サラリーマンと起業

私が倒産に伴い、ゼネコンを辞めてから20年を超えましたが、その時、起業の道を歩んだ人は海外勤務者でちらほらいたぐらいでした。ほぼ全員が民事再生後、新しい親会社の下か、転職して引き続き会社員を選びました。一部の定年間近だった方々は辞めてコンサルなど一匹狼的な業務をされた方もいて、中には世界中を飛び回って活躍された方もいたと理解しています。

起業はとてもハードルが高いのですが、できるかどうかの条件を思いつくまま挙げてみます。

1 やりたい仕事があり、その勝算はあるのか?
2 やり続け、また改善し続ける器量、努力、ノウハウ、知力、体力を備えているか?
3 家族の協力は得られるか?
4 資金はあるのか?

勝算ですが、これはとりもなおさずブルーオーシャン型の旅立ちなのか、誰か他の人がやっていて儲かりそうだ、とそれにあやかるのかです。日本の場合、8-9割の職種でブルーオーシャンが1年以上続くことはまずありません。早ければ数か月後にはライバルが現れ、更に大資本がそれに乗り出すと瞬く間に食われてしまいます。特に小資本で出来る飲食や小売りは業種的にユニークになりにくく、流行り廃れに振り回されます。

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またBtoBでやるのか、BtoCでやるのかも大きく違ってきます。相手が法人取引の場合、一度食い込み、信頼関係を築くと比較的長く取引関係を維持できるものの取引価格の引き下げ圧力や先方のやり方や納期に合わせる必要があること、さらには万が一、取引停止になった場合、売り上げに占める割合が大きすぎて経営を維持できなくなるリスクがあります。

個人的な経験からは一般的な小規模事業者の場合、特定法人との深すぎる取引は破滅に繋がりやすいため、バランスを取る工夫が必要だと考えています。つまり、その法人との取引が切れても影響を軽微で抑えるための工夫で私は部門内の売り上げの10%程度が目途、それ以上の比率にならないようにします。

この辺りはまだ経営のテクニック論なので二の次でよいでしょう。一番はやはり、2番目に上げた個人能力と胆力です。ズバリ申し上げるとそれなりの事業規模を夢見るなら40歳までに起業しないとなかなか厳しいと思います。起業する場合、ある一定のノウハウや知識の一本勝負をすることが多いのですが、最近のビジネスは様々なことがオーバーラップするため「専門バカ」は通じません。日本には専門性を生かした起業家が多いのですが、技術やノウハウだけで経営の応用が効かなくてはビジネスの波乗りに乗れない例はごまんとあります。

起業家なんてとてもじゃないけれどリスクという荷物を背負い過ぎてぶっ倒れるほどの努力を重ねないと独り立ちできません。ところがサラリーマン諸氏は「給与が安い」「いいように使われている」と文句を言います。それは雇用されているという「保険料」だと考えると分かりやすいでしょう。

起業家は自分で雇用を生み出していますが、雇用されている人は会社のレールに乗せてもらっています。つまり会社に使われることを了解しています。よほどのスーパーエリートサラリーマンではない限り、決められた給与、決められた仕事時間、与えられている裁量内での判断であり、時には嫌な仕事も押し付けられ、不満たらたらだけど家に帰れば「お父さん、仕事頑張ってね」と子供に言われれば我慢するしかないわけです。

サラリーマンの方が起業している人の生活を見てうらやましいと思うのは収入、時間の自由度、働き甲斐、定年がない、転勤もない、場合により家族で経営といった点でしょうか?ただ、私から見ればサラリーマンより収入が多い個人経営者はそんなに多いとは思わないのです。羽振りがよく見えるのは経費を使い、利益をゼロにして税金を払わないようにする方もいるためで、旅行やら食事やらに費消する派手な会社もあるわけです。クルマが豪勢な会社は概ね税金対策です。新車をパッと買って決算前に売って損を作り、税務対策にするわけです。欧州の高級車はその対策の典型でしょう。

どちらが良いかという話はしません。ただ、間違いなく言えるのは起業のハードルは昔よりはるかに上がった、これだけは申し上げられると思います。まさか終戦直後の闇市の中での起業を思い浮かべる人はもういないと思いますが、今は人々の欲求を満足させる仕組みは先進国ではほぼ完成しています。これからのモノやサービスの充足はドラえもんのポケットからでてくるような斬新なものでないと困らないものばかりです。

一方、商品やサービスがあまりに増えすぎて消費者や法人とのコミュニケーションが取れなくなっていて、「へぇ、そんなものがあったんだ」的なものも結構あるので営業活動の強化による売り上げ創出は可能かと思います。要は便利になり過ぎて消費者は食傷気味の中、何をどう売り込むか、だと思います。

私が日本とカナダでビジネスをしている限りでは消費活動は「メリハリ」の度合いがより鮮明になってきたと思います。使うものには使うけれどどちらでも良いものは徹底的にコストカットをするというものです。つまり駄々洩れ型の消費は減るということでしょう。

この辺りを考えるとサラリーマンは給与がちょっとは安くてもやっぱり楽です。社会基盤がより充実し便利な社会になればなるほど面倒な起業家なんてくそくらえ!になってしまうのでしょう。私なんて昭和の化石と言われそうです。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年9月10日の記事より転載させていただきました。