関東大震災から100年の教訓:ヘイトではなく災害を語れ 

松野博一官房長官が先月末の記者会見で「虐殺の事実関係を把握する記録は見当たらない」と主張するなど、事実に向き合おうとしない風潮は根強い。参加者たちは「負の歴史から目をそらさず、二度と繰り返さない社会をつくろう」と誓い合った。

関東大震災100年 朝鮮人虐殺、犠牲者視点で朗読劇 「負の歴史 繰り返さぬ社会に」横浜で追悼会 330人参加:東京新聞 TOKYO Web
関東大震災後に広がったデマにより、自警団や軍隊などに虐殺された朝鮮人の「神奈川追悼会」が2日、横浜市西区の久保山墓地で開かれた。松野博...

朝鮮人虐殺の再来を危惧するならば、100年前に起きた虐殺ではなく、震災後今日至るまでの100年間「虐殺はなかった」事実から目をそらさず、その構造を解析・延長させることを考えるべきである。

関東大震災 京橋の第一相互ビルヂング屋上より見た日本橋および神田方面の惨状 Wikipediaより

関東大震災後の100年間、阪神淡路大震災・東日本大震災のような関東大震災に匹敵する大規模地震が起きたにもかかわらず、朝鮮人虐殺はおろか在日外国人への虐殺は起きていない。

100年間「虐殺はなかった」シンプルな理由は防災対策、特に火災対策が進み被災者のパニックが抑制されたからである。

関東大震災の死者・行方不明者のほとんどは火災である。その割合は9割を超える。当時の日本は木造住宅が主流であり、地震とは建物の倒壊、津波の到来だけではなく火災も意味した。

関東大震災発生から東京は約3日間にわたり火災に襲われ文字通り焼野原になった。被災者は焼野原の中にいたのだ。

そして「被災者は焼野原の中にいた」という事実は、彼らは深刻な情報不足に置かれていたことを意味する。「朝鮮人が井戸に毒を投げ入れた」というデマが受容された原因として情報不足が大きかったと思われる。

現在のように子どもでもスマホを持つ「情報過多」社会ではデマが流れたとしても直ぐにそれを否定する情報発信が可能である。

しかし、情報不足の環境では「デマ否定の情報発信」は期待できない。関東大震災直後の焼野原と、現在のSNSの情報洪水は、真逆の環境である。

このことからSNS上の差別表現を根拠に「現在も朝鮮人虐殺のリスクがある」と評価するのは誤りである。

とってつけたように2018年の熊本地震での外国人犯罪の誤情報が取り上げられるが、武装した自警団が多数結成された事例とこれを同一に評価するほうがおかしい。

マスコミはデマを警戒するがどうだろうか。災害時におけるマスコミの役割は積極的な情報発信であり、デマの警戒は情報発信の抑制に繋がりかねない。

「デマは駄目だ」というのはあくまで一般論に留め、災害時、マスコミは積極的な情報発信に努めるべきだ。

「政府の崩壊」の結果として官憲の暴走

この朝鮮人虐殺を巡っては官憲が組織的計画的に殺傷に関与・煽動した事実が強調されるが、「地震予知」は今日でも実現していない技術なのだから、震災直後は官憲も相当な混乱に陥ったと考えるべきである。彼らの暴走は差別意識の結果というより「政府の崩壊」現象と解釈するほうが自然である。

官憲の暴走を考えるうえで、首都に駐屯・駐在する軍事・治安組織は精鋭であり高い使命感を有していることも重要である。彼らはまさに国家の中枢を守らんとする部隊だ。

こういう部隊が突然の地上の崩壊により「政府の崩壊」「国家の瓦解」を予感したときに、その高い使命感が瞬時に肥大化、攻撃(部隊の主観は防衛)へと走らせることは不思議なことではない。彼らの暴走は終戦直後に皇居を一部占領した陸軍強硬派と同じといえるのではないか。

職務に意欲的な部隊こそ暴走を起こすという視点を持つべきである。

そしてこの視点で言えば現在でも陸上自衛隊第1普通科連隊、警視庁機動隊など東京に駐屯・駐在する軍事・治安組織は潜在的に暴走の危険性を孕んでいる。これを防止するためのシンプルな対策は、被災地外の部隊を迅速に被災地へ集結させることである。

また、被災地での支援活動を自国の組織に限る必要もないから、外国組織の支援を受けいれることも効果的だろう。既に東日本大震災では在日米軍による「トモダチ作戦」が実施されている事実を見ても、日本人は少なくとも同盟国軍隊による災害支援には大きな抵抗はないと思われる。

被災地外の自衛隊・警察官の被災地への迅速な派遣、国際支援の積極的受入れを推進すれば関東大震災直後に起きた官憲の混乱も抑制でき、在日外国人を攻撃することはないだろう。

ヘイトではなく災害を語れ 

  • ・防火対策に重点を置いた防災対策
  • ・海外を含む被災地外の軍事・治安組織の被災地への迅速な派遣

この二つを満たしていれば関東大震災直後に発生した自警団、官憲による在日外国人への殺傷行為は防止可能であり、それを証明しているのが関東大震災後の100年間「虐殺はなかった」という事実である。

この事実を踏まえ特に重点を置くべきことは、木造住宅の解消(耐火・耐震住宅へ転換)であることは言うまでもない。木造住宅が放置されている最大の理由は日本では土地の私的所有権が強く権利調整が困難なことが挙げられる。

政治家は土地収用法を始めたとした関係法への理解を深め必要な法改正を行うべきだ。

同時にSNS上の差別表現を根拠とする朝鮮人虐殺の再来、例えば「SNS上にはヘイトスピーチがあふれており、100年前と同じ虐殺を引き起こす危険性がある」などの主張は断固拒否すべきである。

歴史のある一点に着目し、現在とのほんのわずかな共通点を根拠に「また起きる可能性がある」など著しい飛躍である。

「彼は目が二つあり耳も二つある。口も一つしかない。ヒトラーと一緒だ。彼を放置すれば再びホロコーストが起きる」という主張と同レベルであり、悪質な煽動に過ぎない。

朝鮮人虐殺自体を否定する言説が生まれたのは「歴史修正主義の台頭」ではなく、悪質な煽動への反発だろう。

当たり前だが、災害多発国の日本で大規模災害を振り返る際に、災害そのものではなく「差別」「ヘイト」について語られるようなことは絶対にあってはならない。

今、私達がやることは関東大震災後の100年間「虐殺はなかった」事実を直視し、まっとうな防災対策をやることである。

「負の歴史を直視せよ」と唱え内務省作成の公文書を読み解き朝鮮人虐殺や歴史修正主義云々語る学者・マスコミ・市民の方はこんなことに貴重な人生を浪費するのではなく消火器の操作法でも覚えることをお薦めする。

【参考】

災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 平成18年7月
関東大震災 被害を拡大させた“火の粉”の恐怖