イラン「アミニさん一周忌」を迎えて

22歳のクルド系イラン人のマーサー・アミニさん(Mahsa Amini)が昨年9月、イスラムの教えに基づいて正しくヒジャブを着用していなかったという理由で風紀警察に拘束され、刑務所で尋問を受けた後、意識不明に陥り、同月16日、病院で死去したことが報じられると、イラン全土で女性の権利などを要求した抗議デモが広がっていった。

それに対し、治安部隊が動員され、強権でデモ参加者を鎮圧してきた。9月16日のアミニさん1周忌を迎え、イラン各地で抗議デモが行われると予想され、イラン治安警察は警戒を強めている。特に、アミ二さんの故郷、クルド系住民が多く住む地域では抗議デモ集会が呼びかけられている。

「アミニ事件」を報道するイランのメディア(オーストリア国営放送のスクリーンショットから)

イラン各地で始まった抗議デモで多数の国民が逮捕され、処刑されてきた。米国を拠点とする組織、人権活動家通信社(HRANA)の報告によると、合計で約2万人以上が逮捕され、多数が死刑判決を受けている。その中には未成年者71人が含まれる。

路上デモに参加した者の中にも既に7人が処刑された。人権活動家の話によると、拘留中に死去した参加者に対して、「治安関係者は建物最上階から飛び降りて死亡したと説明し、虐待後亡くなったことを隠す」という(「イラン国内を揺さぶる『アミ二事件』」2022年9月22日参考)。

欧州連合(EU)のジョセップ・ボレル外務・安全保障政策上級代表は13日、イランの市民的自由はさらに激しく抑圧されていることに懸念を表明し、「イランにおける死刑執行の増加は極めて憂慮すべきことだ。抗議活動の中で、EU加盟国のパスポートを所持していたイラン国民が恣意的に逮捕されている。さらに、イラン政府はロシアのウクライナ侵略戦争を支持していることもあって、EUとイランの関係は最悪の状態にある」と述べている。

一方、欧米社会からの批判に対し、イランの最高指導者アリ・ハメネイ師は、「わが国を混乱させている抗議デモの背後には、米国、イスラエル、そして海外居住の反体制派イラン人が暗躍している」と主張。

イスラム革命防衛隊(IRGOC)や警察当局は、「われわれは国内の抗議行動と戦う準備が出来ている」と戦闘意欲を誇示し、「イスラム共和国の敵の悪魔的な計画を破壊する」と檄を飛ばし、強権で抗議デモを鎮圧してきた(「最高指導者ハメネイ師の『弁明』」2022年10月05日参考)。

イラン当局は一時、風紀警察を路上から撤退させたが、7月頃から風紀警察が再び路上で監視する姿が目撃されてきた。イラン出身のジャーナリスト、シュウラ・ハシェミ女史は、「風紀警察はここ数カ月、テヘランなど都市からは姿を消していたが、再び登場してきた。風紀警察には多くの女性警察官も働いている。路上でスカーフを正式に着用していない女性を見つけたならば、白色の連行車に連れていき、拘束するなど、再び路上で強権を発揮してきている」と説明している。

イラン各地の抗議デモは女性の権利やスカーフ着用問題にとどまらず、イスラム革命以来続くイスラム聖職者による支配体制の転換を要求し、反体制派グループも加わって、激しくなってきている。抗議デモでは「聖職者支配体制を打倒」、「独裁者に死を」といった過激なシュプレヒコールが響き渡る。

イラン当局が女性のヒジャブ着用を重要視するのは、44年間のイランの聖職者支配体制にとってヒジャブ着用が政治的シンボルとなっているからだ。ヒジャブの着用で一旦譲歩すれば、イスラム教統治体制が崩れていくことを知っている。イラン当局には弾圧を強化する以外に他の選択肢がないのだ。

オーストリア国営放送は13日、「世界ジャーナル」というドキュメント番組で「一年、女性、人生、自由」というタイトルで「アミ二さん1周忌」について報道していた。そこではイランの若い女性たちが「イスラムの教えのどこに女性蔑視の思想があるのか」と訴えていたのが印象的だった。

ちなみに、風紀警察は2006年、超保守派のマフムード・アフマディネジャド大統領の下で設置された。曰く、「品位とヒジャブの文化を広めることを目的」としてきた。風紀警察はイラン社会では常に物議を醸すテーマだった。イランの女性は1983年以来、スカーフを着用しなければならない。

イランの状況は何年にもわたって不安定であり、特に経済危機が現在の抗議行動の「触媒」となっている面は否定できない。イランの経済専門家マフディ・ゴー氏はオーストリア国営放送とのインタビューの中で、「国民はますます貧しくなる一方、イスラム政権トップの腐敗と汚職、縁故主義が広がっている。国民の約3分の1が絶望的な貧困の中で生活している。通貨リアルは価値を失い続け、多くの人が失業している」という。

その一方、イラン国内でミリオネアの数が増加して、米国の経済雑誌「フォーブス」が2021年に報じたところによると、その数は25万人にもなるという。すなわち、イラン社会で貧富の格差が広がっているわけだ。

イランの企業は80%が国有企業だ。経済の大部分は、政府、宗教団体、軍事コングロマリット(複合企業)によって支配されており、純粋な民間企業はほとんど存在しない(「イランはクレプトクラシー(盗賊政治)」2022年10月23日参考)。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年9月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。