上川陽子外相の誕生と南博駐オランダ大使の発言

内閣改造で上川陽子外務大臣が誕生した。意外な人事だと言われているようだが、岸田内閣の勝負手の決断として、歓迎したい。

外相大臣職は、岸田首相自身が、長く務めたポストだ。岸田内閣においても、林芳正氏に続き、上川外相で、二代続けて岸田首相が会長職を務め続ける宏池会からの選出となった。2012年末以来、茂木敏充氏が外相を務めた2019年9月からの二年余りを除いて、約10年間、宏池会で外相ポストを務め続けていることになる。上川外相は、当然、岸田内閣の要となるはずだ。

上川陽子外相 同外相SNSより

上川氏は、安倍・菅政権で、三度にわたり法務大臣を務め、たびたび重要案件を直接指揮したとも言われているため、法務に明るいという印象が強い。だがもともとは東大で国際関係論を専攻した後、三菱総合研究所での研究員職をへて、ハーバード大学ケネディ・スクールで政治行政学修士号を取得し、アメリカ合衆国上院議員の政策スタッフを務めた経歴を持つ。冷戦末期から終焉にかけての時期のことだ。当然、国際情勢の動向に強い関心を持っているだろう。

上川氏は、岸田内閣発足後は、重大国際事件である2022年2月のロシアのウクライナへの全面侵攻後に、「法の支配を推進するため、司法外交を展開する議員連盟」の会長として、存在感を示した。

法務省:古川禎久法務大臣が、「法の支配を推進するため、司法外交を展開する議員連盟」から、「ウクライナ情勢を巡る我が国の対応に関する提言」を受け取りました。(令和4年4月21日)

「国際社会の法の支配」は、岸田首相が、繰り返し、重要議題としてG7広島サミットをはじめとする様々な国際会議・会談で強調してきているテーマである。そして「国際」と「法の支配」が結合する地点にいた宏池会国会議員が、上川氏であった。その上川氏の外相起用は、「国際社会の法の支配」を重要テーマとする岸田首相にとっては、命運を決する判断にならざるをえない。

そんな折、南博・駐オランダ大使のインタビュー記事を読んだ。以下、引用である。

プーチン氏の捜査への協力について「同氏が日本に来ることはあり得ないため、われわれが逮捕することはない」というが、仮に来日した場合、ひるまずに拘束できるのか。大使は「日本政府内では間違いなく議論がおきる」と推測する。

「最大の拠出国として、日本の協力義務は極めて大きい。それを無視して逮捕しないという選択は私の考えではないが、政治の世界では当然、別の考慮があるだろう」と説明。

プーチン氏を裁けるのか 国際刑事裁判所の逮捕状から半年 ウクライナの子連れ去り関与疑い 捜査は継続中:東京新聞 TOKYO Web
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南大使の意図はそうではないのだろうが、発言を字面通りに受け止めれば、あるいは機械的に英語などに翻訳してしまえば、「日本には、ICCローマ規程批准による国際法上の条約遵守義務を無視し、超法規的に行動することができる『政治』なる権力主体がある」という趣旨に読み取れてしまう。

南博駐オランダ大使 Wikipediaより

「日本には国際社会の法の支配にとらわれない超法規的な『政治』と呼ばれる権力主体がある」という趣旨の発言は、ICC(国際刑事裁判所)やICJ(国際司法裁判所)が存在しているがゆえに国際法と深く関わる伝統を持つはオランダ・ハーグに駐在する大使の発言としては、かなり踏み込んだものだと言わざるを得ない。

外務省は、体裁もあるので、訂正はもちろん、趣旨説明も行わないだろう。だが「日本には国際社会の法の支配にとらわれない超法規的な『政治』と呼ばれる権力主体がある」という立場で、「国際社会の法の支配」を旗印にした外交が展開できるのか。疑問は残る。

上川外相のリーダーシップが問われるだろう。

ところで南大使は、このインタビューで、次のようにも述べている。

「日本は拠出金の割合は最も多いが、日本人職員は10人ほどで全体の1%にすぎない。大使は「国連児童基金(ユニセフ)や、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)には希望者が多いのに、ICCは残念ながら日本の法曹界から行きたがる人がいない」。

残念な発言である。

ICCの邦人職員は、書記局(registry)に集中している。私の学生時代からの30年以上にわたる友人(NGO「難民を助ける会」でともに学生ボランティアをしていた)や、大学院修士・博士課程まで指導した教え子・私が実施者代表を務める外務省委託『グローバル人材育成事業』修了生なども、書記局で政務分析をやっている。

ICC邦人職員最高位の方は、惜しくも敗れたが、裁判所書記(The Registrar)選挙に書記局内部から立候補した。(私自身がかつてVisiting Professionalという肩書をいただいてICCに出入りしていたのも書記局内の政務分析ユニットである。)

日本の司法試験受験者で、国際法を選択する者は、全体の1%程度にすぎない。各種司法試験予備校は、(異質なので勉強しにくい)国際法を選択しないように呼び掛けている。国際的な実務に携わることができる日本の法律家はほんの一握りで、国際刑事法のような国際公法系は特に少ない。そんな日本の法曹界が一夜にして革命的に変わらないからといって批判してみせても、何も生まれない。

ICC邦人職員の増強の可能性は、書記局にある。そんなことは、ほんの少しだけ、たったほんの少しだけ、真面目にICCのことを邦人職員増強の観点から観察してみれば、一目瞭然なのである。

外務省が、脈のない日本の法曹界批判をやめ、本気になれば、分担金第一位の日本は、飛躍的にICCで邦人職員を伸ばせるだろう。

「国際社会の法の支配」は、日本の法律家が国際的に活躍しないことを恨むためのテーマではない。外交安全保障を、「法の支配」の原則を基盤にして語っていくためのテーマである。

上川陽子外相には、この当たり前のことを、当たり前のこととして見せつけるようなご活躍を期待したい。