「ブルームバーグ」が10日、インドで開催中のG20で9日に会談したメローニ伊首相が中国李強首相に対し、一帯一路(以下、BRI)に関する投資協定から離脱する方針を非公式に伝えたと報じた。事情に詳しい関係者が匿名を条件に明らかにしたという。
イタリアは2019年3月にBRI協定に正式署名した。この中国の巨大経済圏構想は習近平が旗振り役として13年から進めている政策。習は今回のG20サミットを欠席したが、肝いりのBRIは10年経って焦げ付きが膨らむなど、曲がり角を迎えている。
「ブルームバーグ」は3日にも、「イタリア外相が訪中、波風立てずに『一帯一路』離脱する道を模索」の見出しで、離脱の環境を整えるべく、タヤーニ外相が王毅外相らと会談して離脱の可能性を協議することを、「(BRIが)期待通りの結果を出せなかった」との出発前の弁と共に報じていた。
中国がこのイタリアのBRI離脱をどれほど重大事と捉えているかが、以下に紹介する人民日報系の英字タブロイド紙「環球時報」(以下、GT)の猛烈な報道ラッシュから垣間見える。
それは5月に本格化し、その見出しは以下のようだ。
- 「GT Voice: 中国とイタリアのBRI協力は反中国勢力の犠牲となるだろうか?」(9日)
- 「米国のイデオロギー的態度で伊政府はBRI協力から遠ざかる可能性がある」(23日)
- 「イタリアは米国の圧力のためBRI契約の更新を躊躇っている、プログラムからの脱退は無駄だ」(30日)
6月24日には、「イタリアがBRIから急いで離脱すれば、イタリアのイメージ、信頼性、協力を損なうことになる」との見出しで「両国にとって、もしイタリアが性急にBRIから離脱を決めれば、間違いなくマイナスの影響を与えるだろう」とした。引き留めに必死な様子が伝わってくる。
7月はさらに増えた。皮切りは7月24日の「GT Voice:イタリアのBRIの決定は米国の影響なしに下されるべきである」との記事だ。これは「ロイター」が7月22日、バイデン米大統領は一度も自分に異議を唱えたことはないと、訪米中のメローニ首相が述べたと報じたことに関係する。
記事は、米国はBRIを中傷し、発展を抑制する戦略だが、BRIは中伊双方の利益に適うもので、19年〜22年に二国間貿易は780億ドルに達し(42%増)、イタリアの対中輸出も同時期に42%増加したとする。が、今回の離脱理由はイタリアの対中貿易赤字の拡大だ。
7月は他に下記がある。
- 「メローニはバイデンがBRIについて自身に異議を唱えたことはないと語るが観測筋は依然懐疑的」(24日)
- 「独占:中国とイタリアの実際的な協力、BRIの下で目に見える成果が増加し続けている」(25日)
- 「中伊間のパートナーシップは明るい未来を予感させる。BRI協力は無駄だという物語」(26日)
- 「イタリアがBRIを米国との取引に利用するのは間違いだ:専門家」(28日)
- 「BRIをトロイの木馬と見る西側諸国をグローバリゼーションの軌道から外す」(30日)
- 「イタリアのBRIジレンマは『米国、EUからの圧力増大』で悪化」(31日)
8月は、
- 「北京ではなくワシントンはトロイの木馬を操作する達人だ」(1日)
- 「BRI離脱がイタリアの後悔にならないように:環球時報社説」(1日)
- 「BRI構想は中国とイタリアの共同成長を促進」(2日)
- 「中国とイタリアのBRIを誇大宣伝する敵対勢力は歴史の流れに逆行:中国外相」(4日)
- 「リスク回避はイタリアの一貫性のない通商政策に相当する」(7日)
- 「ボレル氏、中国との関係強化にEUの健全な声を送り、グローバル・ゲートウェイをBRIに結びつける」「最近米国がイタリアを追い込むためにイタリアに加えた圧力を相殺するために、このような言葉を使っている…」(8日)
- 「なぜ偽名が一部の西側メディアにこれほど強い反応を引き起こしたのでしょうか?タイムズは、中国とのBRIを更新しないというイタリアの決定の可能性に焦点を当てている..」(15日)
