「定年退職後は年金でのんびり生活」は憧れか?

黒坂岳央です。

「定年退職をして年金で悠々自適な生活を」という漠然とした憧れは、もはや過去のものとなったかもしれない。

昨今、定年退職後も引き続き働きたいと考える人の意見をよく見るようになった。この手の話題に対して「日本が貧しくなり、否応なしに働き続けなければいけないからだ」といった反応が出てくるが、実際に定年退職を間近に控えた人の勤労意欲は別の理由がその源泉となっている事実が見えてきた。

いつまで働くべきなのか?

kokouu/iStock

定年後も働きたい人は多い

「定年後も働きたい」と考える高齢者はどのくらいいるのだろうか?データを見てみよう。

内閣府が発表した令和4年度の高齢社会白書によると、「定年後も働きたい」という60代以降は40%で、70〜74歳の3人に1人は仕事に従事している。これを見る限り、思ったより多くの高齢者が「働き続けたい」と考えている事がわかる。民間調査会社によるデータも概ね、似たような数値になっている。

気になるのが「働きたい理由」だ。こちらも新聞社はじめ、様々な調査会社が各自で調査結果を公表している。多少データにばらつきはあるものの、勤労意欲の理由上位は「社会とのつながりを持ち続けたい」「社会貢献や働く楽しさのため」といった「お金以外」の回答で共通している。もちろん、「家族や趣味の資金作り」といった経済的理由もある。

仕事は金銭を稼ぐ手段に留まらず、社会とのつながりを維持し、誰かの役に立っている実感を得たり、目標に向かって努力する楽しさももたらしてくれるのだ。

仕事をやめると急速に劣化する

過去記事「60代で仕事を引退してはいけない」などで何度か書いてきたが、自分自身は流行りのFIREや、退職後にテレビの番人になるライフスタイルには否定的な考え方を持っている。理由はこれをやってそれなりの数の急速に劣化する人たちを見てきたからだ。

柔和な人物だったのに料理を出すのが遅くなった店員さんに激昂して怒鳴りつけるようになったり、社会とのつながりを失った孤独感で昼間から酒びたりで鬱のようになってしまう人などである。マーケットから離れて、自分の行動を客観視して規律のある生活が崩壊すると、素の人格が出てしまうのを衝動的に止められなくなってしまうのではないだろうか。

仕事をすれば、身なりを整えたり、頭に浮かんだ言葉を無編集で口から出すとトラブルになると意識する。結果、発言は引っ込めるということにつながる。人間は社会的な動物なので、仕事によってその社会性は維持される側面は大きい。

だが、仕事をやめてタガが外れてしまえば、日を追うごとにブレーキは効かなくなり、衝動的な言動が増えていき「老害」と揶揄される。社会性を維持するためにも仕事はやめないほうが良いと思うのだ。

真っ先に老いるのは「心」

脳の機能で真っ先に衰えるのは、感情や意欲を司る前頭葉である。訓練をすれば計算能力や暗記力はかなりの程度維持できる。しかし、前頭葉が萎縮すると、感情の制御が効かなくなり極めて取り扱いの難しい人格へと変貌してしまう。そうなれば周囲から人はいなくなってしまい、孤独感を強めてますますふさぎ込む。できればこの負のスパイラルを防止したいところである。

前頭葉の萎縮を防ぐには仕事をするのが一番効くと、複数の脳医学者や精神科医が主張している。仕事をする上では前例が通用しない変化への対応を余儀なくされたり、足りない知識を学習で補ったり、価値感が異なる相手との難しい交渉をしたり、難しい決断をする場面に直面する。これらは脳にとって大変良い刺激になる。脳トレで単純な計算ドリルや漢字ドリルを解くより、お客さんと仕事のコミュニケーションを取る方が脳に良いのだ。

有名な話で100歳の双子、金さんと銀さんは痴呆の症状が出ていたが、テレビ番組で人気が出てメディア出演の機会が増えるごとに痴呆の症状が改善したという話がある。人前に露出する仕事を通じて、脳の活性化が起きたのだ。

定年退職は第二の人生のスタートと言われる。だが、人生100年時代においてはまだまだ60%、半分を少し過ぎたほどでしかない。残り40年間という膨大な時間を仕事をせず過ごすのはあまりにも長すぎる。これでは生活資金が枯渇してしまうリスクだけでなく、趣味や娯楽だけで心豊かにというには到底消費しきれる長さではない。定年退職は「心待ちにする人生のゴール」というより「仕事の第2ラウンドのスタートライン」という考え方が良いかもしれない。

 

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ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。