市事故調の調査結果
昨年9月24日に発生した裾野市民文化センタースプリンクラー大ホールにおける放水事故に関して、裾野市が組織した事故調査委員会(以下「市事故調」)は6月27日に「原因は特定できない」という結論を出している。
(前回:裾野市民文化センタースプリンクラー放水事故②:人為的操作の可能性はあるのか?)
加圧用配管と呼ばれる直径20 mmで設備を動作させ放水させる配管への漏水量が論点となっていたが、市事故調が行った漏水量調査結果とキッツ(バルブメーカー)が行った漏水量調査結果に矛盾があったとのことである。以下は静岡朝日テレビの2023年6月27日の記事からの引用である。
27日調査委員会は裾野市への最終報告を行い、原因として可能性が指摘されていた配管内の水漏れは「誤作動を起こし放水につながる水量には達していなかった」と説明しました。
一方、メーカーがバルブを取り外して行った本体の調査では、内部に傷を発見し、そこからわずかな時間で放水の解放弁※が作動してしまうほどの漏水が確認されました。調査結果に矛盾があり、また当時の状況を再現することが難しく、これ以上調査ができないことから事故調査委員会は次のように結論付けました。
事故調査委員会 近藤淳委員長:「本件事故の原因は特定できない。ただし、本件事故が人的な操作以外で発生した可能性は排除できないということになります」
(※ 解放弁ではなく正しくは開放弁)
アゴラの別記事に書いたが、市事故調の漏水量調査は実際には事故の当事者であるニッセー防災および日本ドライケミカルが計画立案、実施、結果報告まで行っており、漏水量を少なく見せかけるための不正が行われた可能性が高い。
市事故調の漏水量調査のデータを見ると漏水量が不自然かつ不規則に増減しており理論的に全く説明がつかないものとなっている。こういった実験は何度やっても誰がやっても同じ結果にならければならずそうでなければ重要な判断の根拠として使うべきではない。
再現性がなく全く説明がつかない結果であったにも関わらず何故調査をやり直さなかったのか。時間的な制約がありやり直すことができなかったのであればなぜこの結果を最終判断の根拠として採用したのか理解不能である。
ちなみに楽団側も同様の漏水量調査を現地で行っておりキッツに近い結果を得たが市事故調において一切考慮されることはなかった。
市事故調の最終報告書の明らかな間違い
市事故調の最終報告書(P41)にはキッツの漏水量調査結果を「不自然に多すぎる」としており、その理由を、
計算上は最終点検実施日(令和4年5月16日)からわずかの期間で放水に至るという不自然な結果となることからすればバルブ調査の結果をもって放水の原因と特定することもできない
としている。
実は市事故調のこの説明は誤っている。この調査によって調べたのはバルブからの累積漏水量あるいは加圧用配管への累積流入水量であるが、この設備は累積漏水量(あるいは累積流入水量)がある値に達したらすぐに誤作動して放水するというわけではない。
漏水によって加圧用配管が充水されても圧力が動作圧力(市事故調は設備の動作圧力を0.3~0.4 MPaとしている)に達せず誤作動しないという状態が長く続くことがあり得る。累積漏水量(累積流入水量)がどれだけ増えても全く誤作動しないということも考えられるのである。
よって累積漏水量(累積流入水量)によって誤作動の時期を特定することはできない。市事故調は加圧用配管が充水されかつ圧力が低いという状態があることを理解しており、彼らが「誘発作動」と呼ぶ実験を行っている(最終報告書P29)。よって報告書のこの説明は矛盾している。
市事故調の説明にある「わずかの期間で放水に至る」の部分を「わずかの期間で充水に至る」と読み替えると、この「わずかの期間」は系統1については4.4日(9.4 リットル÷ 2.16リットル/日≒4.4日)となり、系統3については13.1日(9.4 リットル÷ 0.72リットル/日≒13.1日)となる。
市事故調の疑問は、こういった短期間で加圧用配管が充水されたのかということになる。
※※ 9.4リットル、2.16リットル、0.72リットルの各数値については市事故調「最終報告」添付資料18を参照
圧力点検記録から分かった事故前の最終点検後の大量の漏水
公文書開示請求によって裾野市が開示した設備の圧力点検記録が1992年4月から2022年9月まで30.5年分あり、この期間に計62回行われた消防設備点検後のアラーム弁一次側および二次側の圧力推移を全てデータ化した。
事故前の最終点検(2022年5月16日)から事故が起きた9月24日のデータ(資料①)を見ると点検後の5日間、10日間、15日間で過去62回の平均値を大幅に上回る急激なアラーム弁二次側圧力(以下「二次側圧力」)の低下があったことが分かった。その値は点検後5日間では0.16 MPa(過去平均の3.5倍)、10日間では0.20 MPa(過去平均の3倍)、15日間で0.23 MPa(過去平均の2.5倍)であった。
