「不安」: 極右台頭と陰謀説の拡散

欧州のテロ問題エキスパート、英国のキングス・カレッジ・ロンドン教授のドイツ人政治学者ペーター・ノイマン氏は29日、オーストリア国営放送の夜のニュース番組で欧州の政界でみられる極右派政党の台頭について、「彼らは一部のメディアがいうようなファシストではない。民主主義の政治枠組みを否定せず、それを利用しながら、司法・裁判所を弱体化し、メディアを統制することで権力を掌握しようとしている」と説明、実例としてオルバン首相のハンガリー、エルドアン大統領のトルコ、愛国主義派政党「法と正義」(PiS)が統制するポーランド、そしてイタリアのメローニ現政権などを挙げている。

エドヴァルド・ムンク作「叫び」 Wikipediaより

同教授は最近、新著「不安の論理」を発表したばかりだ。同教授によると、現代は「不安」があらゆる分野で独占的な影響を与えている時代だ。コロナウイルスのパンデミック、不法移民・難民の殺到、地球温暖化と気候不順、ウクライナ戦争などがたて続きに生じ、多くの人々は未来に不安を感じている。そのような時代になると、人々はその不安の元凶を探し、犯人探しに乗りだす。極右派の政治家たちは、①自国に侵入する外国人(難民・移民)、そして②リベラルなインテリ、エリート層をスケープゴートとすることで、不安に悩む人々の心を捉えていくというわけだ。

「不安」は極右勢力を台頭させるだけではなく、新たなビジネスを生み出していくが、看過できないことは、「不安」の時代には無数の陰謀説も生まれてくることだ。既成の政党や政府への信頼感を失う一方、ドイツではポピュリズムと陰謀論が蔓延している。

世論調査フォルサが7月、ホーエンハイム大学の依頼を受けて実施した調査結果(4024人をインタビュー)によると、ドイツ人の4人に1人は、政治は「秘密権力」によってコントロールされていると確信し、ドイツ国民の5分の1はマスメディアが「組織的に嘘を報じている」と信じているというのだ。(以上はドイツ民間放送nTVウェブサイト2023年8月29日の「Viele Deutsche glauben an “geheime Machte”」を参考にした)。

コミュニケーション科学者のフランク・ブレットシュナイダー氏は、「ドイツ人の3分の1は広い意味で右翼ポピュリストの世界観を持っている」と調査結果を総括している。およそ6人に1人(16%)が、この国は現在「民主主義というよりも独裁国家に近い」状態であることに同意している。また、2022年から23年にかけて、民主主義の機能に対する満足度は10%減らし、連邦政府への信頼は、他のどの機関よりも大きく低下したというのだ。

ブレットシュナイダー氏は、「人々はフラストレーション、不満が強まると、有罪者を捜し出し、人は自分の世界と真実を一緒くたにしてしまう」と説明している。

「なぜ人は容易に陰謀説を信じるのか」をテーマにさまざまな研究が行われている。秘密のエリートが世界の運命を支配しており、コロナのパンデミックは存在しなかったし、2001年9月11日の米同時多発テロ事件は米政府自らが演出し、ニューヨークのツインタワーを破壊した、といった良く知られた陰謀論からそれに類似した無数の陰謀説が流れた(同上2023年6月26日の「Warum glauben Menschen an Verschworungstheorien?」)。

問題は、なぜ一部の人はそれらを信じてしまうのかだ。学術雑誌「Psychological Bulletin」に掲載された新しい研究では、性格特性と動機の組み合わせが原因であるとされている。

米アトランタにあるエモリー大学の筆頭著者ショーナ・ボウズ氏は、「陰謀論者は、ポップカルチャーがよく描くような単純な人や精神異常者ばかりではない。多くの人は、抑圧された動機を満たし、苦痛や障害を説明するために陰謀論に頼る」という。

研究者らは調査のために、主に米国、英国、ポーランドからの15万8000人以上が参加した170件の研究のデータを分析した。主に、陰謀論信者の性格と動機を調べていった。その結果、特定の性格特性が人々を陰謀論に陥りやすくしていることを発見した。陰謀説を信じやすい人は、不安、偏執的、引きこもり、操作的、自己中心的な傾向があるという。逆に、オープンで良心的で自分の感情をコントロールできる人は、陰謀論的思考の傾向が低いという。

参考までに、フェイクニュースを信じやすいタイプとして、独ヴュルツブルク大学の心理学者ヤン・フィリップ・ルドロフ氏はダークパーソナリティトライアドを挙げ、ナルシシズム、マキャベリズム、精神病質の3つパーソナリティ特性を指摘している。ナルシストは優越感を感じ、注目の的になることを好み、マキャベリの人は権力と地位を求める。一方、サイコパシーの特性は、衝動的で恐れ知らずの行動が特徴だ。これらの特徴には共通の核があって、ダークファクターの性格が強い人は、他人のことを気にせず、自分の利益だけを考えている」と述べている(同上2022年11月19日のDunkle Personlichkeitstriade”から)

「不安」はもちろん、ネガティブだけではない。「不安」を感じることでそれを解決するためにさまざな努力を繰り返すことで新たな可能性を見出すことが出来る場合もあるだろう。ただ、それを見出すまでは忍耐と時間がかかるから、どうしても現在の不安を取り除くためにインスタントな解決策、陰謀説に走る人々が出てくるわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年8月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。