日銀がマイナス金利を止めて金融政策の正常化を図るのか、というテーマは長らく語られてきました。ただ少なくとも黒田前日銀総裁の下ではありえないだろうと10年間そう思い続け、事実そうなりました。2013年以降、黒田氏が想定するようなインフレバイアスにならなかったことはありますが、個人的にはバズーカのような例外的な金融対策が慢性的に行われてしまったことで物価への刺激が鈍化し、世間は政府/日銀がむしろそれを制御しているという間違ったメッセージにつながった気もしています。(緩和⇒景気が悪い⇒物価は下がるという心理です。)
日銀が何十年も低金利政策を取り続ける理由の一つに金利上昇のデメリットがあります。家計、企業、政府という経済学で言う3つの部門すべてに「悪」影響が及ぶという発想です。特に家計部門においては住宅ローンの金利がほんの僅か上昇しただけでワイドショーでは、金利が上がる⇒ローンの支払いが苦しくなる⇒住宅が買えない⇒住宅会社や建築会社に影響大といった大げさであまり論理的ではない仮定話のワーストケースシナリオだけを取り上げた質の悪い報道やニュース系のバラエティ番組をするわけです。
これはプロパガンダといってもよいでしょう。一般消費者は住宅ローンがない人でも「いやねぇ」ということになります。一方で、金利が上がれば預金利息が増えるという点は触れないわけです。理由はそれぐらいの金利上昇では利息が10円から11円になるだけだから、と。おかしいですよね。
さて、植田総裁は何を考えてるのでしょうか?総裁ひとりで政策を決めるわけではなく、9人の政策決定会合メンバーの多数決がモノを言いますので溢れるほどのデータをどう読み取るか、その読み取りの判断がキーになるわけです。
その際、日本の先行きのインフレはどうなるのか、が最大の焦点になります。日銀は7月の時点で23年物価を3.2%、24年を1.7%、25年を1.8%(それぞれ中間値)とみています。黒田氏は任期後半、23年度のインフレ率は2%を割る水準に戻ると見込んでいましたが、実際には日銀は4月の見通しの2.5%から3か月で0.7ベーシスポイントも見込みを引き上げています。(日銀は4月の時点では黒田さんに忖度したのかな、とも思えてなりません。)
その理由は複合的で輸入物価の上昇と人件費上昇に伴うサービス価格の上昇、また企業の便乗値上げも若干見て取れます。私が5月頃に日本の物価は上がると申し上げた際、若干の疑義のコメントを頂戴しました。実はあの時、私には100%の確証がありました。それは多くの方が忘れていたガソリンと電気の補助金がなくなりつつあること、また電気については6月から大幅値上げすることで物価指数に反映されることが明白だったからです。
また人件費については政策的に全国最低賃金1000円という目標もありますが、慢性的な人材不足で労働力の需給関係がタイトになり、一部業種では1200-1300円でも人が来ない状態になっています。当然、それは最終消費者への価格転嫁になります。
もう1つはコロナに伴うゼロゼロ融資が逆回転し、物価の下支えをしている可能性です。これはほぼ誰も指摘していないと思いますが、ゼロゼロ融資で助かったのは中小企業というより零細企業だったと思います。一部ではほとんどビジネスになっていなかったところに多額の支援金や融資が舞い降りてきてゾンビ状態になったわけです。これらが現在淘汰されつつあります。倒産件数は今年9千件近くになってもおかしくないでしょう。それが意味するのは不当に安い事業者の市場からの退場であり、安さを競うことからしっかりした経営をすることに軸が移動するとみています。
世界物価を見ると懸念材料はあります。それは資源価格が上昇している点です。原油はここにきて振れ幅上限の80㌦/バレルを超えてきています。ガスも遅ればせながらもようやく火がついたように上昇しています。昨年冬は暖冬だったため、ガスの価格は低く抑えられました。資源価格の上昇はウクライナ問題が間接的に影響しているという見方もありますが、相場を見続けている私としてはより政治的事情が絡んできているように見受けられます。まさかとは思いますが、原油価格を高めに誘導してEV化を進めようとする魂胆があるのではないか、とすら疑いたくなります。
最後に景気の見方ですが、中国経済をどう見るか、であります。一部の見解に中国への規制が進めば日本は特需があるという発想があります。それは否定しないですが、むしろ日本の最大の貿易相手国である中国の国内消費の低迷と政治的圧力による日本企業の中国向け輸出減退のほうがはるかに大きなマイナス影響になります。
そのあたりを複合的に勘案すると先々、日本の消費物価はスタグフレーション型にならないとは限りません。その場合、消費物価を下げるために利上げし、円高を引き起こし、輸入物価を下げるという治療方法があります。とすれば植田総裁はYCCの完全撤廃、ゼロ金利撤廃、ETF売却、金利正常化と手段はいくらでもあるわけで24年にかけて物価と景気との駆け引きがキーになりそうな気がします。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年8月21日の記事より転載させていただきました。