この設備には補助ポンプと呼ばれる漏水等による圧力低下の際に自動的に起動して昇圧するポンプがついておらず圧力低下の際は設備業者(現在はニッセー防災)が呼ばれて消火ポンプを手動で起動して昇圧していた。
この62回の点検のうち圧力低下のため次回の点検を待たずに消火ポンプを起動して昇圧したケースが33回(53.2%)あり、消火ポンプを起動しなかったケースが29回(46.8%)あったが、消火ポンプを起動しなかった(つまり漏水が少なかった)29回のケースにおける二次側圧力低下の平均値(182.5日換算)は0.15 MPaであった。
よって昨年5月の点検後は、漏水が少ないときは6か月分に相当する値を超える圧力低下がわずか5日間で起きていたことになる。また、市事故調が31日月間かけて行った漏水量調査においては二次側圧力(3階における推定値)が初日の0.78 MPaから最終日の31日目には0.61 MPaと0.17 MPa低下(市事故調「最終報告」添付資料11および13を参照)しているが、昨年事故前最終点後はこの値に近い0.16 MPaの圧力低下がわずか5日間で起きていた。
よって市事故調の漏水量調査は昨年事故前の最終点検後の状態を再現したとは言い難い。比較のために漏水が少なかったと思われる2020年1月20日の点検後の圧力推移のグラフを添付する(資料②)
この圧力の推移から昨年の事故前の最終点検実施後に大量の漏水があったことが伺えるが、キッツおよび楽団の漏水量調査結果は全く不自然ではないということになる。
点検時に加圧用配管から排水を行うと加圧用配管が空になるので充水されやすくなる。市事故調がキッツに調査を依頼して発見したバルブ(加圧用テスト弁)の傷とその傷が原因による漏水によって加圧用配管が最終点検実施後の早い段階で充水されていた可能性が非常に高い。加圧用配管が充水されているが圧力が低いという状態が約4か月間保持された後、気温の変動によるアラーム弁二次側および加圧用配管圧力の変動によって一斉開放弁が開放して放水に至ったと考える。
なお圧力推移のグラフを見比べて分かったこととして2018年からバルブからの漏水の特徴が顕著に出ている。2018年1月と6月のグラフには漏水の特徴が顕著に出ていたが2019年と2020年には特徴が消えている。2021年7月に再び特徴が現れており2022年1月と5月には特徴が顕著になっている。点検後のバルブの閉め方次第で漏水が多かったり少なかったりしたものと思われる。
スプリンクラーは過去に誤作動していた
事故当初、この設備は「過去に誤作動はなかった」と報道されている。以下は2022年10月19日NHKの報道からの引用である。
裾野市によりますとスプリンクラーは、市民文化センターがオープンした1991年に設置され、この30年余り配管の中の水圧が下がることはあったものの、今回のように突然作動し散水するトラブルはなかったということです。
この説明は虚偽かあるいは誤りである。
裾野市が開示した圧力点検報告の2001年1月9日(休館日)の欄に「17:05 スプリンクラー放出 ランプ点灯」との記述があり(資料③)、22年前にスプリンクラーが誤作動していたことが判明した。
このときの状況は年末年始の休館期間直前である2000年12月26日に消火ポンプを起動して二次側圧力を8.8 kgf/cm2まで昇圧したにも関わらず年始の2001年1月6日に6.0 kgf/cm2に下がっており、同日に消火ポンプを起動して再度昇圧してその3日後に誤作動が発生している。
消火ポンプ起動後に急激に圧力が低下したという点においては昨年の事故前の5月の点検時と同じである。バルブがきちんと閉じられていなかったかあるいはバルブからの漏水によってこのときに加圧用配管が充水されてそのために圧力が低下したのではないか。
さらに1999年5月26日には二次側圧力が3.1 kgf/cm2まで低下しておりこれも誤作動の可能性が高い。前日の1999年5月25日に調整のために二次側圧力を下げた後で異常が起こっている。何らかの原因で加圧用配管が充水されており二次側圧力を下げた際に力のバランスが崩れて誤作動したものと推察する。
その他にも二次側圧力が1.1~1.5 kgf/cm2程度に低下したケースが3回あるがこれらのケースについては誤作動でなければ何らかの工事があった可能性がある。
市事故調は疑問に答えずに解散
市事故調は6月27日の最終結論を発表した後すぐに解散している。調査報告書内に明らかな誤り(前述)があり、漏水量調査における不正の疑いがあるにも関わらず、楽団側は質問をする機会すら与えられていない。
