プーチン氏の「プリゴジン公開処刑」?

ロシアのプーチン大統領は24日、同国の民間軍事会社「ワグネル」の創設者エフゲニー・プリゴジン氏(62)が前日の23日、搭乗していた自家用ジェット機の墜落で死去したことを初めて間接的に認め、遺族に哀悼の意を表したことで、プリゴジン氏の死がほぼ確認された。次は墜落事故の原因解明だ。

自家用ジェット機墜落で死去した「ワグネル」のプリゴジン氏(ロシアの独立系ニュースサイト「メドゥ―ザ」2023年8月25日から)

欧米諸国の指導者や大手メディアは墜落事故の背後にはプーチン氏の関与がある、という点でほぼ一致している。その背景には、プーチン氏が政権を掌握して以来、体制の批判者、野党指導者、国家の裏切り者に対して、毒殺や橋からの墜落死などを演出して粛清してきた歴史があるからだ。その意味で6月の反乱を主導したプリゴジン氏らワグネル指導者は遅かれ早かれ同じ運命になるだろうと、多くの西側情報機関は予想していた。

ドイツ語圏の代表紙、スイスの日刊紙ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング(NZZ)は24日電子版で「プーチン政権が公開処刑を行った」という見出して、プリゴジン氏らワグネル指導者たちの墜落死を報じている。プリゴジン氏の墜落死を単なる事故死ではなく、世界が目撃できる公開での処刑としたのだ。

少し説明する。プリゴジン氏が率いるワグネルの傭兵部隊がプーチン体制の打倒を掲げてモスクワに進軍したが、突然、撤退した通称「24時間の反乱」はベラルーシのルカシェンコ大統領の仲介を受け、プーチン大統領が反乱関係者への免責を約束し、ワグネルのベラルーシへの移動などで合意して、一件落着した。しかし、プリコジン氏はその後、自由に行動し、墜落事故直前はアフリカからビデオ・メッセージを配信していた。

一方、国家転覆をはかったプリゴジン氏やワグネル指導者への処罰を下さなかったことで、クレムリンのエリートたちの間で「プーチン氏の指導力が弱くなった」という囁きが広がっていた。プーチン氏にとって非常に危険なシグナルだ。なぜならば、プーチン氏はプリゴジン氏の反乱直後、「国家の裏切り者は許されない」と叱責してきたにもかかわらず、反乱後、何も実行できない弱い指導者と受け取られ出したからだ(「プーチン『私は弱くない』と誇示」2023年8月25日参考)。

そこでプーチン氏はプリゴジン氏らの動向を監視し、同氏を含むワグネル指導者が一同に搭乗したプリコジン氏の自家用ジェット機をターゲットにジェット機墜落事故を演出し、プリコジン氏らワグネル指導者を殺害した。ZNN紙は「プーチン氏は(プリゴジン氏の)公開処刑を演出した」と表現したわけだ。

死去した10人の搭乗リストには、プリゴジン氏のほか、彼の右腕であり、総司令官ドミトリー・ウトキン氏の名前があった。ウトキン氏はワグネルの創設者であり、自身の戦闘名である「ワグネル」を軍団全体に与えた人物だ。また、グループの安全担当責任者ヴァレリー・チェカロフ氏や、プリゴジン氏のボディーガードらも搭乗していた。

すなわち、ワグネルのほぼ全ての指導者が同じジェット機に搭乗していたことになる。彼らの暗殺を計画する者にとって、絶好のチャンスとなる一方、プリゴジン氏は身辺の安全対策の上で大きなミスをしたことになる。

例えば、プリゴジン氏とウトキン氏が別のジェット機に搭乗していた場合を想定してみてほしい。2人のうち1人だけが暗殺された場合、生き残ったもう1人の指導者がプーチン大統領打倒に向かって2度目の武装蜂起を傭兵隊に呼び掛ける危険性が排除できなくなる。そこでワグネル指導者が一同に集まる時を待っていたのではないか、という憶測が湧いてくる。

最後に、プリゴジン氏とウトキン氏亡き後のワグネルの行方だ。西側情報機関は、ワグネルがアフリカで政治的な不安定な国を軍事支援する一方、鉱物資源の開発権の確保など経済的利益を得てきたと見ている。主人なきワグネルがこれまで通り、アフリカで活動を継続できるか否かは不明だ。

ちなみに、ロシアにはワグネルの他にも民間軍事会社が既に存在する。オーストリア国営放送(ORF)のウェブサイトによると、それらの私設軍隊はロシア国防省と直接関連があるとされており、ウクライナでの攻撃戦にも関与している。

ワグネルと直接競合してきたレデュート・グループがその一つであり、別名「レデュート」とも呼ばれている。彼らは今年になって既に7000人以上のメンバーを抱えており、この部隊はオリガルヒのゲンナジー・ティムチェンコ氏とオレグ・デリパスカ氏によって資金提供されているという。

その他に、ショイグ国防相が2018年に創設した私設軍「パトリオット」部隊や、エネルギー企業ガスプロムは「ファケル」「プラムヤ」「ポトク」の3つの私設軍隊を持っている。また、クリミア半島のロシア派遣知事セルゲイ・アクショーノフ氏が設立した部隊「コンヴォイ」などが存在するという。

いずれにしても、プリゴジン氏が搭乗した自家用ジェット機がモスクワ北西のトベリ州で墜落し、燃え上がる映像は、クレムリンのエリートたちにプーチン氏の恐怖政治を肌で感じさせたことは間違いないだろう。プーチン氏の「公開処刑」の演出効果は大きかったはずだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年8月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。