男性の性暴力やセクハラ行為は「生物学的」宿命なのか①

衛藤 幹子

DJ SODA氏のセクハラ事件では被害者を非難する声が溢れた。伊藤詩織氏は「5年前と変わらない」と嘆息した(AERA dot.、2023年8月24日)。こうした状況に対し、西谷格氏は「警備体制に問題があった」、「服装の露出が過度に高かった」、「性を売りにしている」等の批判を一つ一つ論破、胸のつかえが下りた(Newsweek、2023年8月21日)。

レイプ、配偶者や恋人など親密な関係にある相手に対する暴力(DV)、ストーカー行為、セクハラといった性犯罪は、女性が犯行に及ぶ事例もあるが、加害者は圧倒的に男性だ。男性はなぜ性犯罪を犯し易く、また加害男性を擁護する傾向にあるのか。

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まず、最も一般的で、多くの人が受け入れている(と思われる)のが、男性の「生物」としての生理的特徴による説明である。

性的衝動と暴力への指向性はともに、男性らしさを形成するホルモンのテストステロンに関連している。このホルモンは女性にも分泌されているが、男性の5〜10%程度にすぎない。また、性衝動と暴力指向性は、神経伝達物質の一つで、精神的安定や幸福感をもたらすセロトニンの分泌にも関係している。

セックスや暴力は自律神経の働きを高めてセロトニンの分泌を促し、快楽と脳の報酬システム(要求の充足が快感や幸福感を喚起する仕組み)を刺激する。テストステロン値が女性の10〜20倍の男性は性衝動や暴力に走り易い一方、その達成が彼らの精神的満足をもたらすというメガニズムが働く(Noam Shpancer, “When Men Attack: Why (and Which) Men Sexually Assault Women,” Psychology Today, Feb. 20, 2019)。

しかし、言うまでもないが、すべての男性が性犯罪者になるわけではない。そんな行為に及ぶのは一部だ。「生物学的決定論」は、個々人の違いや多様性を否定する、極めて硬直的で誤解を生じさせる説明である。

テストステロンは、男性の体格を優位にして、体力的に女性を劣勢に立たせ、性衝や暴力への衝動を助長はしても、直接的な原因ではない(S. ミムズ「テストステロンは悪役か」日経サイエンス、2008年8月号 )。しかも、この説明には、性犯罪は男性の生物学的特性の暴走、言わば「男の業」などと、その行為に言い訳を与えてしまう恐れがある。被害者のありもしない落ち度を言い立てて、加害者を擁護するような言説が罷り通る背景にも、「生物学的決定論」が見え隠れする。

そこで、重要になるのが、後天的要因、すなわち生まれ育った家庭環境と社会・文化のありようである。アメリカ疾病管理予防センターは、幼少期から成人するまでの家族、友人関係の影響を指摘する(CDC, Violence Prevention)。たとえば、家族(特に父親)による身体的/性的/心理的な虐待、暴力が横行する家庭環境、愛情の希薄な親子関係、攻撃的で過度の男らしさを誇るような友人との親密な関係などである。

社会における女性の地位が低く、男性優位と女性蔑視の文化が色濃く残っていると、そうではない社会よりも性暴力を誘導する傾向がみられる(Gurvinder Kalra and Dinesh Bhugra, “Sexual violence against women: Understanding cross-cultural intersections,” National Library of Medicine)。

カナダのエドモントン性暴力センターによると、性暴力の動機は性的快楽よりも弱い立場の相手を支配し、自己の優越性を示すことにあるという。相手を屈服させることで快楽を得たり、高めたりするわけである(Sexual Assault Centre of Edmonton)。

ジェンダー不平等が放置され、女性や性的マイノリティが弱い立場に追いやられ、「男性」の優位性が温存されているような社会は、性暴力との親和性が高いのである。フェミニストは、このような社会のシステムを「家父長制」と呼んできた。

ここで主導権を握るのは、性的に(多文化社会では人種や民族においても)多数派かつ年長の男性であり、性的少数派や年若い男性も女性と同じように被支配的立場に立たされる。故ジャニー喜多川による少年への性的虐待も彼とその事務所の「家父長制」な体質が影を落としていたのではないだろうか。

したがって、性暴力の抑止にジェンダー平等は欠かせない。性暴力の厳罰化、性教育など様ざまな予防策はあるが、長期的にはジェンダー平等社会を実現していくことだ。

では、ジェンダー平等は実際に効果を発揮しているのであろうか。表は、EU諸国のジェンダー平等の程度と性暴力/セクハラの被害状況を比較したものである。残念ながら、表はジェンダー平等指数の高い国ほど性犯罪の被害者の比率が高い傾向を示す。なかでも、ジェンダー平等先進国の北欧における被害の高さには正直驚かされる。

表 EU諸国にみるジェンダー平等と女性の性被害の関係
※性的被害の調査年に最も近い2015年のデータを使用、出典:EIGE Gender Equality Index, GEIについては、https://eige.europa.eu/gender-equality-index/about を参照のこと
※※2012年から2013年に28加盟国42,000人の女性を対象に調査をした。なお、本調査ではイギリスが含まれていたが、2015年のジェンダー平等指数には入っていなかったので割愛した。出典:Violence against Women : an EU-wide survey
※※※同上調査による。身体的接触(キス、ハグなど)から猥褻な写真を見せる、SNS上の性的なプライバシーに関する中傷まで11項目のセクハラ行為のうち1つ以上該当した者の比率である。

見事に期待を裏切る結果である。しかしながら、私は、これを以て、ジェンダー平等は性暴力の抑止には効果がないとは考えない。それどころか、ジェンダー平等が進んでいるからこそ女性の性被害の訴えが多いのではないかと分析する。なぜか。理由は次回の投稿で述べたい。