以下は楽団が公表している、裾野市代理人(兼元市事故調事務局)の御宿弁護士が8月24日に楽団に送ったメールからの抜粋である。
ご指摘(協議の前提)の件ですが、裾野市としては、事故調査委員会の「事故原因は特定できない」という最終意見を前提としております。
また、協議において改めて貴楽団と事故原因について議論することは考えておりません。
裾野市として事故原因を解明する気はなく「原因は特定できない」という6月27日の結論を1ミリも動かしたくないようである。市事故調の調査は責任の所在を曖昧にして損害賠償額を減額する根拠としてのこの結論を得ることのみが目的であったのではないか。
誤作動防止策は事実上「何もなかった」
今回の事故の再発防止策として一番重要なことは、加圧用配管が意図せず充水してしまうことを防ぐために、オートドリップあるいはオリフィスという小さな部品を加圧用配管に取り付けて溜まった水を自動的に排水することである。
裾野市民文化センターの開放型スプリンクラー設備においてはオートドリップもオリフィスもついていない。
消防法でこの設備の誤作動防止は義務付けられていないが、一部の消防設備メーカーは1980年代からこの方法を採用しており現在は加圧開式開放型スプリンクラー設備の標準的な誤作動防止策となっている。またオートドリップやオリフィスを取り付けた後はそれらが詰まっていないか定期的に確認する必要がある。
この設備にオートドリップやオリフィス等の標準的とされる誤作動防止策がとられていないという指摘について、日本ドライケミカルは「点検時に排水バルブを開いて水が流れないこと(つまり加圧用配管内に漏水が溜まっていないこと)を確認している」と回答している。
加圧用配管内への漏水は多いか少ないかの違いはあれ常に発生していたと思われる。その根拠は市事故調が約1か月間かけて行った漏水量調査である。不正に漏水量を少なく見せかけていたことが疑われるこの調査においても、加圧用配管内への少量の漏水を確認している。
しかし過去の設備点検報告書内において加圧用配管内の漏水を確認したという記述は一切見当たらない。圧力点検報告のデータから作成した2018年6月18日の点検後の圧力推移のグラフ(資料④)を見ると、この期間(2018年6月18日~2019年1月21日)においては二次側圧力の低下が非常に激しく7か月間に消火ポンプを3度も起動して昇圧をしており、昨年の事故前以上の大量の漏水があったことは明らかである。
水がどこかに消えることはないので加圧用配管が充水されていたことが強く疑われるが、2019年1月21日に実施された設備点検の報告書において漏水に関する記述は一切ない。点検業者が主張する点検時の加圧用配管内への漏水の有無の確認は実際には行われておらず、事故以前にこの設備の誤作動防止策は「何もなかった」のではないか。
再発防止策を公表できないのはなぜか
以下は裾野市のホームページ内にある、事故から約1か月後の2022年10月27日に開催された村田悠市長臨時記者会見(裾野市民文化センターのスプリンクラー作動による浸水被害の件について)の資料からの引用である。
市は、本施設の所有者として、今回の事象の原因を究明し、再発防止を図らなければならないと考えております。
市長のこの発言は完全に正しい。このような事故が発生した後で、再発防止策をまとめて今後の知見として他の施設においても参考にできるようにすることは、非常に重要である。
今回の事故の再発防止策としてはオートドリップあるいはオリフィスを取り付けてさらに加圧用配管の充水の有無を定期的に確認することである。
市事故調もこれらの誤作動防止策が必要であることは理解していたと思われるが、公表してしまうことにより誤作動の原因につながる設備や管理上の瑕疵が明らかになることをおそれたのではないか。市民文化センター大ホールの利用を再開するのであれば再発防止をすることは当然であり市民への十分な説明が必要である。
委員に専門家を選ばなかったのはなぜか
この調査に本来必要だったのは、水を使った消火設備の作動原理に詳しい流体力学(水力学)の専門家である。しかし委員長を務めた静岡大学の近藤教授はセンサーの専門家であり、委員の静岡理工科大学の丸田教授はコンクリートの専門家である。
公文書開示請求によって関係者のメールのやりとりを入手しているが、事故翌日2022年9月25日ニッセー防災から指定管理者への『開放型スプリンクラー放出事故に関する検証等』において、「裾野市民文化センター様のシステムは、火災感知器等との電気的な連動方式は一切無い」と(原文ママ)、センサーとは関係がないことが記されているにも関わらず、裾野市は「センサー(基盤)に詳しい方と配管も含めスプリンクラーの構造に詳しい方の2名が必要ではないか」として、センサーの専門家を委員長に起用している。
