたという。デモ参加者が掲げるプラカードの標語には、「イスラエルはイランではない」というものが見られたというのだ。

少し、説明する。イランでは女性たちは外ではスカーフの着用を義務づけられ、それに違反すれば、風紀警察の取り締まりを受ける。イランの風紀警察は昨年9月、22歳のクルド系イラン人のマーサー・アミニさん(Mahsa Amini)がイスラムの教えに基づいてヒジャブを正しく着用していなかったという理由で拘束した。そのアミニさんが9月16日に警察の拘留中に死亡した。それ以来、政府の抑圧的な方針とイスラムの統治体制に反対するデモがイラン各地で起きている。国際社会からの批判にもかかわらず、テヘランの聖職者支配政権は風紀警察の路上警備をここにきて強化してきている。

アフガニスタンのタリバン政権の性的隔離政策を紹介すれば、ひょっとしたら、状況は一層理解できるだろう。アフガンの女性たちは高等教育から疎外され、男性の随伴がなければ公園にも行けない。アフガンの女性たちの楽しみの一つであり、息抜きの空間でもあった美容院も閉鎖されるという。イスラム教の教えに基づき、女性の権利が悉く剥奪されているわけだ。イスラエルの女性たちがイランやアフガンのような状況に陥るということは現時点では想像できない。イスラエルの若い世代は非常にリベラルな思想の持ち主が多いから、イランのような女性の権利剥奪は絶対に甘受しないだろう。

そのイスラエルで抗議デモ参加者から「イスラエルはイランではない」という標語が見られたのだ。もちろん、理由なくして飛び出したのではない。報道によれば、アシュドッド市(イスラエル南部の都市)でバス運転士が若い女性のグループをバスの後部に案内し、彼女たちに掛け布団を渡して身を隠すように促したというのだ。別の出来事では、ある女性が完全に立ち入ることを拒否されたと報じられている。ヒジャブを着用していなかったという理由で取り締まられるイランの女性たちのように、あのイスラエルで若い女性たちが身を覆うようにと強要されたというのだ。

アシュドッドの出来事に関してネタニヤフ首相は、「イスラエル国家は自由な国であり、誰も公共交通機関を利用できる人を制限したり、他の場所で座る場所を指定することはない。そうする人は責任を問われるだろう」と述べたというから、ネタニヤフ政権がイランのように女性の権利を剥奪する政策を実施するとは現時点では考えられないが、宗教政党や極右政党が参加するイスラエル史上最も右寄りといわれるネタニヤフ連立政権下では、その可能性を完全には排除できないのが現実だ。

例えば、イスラエルで“イランのアミニさん”のような犠牲者が出た場合だ。イスラエル国内で女性の権利を擁護すべきだという声が高まり、治安部隊と衝突する事態が予想される。それを避けるために、ネタニヤフ首相は“イスラエルのアミニさん”が出てこないように、治安関係者には慎重に対応するように要請すべきだろう。いずれにしても、「司法改革の反対」に「女性の権利保護」が加わることで、反政府の抗議デモがこれまで以上に過激化することが十分考えられるからだ。

イスラエルでは司法改革に反対する抗議活動が6カ月以上にわたり続いている。ネタニヤフ連立政権は7月末、最高裁の権限を制限する法律を承認した。この法律は議論を呼ぶ司法改革の一環だ。司法改革に批判的な国民は、政府の行動を「イスラエルの民主主義に対する脅威」と見なしている。最高裁は9月12日、同法律に対する請願を審議するが、最高裁がこの法律を破棄し、政府がそれを受け入れない場合、イスラエルは憲法危機に直面することになるわけだ。

イスラエルが建国されて今年で75周年を迎えた。同国はイラン、ハマス、ヒズボラなどテロ支援国家、イスラム過激派グループに取り囲まれている。それに対し、イスラエルは世界的な軍事力を有して優位に対抗しているが、司法改革で国内は分裂している。

世界的ベストセラー「サピエンス全史」の著者で、“現代の知の巨人”と呼ばれるイスラエルの歴史家、ユバル・ノア・ハラリ氏(Yuval Noah Harari)はネタニヤフ政権の司法改革には反対をこれまで表明してきた。以下はレックス・フリードマン氏のポッドキャストでハラリ氏が答えたものだ。

ハラリ氏はイスラエルの現状について、「問題が国家的、民族的なものだったら、妥協や譲歩は可能だったが、問題が信仰や宗教的な対立となれば、妥協が出来なくなる。例えば、イスラエルとパレスチナ問題は既に宗教的な対立になってきている。それだけに、解決が一層難しくなるのだ」と指摘した。同氏はまた、「政治指導者は公式には声明していないが、2国家解決案を既に放棄している。イスラエルの現実は大多数がユダヤ系の国民が支配し、全ての権限を有している。それに少数派のアラブ系でイスラエル国籍を有している人々だ。彼らは一定の権利を有してる。それ以外のアラブ系の住民は市民権はほとんどなく、人権も限定されている。要するに、現実のイスラエルは3つの階級に分かれている国家だ。現在のイスラエルの指導者たちはこの現実の3階級社会の促進を目指している」と説明している。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年8月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。