こびりつくインフレのボディブロー:iPhone15の発表も話題にならず

一時期鎮静化の兆しもあった北米のインフレ傾向がここにきて再び上がってきています。政府機関などが発表する統計ではなく、日常生活に於いての物価が再び上向きで、やや無茶なレベルになりつつあるように感じます。ここバンクーバーの物価はきゅうり一本220円、リーフレタスが330円といった生鮮品はまだよいのですが、ガソリンはリッター210円、レストランのハンバーガーは税込みで3000円、ビール一杯1000円といった価格にはもう驚きません。

先日、近所の裏通りにある韓国居酒屋に行ったところ、牛肉系料理は概ね一皿5000円、チキンから揚げが3500円の値札にはビールを飲む前からクラクラしてしまいました。(韓国居酒屋は自分で焼くタイプではなく、店が焼いたものを持ってくる感じです。)韓国居酒屋で肉が食べられない!という冗談のような本当の話なのです。

それでも人気のレストランは混んでいます。金持っているなぁ、というのが印象ですが、周りのテーブルを見ればビールではなくコーラとか一つの皿を皆で分けるなど、それなりに工夫はしているように見えます。一般消費者もここまでくると自己防衛をしないと生活が出来ないとみています。

iPhone15が発表になりました。北米のニュースを見ていたのですが、ニュースカバーはされていますが、話題にならず、盛り上がりもありません。今回の製品が機能的に目覚ましいものがあるわけではなく、価格だけが上昇したという印象が強いこともあるでしょう。毎年新製品を出すアップルの方針にもやや陰りが出てくる気がします。新製品の陳腐化です。戦略見直しが必要かもしれません。

Apple、iPhone 15 ProとiPhone 15 Pro Max Apple社HPより

本日発表になったアメリカの消費者物価指数は総合が3.7%増、エネルギーと食品を除くコアが4.3%増となりました。今回の統計のポイントは経済指標的には重視されるコアが再加速している点でこれは金融政策担当者を悩ませることになると思います。総合についてはガソリン価格悪役説が主導しており、これから冬に向かう中でこのエネルギー価格の動向が全てのシナリオを崩す引き金になる公算もあります。

原油価格の動向とはどういうことでしょうか?原油については中国の需要が底堅い中、OPEC+がサウジ主導で減産を維持していることで価格上昇はまだ続く公算が出てきました。政治的な読みもあります。バイデン氏が昨年原油価格高騰対策として備蓄放出をし、現在約2割少ない備蓄が埋められない状況にあります。ウォールストリートジャーナルはこれについて「いざという時の対応が出来ないリスクが生じる」と指摘しています。備蓄を埋めるための大量の原油購入は70㌦を切った時に行うと決めていたもののそこに至らずに価格が上昇しています。これを深読みするならアメリカの足元を見た原油価格の政治的引上げとも読めます。

一方、ロシア産は市場価格より安めで中国、インドに出しているはずで原油価格の高騰に苦しむのは西側諸国というシナリオがあるように見えます。

フィナンシャルタイムズが報じたベルギーとスペインのロシア産LNGの膨大な輸入も暗い影を投げかけそうです。両国はパイプラインではなく、船でロシアからのLNGを大量に買い付けているというものでその輸入量は中国に次いで2位、3位となっていると報じられています。これは欧州内で不和を生じさせるわけで同紙は「欧州企業は今もなお、ロシアのプーチン大統領に何十億ユーロもの軍資金を送っていることになる」と述べています。

ガス価格については一時期鎮静化していたのですが、原油価格に一定の連動性があることを含め、再び騰勢を強める公算は高く、今年の冬が一つの山場になりそうです。

これらの状況を見るとスタグフレーションに陥る公算が無いとは言い切れないとみています。既に欧州の経済的体力は落ちており、ドイツは再びマイナス成長のリスクがあります。アメリカも消費の息切れがいつ起きてもおかしくなく、既に今年のクリスマス商戦は渋いものになりそうだ、という予想が出ています。

最後に日本ですが、わが国だけは安泰ということはあり得ません。日本の場合はユニークで企業が値上げをしないで自社内で工夫改善をして値上げ幅を抑えていたというのが実態です。その工夫改善には人件費の伸びを抑えるということもあったのですが、昨今の物価高でそれが出来なくなり、人件費抑制のシナリオが消え、やむを得ず最終価格に転嫁しているというのが実態です。

これは「我慢くらべ型インフレ」でズルズルとずっと長く値上げ基調が続くパタンです。そしてなにか世界情勢で異変が起きた時、石油ショックのようなパニックが起きやすいとも言えます。YCCとマイナス金利の撤廃は既定路線になるとみています。その上で物価抑制を政策的見地と金融政策の両輪でコントロールするという難しいかじ取りが求められる、これが私の見る現在の状況です。

これは結構な悲観シナリオですが、世の中がきな臭く、天災も多い中、経済や社会が両足をきちんとつけて歩いているようには全く思えない世界の現状に楽観シナリオを描けというのがやや無理難題のような気がします。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年9月14日の記事より転載させていただきました。