静岡大学や静岡理工科大にも流体力学の専門家がいるようであるがなぜ選ばれなかったのかその理由は不明である。
調査当初から楽団は完全に除外されており、「委員に予断を抱かせる」あるいは「自由かつ任意な協議に支障が生じる」という理由で、委員との接触も禁止されていた。本当の専門家であれば誰から何を言われても毅然と対応するものである。委員は本当の専門家ではないので他人の意見に惑わされてしまうことを認めているのではないか。
900万円の公金を使い8か月の時間をかけて専門家ではない学識者に依頼をして一体何をしたかったのだろうか。結果として事故原因を究明できず、さらに報告書内の明らかな誤りと調査における稚拙な不正を指摘されることになってしまったのではないか。
事故当初「人為的操作」を強硬に主張した理由は間違っていた
事故当初、「設備の誤作動はあり得ず人為的操作しか考えられない」と裾野市が強硬に主張していたことが報道されていた。このときの印象が強く残っていて「そこまで言うのであれば何か根拠があるに違いない」と現在もこの可能性を信じる人がいるのではないだろうか。この主張によって楽団が犯人と疑われるという二重の被害が発生した。点検業者に確認したところこの主張の出所は、事故対応にあたった日本ドライケミカルの社員であることが分かっている。
筆者は本年1月にこの社員と直接話をしたが、その主張は「系統1と系統3という独立した2つの系統が同時に誤作動することは確率的にあり得ない」であった。
この設備が誤作動する確率は不明だが、仮に年に1%程度(毎年100あるうちの1つが誤作動する確率)とする。この設備には4つの系統があり、それらが完全に独立しているとすると、そのうち2つの系統が同時に誤作動する確率は年に0.01% (毎年10,000あるうちの1つが誤作動する確率)となり、十分に低い確率となる。これが事故当初に「人為的操作」をあれほど強く主張した根拠であった。
しかしこの主張は1月末頃までに完全に撤回している。また設備の各系統は実際には完全に独立しておらず、市事故調が2月8日に行った実験によって、2つの系統が充水されているとき、ある系統の作動が別の系統を作動させること、つまり誤作動によって同時に2つの系統が作動することがあり得ることが確認されている。
裾野市は事故当初のこの主張を撤回したことについて、詳しい説明をしていない。裾野市が「人為的操作」を主張する具体的な根拠や証拠について、現在は何もない。市事故調が事故の原因を特定できなかったので人為的操作の可能性を否定できないという消去法による理由のみである。
まとめ
キッツが発見したバルブ内の傷、キッツと楽団の漏水量調査結果、開示された圧力点検報告のデータから分かった事故前の点検後の大量の漏水、同じく圧力点検報告内の過去の誤作動に関する記述は昨年9月24日の放水が設備の誤作動であったことを示す具体的な証拠である。
その一方、「人為的操作」について具体的な根拠や証拠はない。市事故調の議事録(第4回および第5回)によると、市事故調は裾野署の捜査状況を確認しており、2023年3月3日の会議(第5回)でその結果を報告したとあるが捜査状況の詳細は議事録にない。
また市事故調の議事録(第6回)には「日本ドライケミカルから、調査委員会作成にかかる報告書内には、事故当日の状況等を前提に、人為的可能性を推論する旨の記載がなされる可能性があるのか質問があった」との記述があるが、市事故調、裾野市、ニッセー防災、日本ドライケミカルは肝心の「事故当日の状況」を確認していない。
警察が犯人を見つけられないのであれば自ら調査するべきであるが、楽団および舞台関係者の誰がどこにいたのかを一切把握していない。さらに別記事で書いたが放水後に手動起動弁を「閉める」ことは実は簡単ではなくかつ不自然であるが、この辺りの説明も一切されていない。
事故当初、裾野市は間違った思い込みが原因で、被害者を明らかに犯人扱いしていた。裾野市から公式な訂正や謝罪がないため、世間には今でも誤解している人がいるのではないか。以降も虚偽説明、隠ぺい、調査における不正とやりたい放題で自治体がそこまでやるかと思うほど悪質な対応を続けている。
市事故調の委員は調査の権威づけに利用された可能性が高いが、このままでは裾野市が賠償責任を逃れるために行ってきた悪質な行為に結果的に加担することになってしまうのではないか。
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牧 功三
米国の損害保険会社、プラントエンジニアリング会社、
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