- 「新しい協力の道 イタリアのようなケースでは、世界経済を行使するために必要な正当性を主張することはできません..」(17日)
8月1日の社説は冒頭で、クロセット伊国防相が、前政権が「即席かつ残虐に」参加を決めたBRIから、中国との関係を損なわずにどう撤退するかが今日の問題だと述べたことを「異常」と難じた。BRIは経済協力の枠組みであり、国防とは関係がないとの趣旨だ。
さらに、中国との経済協力に関して、経済を担当する西側の当局者がはるかに「穏健」であるのに対して、安保・国防の当局者がむしろ過激な態度なのは、西側諸国が安全保障問題を過度に拡大し過ぎていることの深刻さを表しているとする。
イタリアが19年にBRI加盟を決定した際、「ニューヨーク・タイムズ紙」が、イタリアを中国が西側世界に送り込む「トロイの木馬」と評し、「中国の経済的、そして潜在的には軍事的、政治的拡大が欧州の中心にまで及ぶことを可能にしている」としたことを振り返りもする。
米国訪問を終えたメローニ首相が、「米国への忠誠を示すためにBRIから脱退するのではないかとの憶測が流れていたが、後にそれが虚偽であることが判明した」と書いているから、この時点ではイタリアの離脱はない」と踏んでいたことが判る。
が、文末では「しかし地政学や米国の圧力と強制が絡むと、事態は複雑になる。私たちはイタリアが外部の干渉なしに合理的な決定を下せることを望んでいる。今こそイタリアの政治的知恵と外交的自主性が試される時だ」と不安げな様子も見せた。
そして9月に入り伊外相が訪中すると、これに関する記事は7日までに以下の9本に上った。が、10日に「ブルームバーグ」がイタリア離脱を報じて以降、関連記事は11日時点では見当たらない。
- 「伊外相の今後の中国訪問は、BRIの信用を落とす騒音にも拘わらず協力する意欲を示す」「近々行われる中国訪問は、イタリアが経済と貿易から引き続き恩恵を受けたいと望んでいることを示している…」(2日)
- 「伊外相が中国訪問は協力と対話を模索のシグナル」「-イタリア関係は両国間の協議の進展次第だが、その影響は…」(3日)
- 「伊外相の訪問は西側の『デカップリング』レトリックにも拘わらず中国との関係強化への意欲を強調」(3日)
- 「伊通商当局者、貿易と投資の国際化の『大規模な巻き戻し』の可能性は低い」(3日)
- 「イタリアの『撤退』憶測の中、王毅外相はBRIを称賛。経済的困難に直面しているローマがビジネスチャンスを自ら閉ざすのは『賢明でない」(5日)
- 「BRI構想に基づく中伊の協力は実りある成果をもたらす:当局者」「双方の共同努力により、中国とイタリアの関係は高いレベルの発展を維持している」(5日)
- 「イタリア企業は貿易拡大を歓迎、中国商務大臣が発言」(5日)
- 「外国の専門家から見た一帯一路構想の10年間」(6日)
- 「中伊、二国間貿易と協力の改善で合意:商務部」(7日)
以上、5月9日から9月7日まで20本の記事を見れば、中国がイタリアをBRIに引き留めようと、宥めたり賺(す)かしたり、また脅したり成果をアピールしたり、はたまた米国をなじったりと、涙ぐましい努力をして来たことが、見出しを眺めるだけで歴然とする。
中国はBRIによる二カ国間の成果を謳う。が、イタリアの対中貿易は、18年は輸入365億ドルvs輸出155億ドルと210億ドルの赤字だったものが、22年は輸入601億ドルvs輸出173億ドルで、貿易赤字額は200億ドルから倍以上の428億ドに達した(出典:Jetro)。
19年3月27日、習近平自ら国賓として訪伊し、当時のコンテ首相と「BRIの大きな可能性を認識し、BRIと欧州横断輸送ネットワークの連携を強化し、港湾、物流、海上輸送、その他の分野での協力を深める」との共同コミュニケを出した時は、まさかこの日が来るとは思わなかったろう。
これらの経過を見るにつけ、習近平が今般のG20を欠席したのは、メローニ首相から数字を基に面と向かって引導を渡されるのを避けるためだったのではないか、との見立ても強ち的外れでない気もしてくる。BRIも習の独裁も曲がり角に来ている。